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裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)
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1-4


 源蔵の家から戻ると、翔太は汗ばんだ服を脱ぎ、長袖のシャツと丈夫な長ズボンに着替えた。

 山に入るなら虫や草木から肌を守る必要がある。  

 足元には都会で履いていたスニーカーではなく、祖父の物置に残されていたゴム長靴を履き、ポケットにスマホを押し込んだ。

 タオルを首に巻き襟の中に入れ、帽子を被る。

 そして、虫除けを全身に振りかければ準備は完了だ。

 家の裏手にある勝手口を開けると、温い風が頬をかすめ、山から漂う湿った土と青々とした葉の匂いが鼻をくすぐった。

 そこから続く細い獣道は、子供の頃に何度も通った懐かしい道だった。


 祖父が健在だった頃、その道を通って一緒に山菜を採りに行った記憶が蘇る。

 タラの芽やワラビを手に持つ祖父の後ろを追いかけ、泥だらけになりながら笑い合った日々。

 しかし、祖父が高齢になり山の管理をしなくなってからは誰も通っていなかったのだろう。

 道は随分と草木に覆われ、膝丈まで伸びた雑草や絡み合う蔓が足元を塞いでいた。

 かつての獣道は半ば消えかかり、どこが道なのかさえ怪しくなっている。

 翔太は手に持った木の枝で草をかき分けながら、慎重に足を進めた。


 木々の間を抜けると、視界が開け、かつて陽の光が差し込む広場だった場所が見えてきた。

 子供の頃、友達と秘密基地を作ったり、バッタを追いかけたりした思い出の場所だ。

 祖父の手紙にあった「異変のある場所」とは異なるが、懐かしさに惹かれ、少し足を運んでみることにした。

 しかし、今、その広場の様子はまるで別世界だった。


 トタンの壁が広場をぐるりと取り囲んでいる。陽光を反射するその表面は比較的新しく、錆びや汚れはほとんど見られない。

 設置されてからそれほど時間が経っていないようだ。

 翔太は胸に嫌な予感が広がるのを感じながら、トタンの隙間に近づき、中を覗き込んだ。


――そこには、無数の廃車や瓦礫が山のように積み重なっていた。

 ひしゃげた車のボディ、割れたコンクリート片、錆びた鉄パイプ、破れたビニール袋から溢れるゴミ。

 産業廃棄物が無秩序に捨てられている光景が広がっていた。

 空気には油と腐敗臭が混じり、鼻をつく。


「なんだよ、これ……」


 思わず息をのむ。

 かつての広場は、違法投棄の現場に変わり果てていた。

 子供の頃の笑い声がこだました場所が、今やゴミの墓場と化している。

 翔太は愕然としながら、トタンの壁に沿ってゆっくりと歩いた。

 隙間から見える廃車の山には、塗装が剥がれた軽トラックや、フロントガラスが砕けたセダンが無造作に重なり、瓦礫の間からは黒ずんだ液体が染み出している。

 かつてここで昆虫採集をした草むらは、ゴミに埋もれて跡形もなかった。


「こんなの、許せるかよ……」


 拳を握りしめ、爪が掌に食い込むほどの力が入る。怒りが胸を熱くしたが、それだけでは何も解決しない。

 ここは祖父の私有地だ。

 不法投棄は明らかな犯罪であり、この問題をどうにかする方法を考えなければならなかった。


 まず、証拠を集める必要がある。

 翔太はポケットからスマホを取り出し、トタンの隙間から見える範囲で写真を撮り始めた。

 シャッター音が静寂に響き、画面には廃車のナンバープレートや瓦礫の山が収まる。

 ナンバーが残っていれば業者の手がかりになるかもしれないし、瓦礫の中に企業名が書かれた看板や書類があれば、さらに証拠が固まるかもしれない。

 レンズをズームにすると、遠くに「○○建設」と薄く印刷されたプラスチック片が見えた気がしたが、確信は持てなかった。


「役場に報告するのが先か……でも、相手が悪質なら証拠を隠されるかもしれないな。」


 頭の中で選択肢を巡らせたが、パッと解決策が浮かぶわけもなく、立ち尽くしていても仕方がない。

 さらに奥へと足を進めることにした。

 祖父の手紙に書かれた「異変のある場所」はこの先にあり、もう少しで目的地に着くはずだ。


 草木をかき分けながら進むと、ふと違和感を覚えた。


――音がしない。


 さっきまで聞こえていた鳥のさえずりや蝉の甲高い鳴き声が、ぴたりと止んでいる。

 風が木々を揺らす音さえ遠く、耳に届くのは自分の靴が草を踏むかすかな音だけだった。

