4-3
建屋の重い鉄扉を押し開けた瞬間、冷たい冬の風が翔太の頬を刺した。
12月の空気は鋭く、吐く息が白く舞うほどだった。
それなのに、翔太の額には汗が滲み、首筋を伝ってシャツの襟を濡らしていた。
両手には、重さで撓んだダンボール箱が抱えられている。
翔太の腕が悲鳴を上げていた。
「はぁ……重い……」
安易に運ぶのを手伝うと言ってしまった数分前の自分を叩いてやりたい。
目の前には、建屋のコンクリート床に数個のダンボールが積まれていた。
一見すると、ただの資材搬入の風景にしか見えない。
しかしそれらはすべて、南川仁から送られてきた貴金属だった。
金、プラチナ、レアメタル系の金属——それぞれが小分けにされ、茶色いテープで雑に封された箱に詰め込まれている。
一箱あたり数キロはあるだろうか。
軽く見積もっても、翔太が今まで何往復もして運び込んだ総重量はかなりになるだろう。
冬の寒さの中、翔太はシャツ一枚になっていた。
厚手のコートと作業服はとうに脱ぎ捨てられ、建屋の隅に無造作に放り投げられている。
汗が背中をびっしょりと濡らし、腕には筋肉の張りが浮かんでいた。
隣では、配送業者の若い男が同じく顔を真っ赤にして息を切らしていた。
男は最後のダンボールを床に下ろすと、首に巻いたタオルで汗を拭いながら言った。
「数もないのに、一つ一つの箱が重いっすね……何作るんすか、これで?」
翔太は一瞬言葉に詰まった。
どう答えるべきか。
正直に「宇宙に打ち上げる偽装された小惑星探査機の中身の材料だよ」と言うわけにもいかない。
南川仁から送られてきた荷物の使い道は、あまりにも突飛で、普通の人には理解しがたいものだったからだ。
「……まあ、金属工芸ってところです。」
曖昧に笑って誤魔化すと、業者は「へぇ」とあまり興味が無さそうに頷いた。
「大変そうっすね。頑張ってください!」
そう言い残して、男は汗を拭いながらトラックへと戻っていった。
翔太はその背中を見送りながら、深い溜息をついた。
「さて……これ、地下にどうやって運ぶか……」
ダンボールの山を前に、翔太は途方に暮れていた。
建屋の倉庫から隠し通路を通り、その先の地下工房にこれらを運び込むのが次の仕事だ。
だが、一人でこの量を運ぶのは骨が折れるどころか、腰が砕けるほどの労力だった。
肩を回して疲れをほぐそうとしたそのとき、背後から静かな声が響いた。
「ご苦労さまでした。」
振り向くと、そこには黒猫の姿をしたアーベルが立っていた。
艶やかな毛並みが冬の薄暗い光に映え、エメラルド色の瞳が鋭く輝いている。
アーベルはいつ現れたのかわからないほど自然にそこにいて、その後ろには子猫ほどの大きさの小型ロボットたちが整然と列をなしていた。
丸い金属製のボディに、細く器用そうなアームが付いたその姿は、どこか愛嬌があった。
まるで子供が作ったおもちゃの兵隊のようだ。
だが、翔太は眉をひそめた。
「ダンボールは重いぞ、アーベル。そんな作業用の小型のロボットじゃ……」
「問題ありません。」
アーベルの言葉が終わるや否や、ロボットたちが一斉に動き出した。
四体一組でダンボールの各辺にアームを差し込み、まるで羽でも持ち上げるかのように軽々と箱を掲げる。
そして、倉庫の奥にある隠し通路——床に埋め込まれたフロアトラップ——を器用に開け、地下へと運び込んでいった。
その動きは驚くほど整然としていた。
まるで軍隊アリが食料を巣に運ぶかのように、次々とダンボールが消えていく。
翔太は呆然とその光景を眺めながら、肩から力が抜けた。
「……俺が汗だくになってたのって、なんだったんだろうな。」
苦笑いが漏れるしかなかった。
自分の努力が、こんなにもあっさりと機械に凌駕されるのはなんだか悲しかった。
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夜が更けた頃、地下工房に明かりが灯っていた。
コンクリートの壁に囲まれた無機質な空間の作業机の上には、先ほどまでダンボールに収められていた貴金属の塊が並べられていた。
