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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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5-9

 破壊の跡はあまりにも凄まじかった。

 

 まるで、強力なハンマーが外から叩きつけられ天井を吹き飛ばしたかのような形状だ。

 瓦礫は建物の外側ではなく、部屋の内部に大量に散乱している。


 これは、屋外から何らかの力が加わったことを示唆している。


 それでも、この破壊の規模は屋根上で手榴弾程度の爆発が起こって生じたとは到底説明がつかない。


 視線を床に移す。

 少し離れた場所には、黒い自動拳銃が一丁転がっていた。

 その傍らには、数個の真鍮色の薬莢が散らばっている。

 さらに、少し弾き飛ばされたかのように、鋭利な刃を持つサバイバルナイフも転がっていた。


 鑑識の一人が、慎重な手つきで、ピンセットや専用の袋を使ってそれらを回収し始めた。


 拳銃、薬莢、ナイフがあった正確な位置は、白いチョークで床に丁寧にマークがつけられていく。

 チョークの線が、埃の積もった床に、まるで手術痕のように浮かび上がっていた。

 松本は、回収された拳銃に目を向けた。


「拳銃は発砲された形跡があるな。容疑者が持っていたものか?だが……弾が当たった先は何だったんだ?血痕も弾痕もないのか?」


 通常、拳銃が使用されれば、標的となった場所に弾痕が残り、もし人が撃たれていれば血痕があるはずだ。

 しかし、この部屋の壁や瓦礫には、明確な弾痕や血痕が見当たらない。


 何に対して発砲されたのだろうか。


 部屋の中央付近には、金属製のパイプ椅子が横倒しになっていた。

 その脚には、切断された黒い結束バンドのようなものが残っている。

 複数本がまとめて切断された跡がある。

 松本は、そのパイプ椅子に近づき、じっと見つめた。


「誰かがここに縛られていた、ということか…?囚われていた人間がいた。そして、何者かに助け出された……?」


 さらに床に目を凝らす。

 粉塵や瓦礫に紛れて、通常の靴跡とは明らかに異なる、奇妙な圧痕や擦過痕が複数残っていることに気づいた。

 それは、人間の足跡にしては不規則で、何かが重く引きずられたような、あるいは地面を強く掴んだような跡に見えた。

 規則性がなく、まるで大きな動物が暴れた後のような印象を受ける。


「…なんだ、この跡は…?」


 松本はしゃがみ込み、その奇妙な痕跡を指先でなぞった。

 埃を払うと、コンクリートの表面に擦れたような傷や削れた跡が見える。

 矢沢巡査は、まだ上空を見上げていた。

 彼は天井の巨大な穴を凝視しながら、ある可能性に思い至ったようだった。


「松本警部補、これ、上から何かが侵入したんではないでしょうか?まるで、軍隊や特殊部隊が建物に突入する際に行う、ブリーチングのように……」


 ブリーチング。

 爆薬などを使ってドアや壁を破壊し、強行突入する戦術だ。

 しかし、これはドアや壁ではなく、天井だ。


 松本警部補は、矢沢の言葉に顎に手を当てて考え込んだ。

 横浜の倉庫街で、特殊部隊?自衛隊の対テロ部隊か?

 だが、それにしては隠密行動とは程遠い、派手な破壊行為だ。

 しかも、囚われていた思われる人物を救出するために、ここまでの手段を取る必要があるのか?


 いや、それ以前に、チャン・ユーハオという一介の元会社員程度が容疑者と思われる事件に国が特殊部隊を動かす理由があるだろうか?


「この横浜で?特殊部隊でもそんなことはできんだろう。実行したなら何らかの連絡がはいるはず」


「それで、チャンという男は何か言ってないのか?」


 松本は、チャンの「錯乱」という報告を思い出していた。

 もし本当に何かを見たのなら、彼から聞き出す必要がある。

 矢沢は、眉をひそめながら答える。


「それが……チャンはずっとうわ言のように、同じことを呟いているんです。看護師も、通訳を介して聞いたのですが、錯乱しているため、意味のある会話にはなっていません。ただ、中国語で繰り返し……『化け物が来た……一つ目の化け物が』と……」


「化け物……一つ目の……?」


 松本は、その言葉の異様さに息を詰めた。

 化け物?

 一体、何を見たとチャンは言っているのだろうか?


 この尋常ならざる破壊と、彼が見たという「化け物」は関係するのだろうか。

 

 しかしそれは、あまりにも現実離れしている。

 その時、鑑識の一人が松本に報告に来た。


「松本警部補、床から弾丸が回収できました。合計で8個です。転がっていた薬莢と同数でした」


 鑑識課員は、小さなビニール袋に入った、ひしゃげた金属片を松本に見せた。

 それは明らかに、銃弾だった。

 だが、その形状は歪み、原型を留めていない。


「ご覧ください。ひどくひしゃげています。相当硬いものに当たって弾かれたようです。壁にいくつか、弾かれた際にできたと思われるうっすらとした弾痕のようなものも確認できました。それと…」


 鑑識は、別のビニール袋に入ったものを見せた。

 それは、焼け焦げた金属片と、溶けて変形したケーブルの破片だった。


「容疑者…いえ、倒れていたチャン氏が発見された付近の瓦礫の中から、これらを採取しました。強い電流が流れて、高温になり焼け焦げたと思われる痕跡があります」


 松本は、鑑識の報告を聞きながら、頭の中で点と点を繋ぎ合わせていく。

 壁についた弾かれた弾丸の痕跡。

 床に残された奇妙な圧痕や擦過痕。

 そして、強い電流が流れ焼け焦げた金属片とケーブル。


 拳銃は、この部屋の中で発砲された。

 しかし、血痕や明確な弾痕はない。

 弾丸は、何か非常に硬いものに当たって跳ね返り、ひしゃげた。


 その硬いものとは?


