5-6
ARマップ上には、リアルタイムで更新される内部の状況が三次元的に展開されていた。
チャンの姿。
拳銃を片手に持ち、卑しい笑みを浮かべながら、涙に濡れる涼子の足元へとゆっくりと歩み寄っている。
その手が、彼女の髪に伸びようとした――。
「さアて、お嬢ちゃん。少しは協力する気になっタかな? お前の大事な――」
その、下劣な言葉が言い終わるよりも早く。
ズガシャアアアアン!!
凄まじい破壊音と共に、部屋の天井が外側から爆ぜるように突き破られた。
突き破られた外側からコロンと電磁グレネードが屋内へ落ち、閃光と強力な電磁波を周囲へ撒き散らす。
そして、埃と金属片、断熱材の破片を派手に撒き散らしながら、巨大な青黒い異形の機体が部屋の中央へと、飛び降りた。
着地の衝撃で床が大きく揺れ、壁に掛けられていた古いカレンダーがはらりと落ちる。
衝撃と粉塵の影響で、機体を覆っていた熱光学迷彩が解除され、その異様な地球のものとは思えない威圧的な姿が、天井に空いた穴から差し込むの頼りない月光の下に完全に露わになる。
「ナ、ナンダ……!? バ、バケモノ……!?」
突然の、悪夢のような闖入者に、チャンは一瞬呆然とした。
しかし、次の瞬間には恐怖に引き攣った顔で、手にした拳銃を反射的に構え、その引き金に指をかける。
ダンダンダンダンッ!!
パニックに陥ったチャンが、ほとんど狙いも定めずに発砲する。
数発の9ミリ弾が、至近距離からトランスポート・ユニットの装甲を捉えた。
しかし、返ってきたのは、銃弾が硬い金属に当たって弾き返される、カン、カン、という甲高い音だけだった。
装甲には、傷一つついていない。
『……こっちからも、お返しさせて貰うぜ』
翔太が、怒りを抑え込んだ冷たい声で囁いた。
機体の前底部にある小型の補助アームを展開させ、その先端から非致死性のティザー弾を発射した。
目にも留まらぬ速さでティザー弾は、正確にチャンの右腕、拳銃を握るその前腕部へ直撃する。
バチバチバチッ!!
曳光弾のように尾を引くワイヤーから、強力な電流がチャンの身体全体を走り抜ける。
感電の衝撃にチャンは人間とは思えない甲高い悲鳴を上げた。
握っていた拳銃が手から滑り落ち、床にカラン、と乾いた音を立てて転がる。
全身の筋肉が痙攣し、白目を剥きながら、チャンはその場に崩れ落ちた。
だが、まだ終わっていなかった。
目の色が戻る。
「ぐ……うぅ……こ、こノ……!」
常人ならば完全に意識を失うはずの電撃を受けながらも、チャンは異常な執念と体内に残留している薬物の覚醒効果で歯を食いしばり耐えていた。
床に倒れ込みながら懐から、ギラリと光るサバイバルナイフを抜き放った。
そして、最後の悪あがきとして人質に取る為か、あるいは道連れを狙ったのか、這うようにして、まだ椅子に縛られたままの涼子へと近づこうとする。
「やらせるかッ!」
その動きをセンサーが捉えた瞬間、翔太の思考よりも早く、アーベルの補助を受けた機体が反応した。
まるで肉食獣が獲物に飛びかかるかのような、驚異的なスピードと跳躍力で、トランスポート・ユニットがチャンと涼子の間に文字通り割って入る。
八本ある脚のうち、最も近くにあった一本が、まるで鞭のようにしなり、チャンのナイフを持つ左手首を的確に打ち払う。
バキッ、という鈍い音と共に、ナイフが明後日の方向へと弾け飛んだ。
間髪入れず、続けてもう一本の脚がチャンのがら空きになった脇腹目掛けて、体重を乗せた強烈な蹴りを叩き込む。
ドゴォッ!!
