1-5
翔太はスマホの画面をじっと見つめた。
淡く光る文字が暗い洞窟の中で不気味に浮かび上がり、彼の顔を青白く照らしている。
『助けて!』
洞窟という電波の届かないはずの場所で、突如表示された謎のメッセージ。
山奥のこの場所は、都会の通信網から遠く離れ、鳥のさえずりさえ途絶えた静寂に包まれている。
誰が、どうやってこんなメッセージを送ってきたのか? 翔太の頭は混乱し、心臓が小さく跳ねた。
「……これ、何かの誤作動か?」
呟きながら、転がったスマホを土埃の中から拾い上げる。
冷たい地面に触れたその表面は湿り気を帯び、指先に土が付着した。
画面右上のアンテナマークを確認すると、案の定「圏外」を示すバツ印が表示されている。
試しに電源ボタンを長押ししてみたり、再起動を試みたりしたが、画面のメッセージは消えず、執拗に浮かび続けていた。
まるで何かに取り憑かれたかのように、文字が点滅を繰り返す。
翔太はスマホを手に持ったまま、目の前の奇妙な金属球に再び視線を移した。
発光は収まり、再び鈍い銀色に戻っていたが、そこには確かに何かが埋まっている。
よく見ると、球体を支える台座は自然の岩だが、その周囲は細かな砂のように崩れやすい土で覆われている。
まるで何か儀式のような、あるいは古代の遺物が長い年月をかけて埋もれたかのような異様な存在感があった。
「……掘ってみるか。」
好奇心と不安が交錯する中、翔太は決意を固めた。
廃棄場で握っていた木の枝をスコップ代わりに手に持ち、球体の周囲の砂を掘り返し始めた。
枝の先が土に刺さるたび、乾いた音が洞窟に響き、土埃が舞い上がる。
汗が額を伝い、背中がじっとりと濡れた。
次第に、土の下から滑らかな金属の表面が現れ、その精巧な作りが見えてきた。
自然にできたものとは思えない、人工的な曲線と光沢がそこにあった。
「これは……精密加工された金属球か?」
さらに掘り進めると、金属が完全な球形をしているのが分かった。
大きさは直径20センチほどで、土の中に埋まっていたせいか、表面には泥や汚れが付着している。
しかし、付着している汚れすらも規則的で、まるで何かの意図的な模様のように見えた。
翔太は息を整えながら、慎重に球体の表面を指先で撫でた。
冷たく硬い感触が指に伝わり、かすかな振動のようなものが掌に響いた気がした。
その瞬間――
微かな電子音のようなノイズが洞窟に響き、球体の表面に淡い光の紋様が浮かび上がった。
シュウウウ……と空気が震えるような音とともに、幾何学的な模様がゆっくりと広がっていく。
青白い光が放射状に伸び、まるで起動シーケンスが始まったかのように、規則正しく点滅を繰り返した。
「っ……!?」
翔太は反射的に後ずさり、背中が洞窟の冷たい壁にぶつかった。
心臓が喉まで跳ね上がり、呼吸が一瞬止まる。
同時に、スマホが再び震えた。
ブルブルッという振動が手に伝わり、慌てて確認すると、画面から『助けて!』のメッセージが消え、代わりにローディングバーのような横線が表示されていた。
線はゆっくりと右に伸び、まるで何かが読み込まれているようだ。
球体の表面がわずかに開き、内部から青白い光が漏れ出した。
隙間から放たれる光は柔らかく、洞窟の暗闇を幻想的に照らし上げる。
金属の継ぎ目がスライドする微かな音が響き、光の粒子が空気中に漂うように見えた。
再度スマホが震える。翔太は画面と球体を交互に見た。
「連動しているのか…この球体とスマホが…」
ローディングバーが右端まで達すると、画面が切り替わり、新たな文字が表示された。
『対象の言語識別中、日本語指定……』
『こんにちは、私はあなたの助けが必要です』
「……おいおい、どういうことだ? もしかしてお前からのメッセージなのか…」
思わず呟いた声が洞窟に反響し、かすかに震えた。
その声に反応したのか、スマホに新たな文字が浮かび上がる。
『目の前の私です。』
翔太はスマホの画面と金属球を交互に見つめた。
先ほどまで圏外だったはずなのに、目の前のこの物体が、まるで通信端末のようにスマホへ直接メッセージを送ってきている。
背筋に冷や汗が流れ、心がざわついた。
『私は銀河連盟によって派遣された惑星開拓船のコアユニットです』
『予期せぬ異常事態に巻き込まれ、船体を喪失。コア部分のみが分離し、この地点に墜落しました』
翔太の指先が震えた。
宇宙船? 銀河連盟? そんな話はSF映画や小説の中でしか聞いたことがなく、現実味のない荒唐無稽なものに思えた。
しかし、目の前の金属球と、そこから送られてくる明確で論理的なメッセージは、不思議と冗談ではないことを翔太に感じさせていた。
光の紋様は今も微かに脈動し、球体の表面には微細な回路のような模様が浮かんでいる。
どう見ても、地球上の技術を超えた何かだ。
「どうして今になって起動したんだ?」
半信半疑のまま呟くと、スマホに新たなメッセージが表示された。
『スリープモードとなり現在まで待機しておりました』
『あなたの接近が、再起動の契機となりました』
「俺が……?」
まさか、掘り出したせいで起動したのか? いや、それとも最初にスマホに届いた『助けて!』のメッセージこそ、起動の兆候だったのかもしれない。
翔太はコアを見下ろし、改めてその表面を観察した。
光沢を持つ金属は、どこか神秘的でただのガラクタとは思えない威厳があった。
青白い光が放つ微かな熱が、冷たい洞窟の中で異質に感じられた。
「……ここで話してても仕方ない。とりあえず、安全な場所で詳しく話を聞かせてくれないか?」
翔太は慎重に提案した。
この山奥に長居するのはリスクがある。
違法業者が近くの廃棄場に出入りしている可能性もあるし、洞窟の湿気と閉鎖的な環境は心地よくない。
万が一土砂崩れでも起きたら、逃げ場がない。
『了承しました。移動可能です』
即答だった。
翔太は一瞬躊躇したが、意を決して両手でコアを持ち上げた。
見た目は重そうな金属製なのに、驚くほど軽い。
まるで中が空洞か、あるいは未知の素材でできているかのような不思議な感触だった。
重さはせいぜい数キロ程度で、片手でも支えられそうだったが、落とすのが怖くて両手でしっかりと抱えた。
表面は冷たく、指先に微かな振動が伝わってくる。
「……よし、行くか。」
翔太はコアを胸に抱え、慎重に足元を見ながら来た道を引き返し始めた。
洞窟の入り口を出ると、外の空気が一気に肺に流れ込み、草木の匂いが緊張を少しだけ和らげた。
木々の間を抜け、廃棄場のトタン壁を横目にしながら、祖父の家へと急ぐ。
足音が草を踏むたび、かすかな音が静寂に響き、コアの微かな光が服越しに漏れていた。
この時、彼はまだ知らなかった。
この選択が、彼の人生を大きく変えることになるということを――。
背後で、洞窟の闇が静かに彼を見送るように沈み込み、山全体が何かを予感させるような深い静けさに包まれていた。