黄金の輝き、白金の冷たい光、レアアース系の金属が放つ独特の色彩。
それはまるで財宝の山だった。
「ざっと100キロってところか……これだけで人生一回分くらいの財産だよな。」
翔太が呟くと、隣に座っていたアーベルが黒猫の姿で深々と頭を下げた。
「今回は、私のボディを作った時よりもはるかに早く集まりました。南川仁さん、そして翔太には深く感謝します。」
「俺は手伝っただけだから……」
翔太は照れくさそうに笑った。
確かに、彼の役割はアーベルの手伝いだった。
しかし、アーベルの奇妙な計画に巻き込まれた日から、翔太の日常は少しずつ非日常へと侵食されていた。
これでその非日常に一区切りが付く、そんな予感がしていた。
「送り込む偽装した小惑星探査機の外殻はジェラルミンで作成済み。あとはナノマシンの中身を搭載するだけ……か。」
翔太が作業机に視線を戻すと、アーベルが静かに頷いた。
「では、始めます。」
その言葉と同時に、アーベルの黒猫の身体の一部が液状化した。
銀色の膜となって広がり、まるで生き物のように金属の塊を覆い尽くした。
その光景は異様だった。
銀色の液体が震えながら貴金属を飲み込み、まるで養分を吸収する生物のようだった。
翔太は息を呑んだ。
膜が震え、金属の塊が徐々に形を変え始める。
みるみるうちに輪郭が浮かび上がり、やがて一つの姿が現れた。
「……モグラ?」
そこに現れたのは、ヘルメットを被り、ツルハシを握った、やけにリアルで大きなモグラだった。
丸い目と小さな手足が妙に可愛らしく、翔太は思わず目を瞬かせた。
「おい、アーベル。これ……設計図だと立派な衛星じゃなかったか?」
「ナノマシンの集合体ですから、任意の姿に変形できます。」
アーベルがそう言うと、モグラの姿が一瞬で崩れた。
次の瞬間、再構成された姿は、イオンエンジンに偽装された核融合パルスエンジンを備えた小惑星探査機だった。
流線型のボディに、冷たく輝く金属の表面。
確かに、設計図通りの姿だ。
「……なんか、SFを殴りつけられた気分だよ。」
驚きを隠せない翔太を見て、アーベルはどこか満足そうに目を細めた。
「ですが、モグラの姿の方が可愛いですから。」
翔太がアーベルを見つめている間に、衛星は再びモグラの姿に戻っていた。
小さなヘルメットが揺れ、ツルハシを握る手がどこか誇らしげに見えた。
「どういう基準で可愛いが重要視されてるんだよ……」
翔太は苦笑しながら呟いた。
そんな翔太にモグラは一礼すると、ゆっくりと偽装用の小惑星探査機の中へと入り、内部にぴたりと収まり、外殻を閉じた。
外殻が閉じられる最後の瞬間、モグラの小さな手が別れを告げるように翔太に向かって振られた。
「なんか……旅立ちの前の別れみたいで気まずいんだが……手、振った方が良かったか?」
「操作してるのは私ですから。」
アーベルが静かに笑った。
エメラルド色の瞳が柔らかく光り、どこか人間らしい表情を浮かべていた。
翔太はふっと微笑んだ。
「なんかさ、アーベル……だんだんユーモアっていうか、人間味増してきてないか?」
「そうでしょうか?感情表現プログラムを様々なパターンで試しているのです。成果が出たのなら嬉しいです。」
アーベルがそう言って首をかしげると、翔太は小さく笑った。
モグラ型の工作機が小惑星探査機に収まり、地下工房に静寂が戻った。
翔太は作業机に肘をつき、貴金属の残り香が漂う空気を吸い込んだ。
アーベルと共に進めるこの計画---銀河連盟へ連絡を取るための通信機を作り上げる---は、順調に進んでいた。
初めは、地球侵略のきっかけになるかもしれない……そんな不安を抱えて手伝っていた。
しかし今、翔太は不思議と不安を感じていなかった。
「なぁ、アーベル。あともう少しで目的が達成できるけど、その後はどうするんだ?」
「まだ、わかりません。ですが、まだまだ翔太さんと色々なことに取り組まなければいけない、そんな予感がしています。」
アーベルの声は穏やかだった。