分厚い壁に叩きつけられ、その周囲の埃が舞う。
チャンは短い呻き声と共に完全に動きを止め、ぐったりと床に崩れ落ちた。
ぴくりとも動かない。
嵐のような暴力の後、部屋には再び静寂が戻った。
まだ空気中には細かい埃が舞い、焦げ臭い匂いが漂っている。
その中で、巨大な青黒い機体が、まるで騎士が姫君にするように、ゆっくりと涼子の前に屈んだ。
「涼子、大丈夫か! 怪我はないか!?」
機体のスピーカーから、翔太の安堵と心配が入り混じった声が響く。
「……しょ、うた……さん……? ……翔太さん、なの……?」
涼子の瞳が、流れ落ちる涙と未だ消えぬ恐怖、そして信じられないという驚きと安堵で、複雑に揺れていた。
彼女は幻を見ているのではないかと、自分の目を疑っているかのようだ。
「ああ、こんな姿だけど、俺だ。翔太だ。遅くなって本当にごめん。怖い思いをさせたな。もう大丈夫だ。俺が来たからには、もう何も心配いらない」
機体の前底部から伸びた、より繊細な作業が可能な小型の補助アームが、まるで人間の指のように器用に、しかし優しく彼女の手足の拘束を解いていく。
自由になった涼子の身体は、緊張の糸が切れたようにぐったりと力が抜ける。
そんな彼女を優しく小型の補助アームで抱き抱えた。
彼女はふっと安堵の息を漏らし、眠るように静かに意識を手放した。
『生命反応、安定しています。極度のストレスによる一時的な意識喪失と判断。身体的外傷は軽微。速やかにポッドに収容します』
アーベルの冷静な声と共に、機体の背中に固定されていた回収ポッドのハッチが、音もなく展開する。
翔太の機体は、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと涼子の体を運び、クッション性の高いポッドの内部へと優しく収める。
ポッドのハッチが静かに閉じると同時に、内部に搭載された医療モニターと生命維持装置が作動する。
そして、彼女の身体に負担をかけない穏やかな治療と回復プロセスを開始された。
視界の隅のバイタル表示が、安定した波形へと変わっていくのを翔太は確認した。
全てが終わった後、翔太は床に伸びているチャンの方を、一度だけ、冷たいモノアイで振り返った。
怒りはまだ消えていない。
この男がしたこと、しようとしたことを考えれば、ここで確実に息の根を止めておくべきなのかもしれない。
それが、今後の涼子、そして自分達の安全のためにも、正しい選択なのかもしれない。
しかし、殺人となると話は別だ。
どれだけ憎く、許せない相手であっても、自らの手で命を奪うという行為に対する覚悟を、今の翔太はまだ持ててはいなかった。
まるで、自分の生身の拳で、力の限り殴りつけたかのように、翔太自身の拳が、微かに震えているのを感じた。
自分が振るった、圧倒的な暴力。
その結果としての、無力化された敵の姿。
その現実に、彼は恐怖にも似た感情を覚えていた。
力を持つことの、怖さだろうか。
「……これが、お前が招いた、お前の選んだ結末だ」
機体のスピーカーから漏れた言葉には、もはや怒気も嘲笑もなかった。
咄嗟に出たその言葉はチャンに向けているのか自分に向けているのか、翔太にはわからなかった。
『翔太さん、上空で待機していた輸送ドローンとの再接続シークエンス、完了しました。離脱ルートを提示します。速やかに撤退しましょう』
再び、アーベルの冷静な声が届く。
「ああ、頼む」
トランスポート・ユニットは、ワイヤーで吊り上げられるかのように、天井に開いた大穴から静かに上昇を開始する。
眼下の倉庫街の明かりが、急速に小さくなっていく。
そのとき、回収ポッドの中で、涼子が微かに身じろぎし、うわ言のように呟いた。
「……しょうた、さん……あり、がとう……」
その、か細いけれど確かな感謝の言葉に、翔太の心に温かいものが広がった。
「……ああ。帰ろう、涼子。もう全部、終わったから」
東の空が、白み始めていた。
夜の闇を切り裂き、水平線の向こうから一筋の力強い暁光が差し込み始めている。
多くのものを失い、変わり果ててしまったかもしれない。
しかしそれは、彼らが確かに掴み取った尊い勝利の光だった。
そんな二人の様子を遠く離れた千葉の地下施設からアーベルはエメラルド色の瞳で静かに見つめていた。
状況の終了を確認したアーベルはその瞳を閉じる。
その瞳の裏には無数のデータが流れてい̶̘̈́た̵̪͗。
-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́-͏̸̛̳͖̯̐́̚1̶̲̖̱̘̀́
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…………
……………4̵̤̪̘̿͡-̴̜̺͎̳͑1̸̠͋2̷͕̜̟͘
〜あとがき〜
本話の後半と次のお話は意図的に文字化けされています。
iPhoneでならそのまま読めるそうです。
読めない端末、読める端末、それぞれコメント等で読者間で共有して貰えると助かります。
作者の意図する見え方についてはイラストとして画像で投稿します。




