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裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)
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 コアは金属とは思えないほど冷たくも熱くもなく、まるで生き物の皮膚のようにしっとりと湿った感触が手に伝わった。

 直径20センチほどの球体は見た目に反して驚くほど軽く、両手で抱えても負担にならない。

 内部が空洞なのか、それとも地球の技術を超えた未知の素材で作られているのか、翔太にはまったく見当がつかなかった。

 表面には泥が付着しているが、その下に隠された光沢は、どこか有機的な生命感を漂わせている。

 指先で触れると、かすかな振動が伝わり、まるで脈打つような微妙な動きを感じた。


 裏山の獣道を抜ける頃には、夕暮れがすっかり濃くなり、周囲はぼんやりとした薄闇に包まれていた。

 木々の葉が風に揺れ、枝が軋む乾いた音が静寂の中に響く。

 空は深い藍色に染まり、遠くの山の稜線が黒いシルエットとして浮かんでいる。

 足元の草が靴に擦れる音がやけに大きく感じられ、翔太は無意識のうちに足を速めた。

 背後に誰かの気配があるわけではないが、未知の存在――この金属球を抱えているという緊張が、どこか落ち着かない気分にさせていた。

 時折、コアの表面から漏れる淡い光が腕に反射し、薄暗い道を微かに照らした。


 幸い、家の裏口まで誰にも見られずに戻ることができた。

 翔太は勝手口の引き戸をガラリと開け、土間に足を踏み入れる。

 外の湿った空気が家の中に流れ込み、古い木の匂いと混じり合った。

 扉を閉めると、ようやく肩の力が抜け、安堵の息が漏れた。


「……さて。」


 彼はコアをそっとダイニングのテーブルの上に置いた。

 木製の天板に金属球が触れると、鈍い「トン」という音が響き、静かな部屋の中で一層大きく感じられた。

 テーブルの表面には祖父が使っていたらしい擦り傷や染みが残り、その上に置かれたコアの異質さが際立っている。


 改めてコアを見つめた。

 薄暗い部屋の中、蛍光灯の白い光が球体の表面に反射し、微細な紋様が浮かび上がる。

 その紋様はまるで古代の象形文字のように複雑で、淡い青白い光が緩やかに流れていた。

 光の動きは脈打つようで、強弱を繰り返す様子は人間の呼吸を連想させた。

 時折、紋様が波紋のように広がり、再び中心に収束する様子は、まるで生きているかのような錯覚を翔太に与えた。


「本当に……宇宙船のコアなのか?」


 その疑問が口をつくと同時に、ポケットの中でスマホが再び震えた。

 ブルブルッという振動が手に伝わり、慌てて取り出す。

 画面には新たなメッセージが表示されている。


『改めて自己紹介をします』


『私は惑星開拓船のコアユニット。個体識別コードA-BL07……アーベルと呼んでください』


「アーベル……?」


 まるで人間の名前のようだと翔太は思った。 

 どこか柔らかく親しみやすい響きに、緊張が一瞬だけ和らいだ。

 しかし、その後に続くメッセージが再び彼の心をざわつかせた。


『私は銀河連盟の指令により、EGS-zs8-1に存在する惑星テラフォーミングのために派遣されました。しかし、航行中に未知のエネルギー干渉を受け、船体が大破。コアユニットである私は緊急脱出システムによって分離され、この惑星へと墜落しました』


 銀河連盟、惑星テラフォーミング、未知のエネルギー干渉……翔太にとって、それらはSF映画や小説の中でしか耳にしたことのない言葉ばかりだ。

 頭の中で銀河系の星図や宇宙船の映像がちらつくが、現実味がまるで伴わない。

 しかし、目の前に実在するこの球体――アーベルが確かに存在し、スマホを通じて翔太と会話をしている以上、それらを単なるフィクションと切り捨てることはできなかった。


「……墜落って、いつの話なんだ?」


 半信半疑で尋ねると、スマホに即座に返答が表示された。


『おおよそ2,000年前』


「に、2000年……?」


 思わず絶句し、声が裏返った。途方もない数字に、頭が一瞬真っ白になる。


「つまり、2,000年間ずっと動けなかったってことか?」


 驚きを抑えきれず聞き返すと、アーベルは淡々と答えた。


『はい。コア部のみとなり、自己修復も限界がありました。そのため、休眠状態に入るしかありませんでした』


 スマホの画面に表示された文字は、冷静かつ簡潔で、感情の揺れを感じさせないものだった。

 しかし、その言葉の裏に込められた意味を考えると、翔太は背筋に冷たいものが走るのを感じた。 

 