 まるでこの場所だけが異質な空間に閉じ込められたかのように、静寂が重く圧し掛かってきた。

 背筋に冷たいものが走り、翔太は慎重に周囲を観察しながら、もう一歩足を踏み出した。


すると――


 視界の先に突然、急な斜面が現れた。

 その中腹には、不自然に抉れたような洞窟が口を開けている。

 入り口は半分ほど土砂に埋まり、崩れかけた岩が周囲に転がっていたが、中央の奥深くには鈍く光る何かが見えた。


「……こんな場所、あったか?」


 記憶を掘り返しても、子供の頃にこんな洞窟を見た覚えはない。

 広場で遊んだ帰りに祖父とこの辺りを歩いたはずだが、こんな不自然な地形に気付かなかった。

 まるで突然現れたかのような違和感が、胸をざわつかせた。

 洞窟の入り口は苔に覆われ、土砂が湿って黒ずんでいるが、その奥の光は異様に鮮明だった。


 翔太はゆっくりと近づき、足元に落ちていた太い木の枝を拾い上げた。

 枝を手に持つと、土砂を掘り起こすように洞窟の入り口を少しずつ広げ始めた。

 土は柔らかく、スコップのように枝を差し込むと簡単に崩れた。

 汗が額を伝い、土の匂いが鼻をつく。十分に開いたところで、

 ポケットからスマホを取り出し、ライトを点灯して洞窟の中を照らした。

 もう片方の手には、もし何か動物が飛び出してきた時のために木の枝を握りしめている。


 洞窟の内部はひんやりと冷たく、空気が湿っぽかった。

 壁の表面は何かに削り取られたかのように滑らかで、自然にできた洞窟とは思えないほど整っている。

 よく見ると岩肌には人工的な削り跡のような細かい線が走り、明らかに人の手が加わった形跡があった。

 翔太の心臓が少し速く鼓動し、好奇心と緊張が交錯する。


――カンッ。


 乾いた音が洞窟に響いた。

 手に持った木の枝が何かに当たったのだ。

 砂利や土とは異なる、硬質な感触。明らかに金属の音だった。


「……金属?」


 ここにも瓦礫や産業廃棄物が捨てられているのだろうか? 翔太は眉を寄せ、スマホのライトをさらに奥へと向けた。

 すると、岩の上に半分埋まるような形で、金属の半球が鎮座しているのが見えた。

 直径は20センチほどで、表面は鈍い銀色に輝き、台座のような岩にめり込んでいる。

 先程外から見えた鈍い光は、これが発していたものだろうか?


 翔太はさらに慎重に近づき、その金属球を眺めた。

 表面には細かな模様や凹みが無数にあり、埃が積もっており、長い年月を経たような風合いがある。

 しかし、その形状はあまりにも規則的で、自然物とは思えなかった。

 人工物なら、誰がこんな場所に置いたのか? 不法投棄の延長か、それとも別の何かか? 疑問が頭を巡る中、彼は意を決して金属球に手を伸ばした。


 指先が冷たい表面に触れた瞬間――


 シュウウウウ……


 微かに、金属の表面が青白く発光した。

 まるで内部から光が滲み出すように、球体全体が淡く輝き、洞窟の暗闇を一瞬だけ照らし出した。


「なっ……!?」


 驚いて手を引くと、発光はすぐに消え、元の冷たい金属の質感が戻った。

 翔太の心臓が激しく鼓動し、呼吸が浅くなる。

 何だ、これは? 見たことのない現象に、頭が混乱した。

 金属が自ら光るなど、常識では考えられない。


 その時だった。


ブルブルッ……


 手に持ったスマホが震えた。


「え?」


 思わず驚き、反射的にスマホを放り投げてしまった。

 スマホは土の上に転がり、画面が一瞬暗転する。 

 そして再びバイブレーションが起こった。

 翔太は息を呑み、恐る恐る地面に転がったスマホを拾い上げ、画面を見た。


 そこには、淡く光る文字が浮かび上がっていた。


『HELP!救命啊!助けて!도와주세요!…』


 途切れ途切れのメッセージが、様々な国の言語で次々と表示されていく。

 英語、中国語、日本語、韓国語――知らない言語まで混じり合い、画面を埋め尽くした。

 文字は点滅しながら流れ、まるで何かが必死に訴えかけているようだった。


 翔太の背筋に冷たいものが走った。

 洞窟の空気が一層重くなり、耳鳴りのような静寂が彼を包む。


「……何だ?」


 問いかけても、返事はない。

 ただ、スマホの画面には、淡く光る文字が浮かび続けていた。

 金属球とスマホが連動しているのか、それとも別の何かか? 理解を超えた出来事に、翔太の頭は真っ白になり、手が微かに震えた。

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