 床の奇妙な痕跡は、その硬いもの、あるいはそれを持った存在が残したものか?


 そして、チャンが発見された場所の近くにあった、焼け焦げた金属片とケーブル……それは、攻撃に使われた武器の一部なのか?


「痕跡から検出された、推定される部屋にいた人数は?」


 松本は、鑑識のリーダー格の人物に尋ねた。


「はい。床に残された足跡や、その他の痕跡から総合的に判断すると、おそらく、容疑者側は2人か3人でしょう。そして、パイプ椅子に縛られていたと思われる人物が1人。合計で3人か4人が、事件発生時、この部屋にいたと推測されます」


 容疑者側が複数いたという事実は、何者かを拘束していたという状況を補強する。

 しかし、その拘束された人物は、一体どこへ消えたのか?


 そして、あの「一つ目の化け物」とは?

 囚われの身だった何者かの救出に現れた存在なのか?


 松本は、部屋の入り口付近に目をやった。

 ドアは歪んでいる。


「その共犯者は、攫われたか。それか襲撃とは関わらず、逃れたとかか?」


 松本の声に、わずかな苛立ちが滲んだ。

 現場に残された痕跡は多岐にわたるが、肝心の実行犯、襲撃し、そして捕らえられていた人物を救出した存在が想像できない。


 一通りの現場検証が終わり、鑑識によって回収された証拠品が、慎重にコンテナに詰められて運び出されていく。


 部屋に残されたのは、異様な破壊の跡だけだ。


 松本警部補は、矢沢巡査に指示を出した。

 その声には、これからの捜査に対する決意と、そしてこの異常な事件に立ち向かう覚悟が感じられた。


「確保したチャン・ユーハオからの詳しい聴取が必要だ。病院の許可が出次第、直ちに我々で聴取を行う。薬物による錯乱もあるだろうが、彼が見たという『化け物』について、詳しく聞き出す必要がある。あれほどの破壊を起こした存在は、尋常ではない。その正体を突き止めなければ。そして、部屋にいたとみられる共犯者の行方も追わねばならん。付近の防犯カメラ映像の確認、聞き込み、あらゆる手段で奴らの足取りを追え」


 矢沢巡査は、手帳にメモを取りながら、思わず頭を掻いた。


「しかし、警部補…この現場、どう報告書にまとめればいいんでしょうか…?『巨大な化け物が天井を破って突入し、容疑者を制圧した可能性アリ』とでも書けば、上の人間は信じるでしょうか…?」


 矢沢の問いに、松本は苦笑いを浮かべた。

 彼の抱える困惑は、松本にも痛いほど理解できる。しかし、その現実が目の前にあるのだ。


「見たままを報告するしかない。常識外れの事件には、常識外れの報告が必要になることもある。少なくとも、我々が見たもの、そして収集した証拠は全て正確に記録する。あとは、上の判断を仰ぐだけだ」


 松本は、最後に一度、破壊された部屋全体を見渡した。

 朝陽の光が、瓦礫の山や煤けた壁を照らし出し、その異様な光景をさらに強調している。

 彼の目は、そこに隠された真実を、何としても暴き出すという決意に燃えていた。


「行くぞ」


 松本は踵を返し、部屋を出た。

 矢沢もそれに続く。

 軋む階段を下りていく二人の背中に、微かにのこっていた硝煙の匂いと、焦げ付いた異臭がまとわりついてくるようだった。


 ビルを出ると、朝の光はすっかり強くなり、倉庫街は日常を取り戻そうとしているかのようだった。

 通りを歩く人影もまばらに見え始めた。


 しかし、あのビルに残された、あの部屋に残された異様な破壊の痕跡と、そこに散りばめられた多くの謎は、今回の事件が通常の犯罪捜査の範疇を遥かに超えていることを、雄弁に物語っていた。


 彼らの捜査は、まだ始まったばかりだった。

 そして、その先に待ち受けているものが、どれほど理解不能なものであるのか、この時点ではまだ誰も知る由もなかった。

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― 新着の感想 ―
実際の警察なら暴力団と中国人の抗争だろ。はい次々!で終わるだろうね、、
文字化けエピソードですが、アンドロイドでしたが普通に読めました。 以下違和感 矢沢巡査が 「しかし、警部補…この現場、どう報告書にまとめればいいんでしょうか…?『巨大な化け物が天井を破って突入し、容…
前話と同じ話読んでるのかと思った
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