2,000年――人間の寿命を遥かに超える時間。

 日本がまだ稲作を始めたばかりの弥生時代、鉄器が使われ始めた頃から、この球体はずっと地下に埋もれ、誰にも発見されずに沈黙していたのだ。

 洞窟の暗闇で孤独に眠り続け、時の流れに取り残されていた存在。

 それが今、目の前で光を放っている。


「でも、なんで今になって起動したんだ?」


 声にわずかな震えを帯びさせながら問うと、スマホが一瞬だけ暗転し、次のメッセージが浮かび上がった。


『あなたの接触が起動の契機となりました』


「俺が?」


 目を丸くして聞き返すと、アーベルはさらに詳しく説明を続けた。


『はい。あなたの生体信号が一定の基準を満たしたことで、起動プロセスが再開されました』


 翔太は眉をひそめ、再びコアを見つめた。

 自分が触っただけで、2,000年の眠りから目覚めるなんてことがあるのか? 球体の表面は今も淡い光を放ち、規則的に紋様を脈動させている。

 その光の動きはどこか脈拍のようで、生き物が静かに呼吸をしているかのような錯覚を抱かせた。

 部屋の薄暗い光の下で、アーベルの存在感が一層際立っている。


「……どういう仕組みなんだ?」


 独り言のように呟くと、スマホが即座に反応した。


『私のセンサーは、周囲の生命体のバイタルデータを読み取ることが可能です。あなたの生体情報が起動条件を満たしていたため、再起動シーケンスが作動しました』


「生体情報……?」


 翔太は困惑しながら、自分の手のひらを見つめた。

 汗ばんだ掌には土の汚れが残り、指先にはコアを掘り出した時に引っ掻いたのか、細かな傷がいくつかあった。

 しかし、自分の体が、そんな高度な機械を起動させるような特殊な何かを持っているとは思えない。

 一般的な日本人として生まれ、普通に成長し、社会人として働いてきた。

 これまでの人生で特に変わった出来事はなく、平凡そのものだったはずだ。


 なのに、どうして自分が2,000年も眠っていたコアを目覚めさせたのか。


「俺の生体情報が……基準を満たしてた?」


 声に疑念を込めて尋ねると、アーベルはさらに詳しく答えた。


『はい。詳細なデータ解析が必要ですが、あなたの遺伝情報や脳波パターンが、私のシステムが想定する適合範囲内に収まっていました』


「遺伝情報? 脳波?」


 聞き慣れない言葉に、翔太の頭が混乱する。


『はい。こちらの表現に合わせますと、知的生命体と認識した、という解釈になります』


「そりゃ、光栄だね…」


 翔太は深く息を吐き、苦笑しながら改めてコアを見た。

 静寂が部屋を包み込む。

 冷蔵庫のモーターが微かに唸り、窓の外では風に揺れる木々の葉がさらさらと擦れ合っていた。

 縁側から差し込む薄い夕暮れの光が、畳に長く伸びた影を落としている。


 翔太は自分の手のひらをじっと見つめた。

 指紋の細かな線や、土で汚れた爪の隙間が妙に現実的で、アーベルの話とのギャップに眩暈がした。


(偶然なのか……それとも、何か理由があるのか……?)


 2,000年の時を経て、休眠状態のコアを目覚めさせたのが自分であることに、何か意味があるのだろうか? 祖父の家に引っ越してきたこと、裏山を探索したこと、洞窟でアーベルを発見したこと――全てが偶然の連鎖なのか、それとも運命的な何かがあるのか。


 翔太の中で、未知への興味と不安がせめぎ合っていた。

 アーベルの淡い光がテーブルの上で揺らめき、部屋に静かな鼓動のようなリズムを刻んでいる。

 その光を見ているうちに、翔太の胸に小さな決意が芽生え始めた。

 この謎めいた存在と向き合い、その真実を知りたいという衝動が、徐々に彼を突き動かしつつあった。

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