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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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4-2

 羽田空港第2ターミナルの国際線ロビーは、朝の喧騒がようやく落ち着きを取り戻した時間帯だった。


 ガラス張りの天井から差し込む薄い陽光が、タイル張りの床に冷たく反射している。

 時計台の下にあるベンチ——普段なら旅行者やビジネスマンで埋まるその一角が、今朝は奇妙なほどにぽっかりと空いていた。

 

 行き交う人々はスーツケースを引いて足早に通り過ぎ、誰もが自分の目的地に気を取られている。


 そんな中、異様な雰囲気をまとった男が、ベンチにぐったりと沈み込んでいた。


 近藤だった。


 彼の姿は、見るからに惨めだった。

 泥にまみれたジャケットは肩からずり落ち、袖口には擦り切れた跡が目立つ。

 顔には大小の絆創膏が乱雑に貼られ、頬には赤黒く腫れた痣が浮かんでいた。

 首筋に貼られた湿布からは、メントールの匂いが微かに漂ってくる。


 彼はまるで何かから逃げてきた野良犬のように、膝を小刻みに揺らし続けていた。

 貧乏ゆすりが止まらない。

 体の震えを抑えきれていないようだ。

 額には脂汗が浮かび、指先は細かく震え、彼の視線は電光掲示板の案内の方を何度も往復していた。


 ——早く…早く出国しなければ。


 ——この国から離れないと不味い。逃げないと……俺は……。


 近藤の頭の中をその言葉がぐるぐると回り続けていた。

 思考は恐怖に支配され、搭乗案内のサインが視界の端でちらつくたびに、心臓が締め付けられるような痛みを覚えた。

 

 息が浅く、喉がカラカラに乾いている。

 唇が震え、かすれた声が無意識に漏れ出す。


「早く……早く……」


 待合室の天井に吊るされたテレビモニターでは、翌週に打ち上げが予定されている帰還型ロケットについてのニュースが流れていた。

 華やかな音楽とともに映し出されるロケットの映像、白い煙を吐きながら大空へ飛び立つその姿は、まるで人類の希望を象徴しているかのようだった。


 しかし、近藤の視界は霞み、音も映像も頭に入ってこない。

 彼にとってそのニュースは遠い世界の出来事でしかなく、今この瞬間の逃亡劇に何の救いももたらさない。


 周囲の人々は、近藤の異様な様子に気づいても誰も近づこうとしなかった。

 彼の周りには見えない壁があるかのように、誰もが自然と距離を置いていた。


 汗と湿布の匂い、震える体、落ち着かない視線——それらが混ざり合い、彼を孤立させる空間を作り出していた。


 ビジネスマンや旅行者で溢れるロビーは、時に他人に無関心だ。

 誰かが咳き込もうが、荷物を落とそうが、誰もが自分の予定に追われ、他人の苦しみに目を向ける余裕はない。


 近藤は震える手でジャケットのポケットを探り、折り畳まれたパスポートを握り潰すように掴んだ。

 それが彼の最後の希望だった。


 出国さえできれば、この悪夢から逃れられるかもしれない。

 だが、その希望はあまりにも脆く、指先が冷たくなるほど現実の重さに押し潰されそうだった。


 その時だった。


「やア、近藤さン。こんなところで奇遇ですネ、随分探しましたヨ。」


 背後からかけられた声に、近藤の体がびくりと跳ねた。

 それは冷えた刃のように鋭く、耳元に突き刺さる響きだった。


 同時に、重たい手が肩に置かれ、彼は己の心臓が一瞬止まったかのように感じた。

 肩に伝わるその感触は、まるで鉛のように重く、逃げられない現実を突きつけてくる。


 ——まさか、こんな場所まで……。


 振り向くまでもなく、その声だけで誰かを悟った。


 チャン・ユーハオ。


 山寨龍科技シャンザイロウ・テクノロジーズの男だ。

 スーツに身を包み、流暢な日本語と中国語を操るその姿は、いつも洗練された印象を与えていた。


 しかし、今の彼は違う。

 近藤が恐る恐る振り返ると、そこには笑みを浮かべたチャンの顔があった。

 だが、その目の奥には氷のような殺意と狂気が潜んでいる。

 金縁のメガネが怪しく光り、人工的な冷たさを際立たせていた。


「少し、お話しましょウ。」


 チャンの声は穏やかだったが、その裏に隠された圧倒的な威圧感が近藤を締め付けた。

 彼は反射的に立ち上がり、逃げようとした。


 だが、その瞬間、視界がふわりと揺れた。


 チャンの手が素早く動き、白いハンカチが近藤の口元に押し当てられていた。


 ——やばい、吸っちゃ……。


 異臭が鼻腔を突き抜け、肺に流れ込んだ瞬間、体の力が急速に抜けていくのを近藤は感じた。


 膝が崩れ、床に倒れ込む前にチャンの腕に支えられる。

 意識が深い霧の中へと落ちていく中、彼の耳に最後に届いたのは、周囲のざわめきとチャンの穏やかな声だった。


「彼、調子悪い見たいネ。私介抱するから大丈夫ヨ。」


 チャンは周囲の視線が集まる中、優雅に会釈しながら近藤の体を抱え上げた。

 まるで旧友を助ける旅人のような立ち振る舞いで、その動作には一切の隙がなかった。


 一瞬、人々の視線が彼らに注がれたが、すぐに誰もが興味を失い、それぞれの日常へと戻っていった。


 空港のロビーは、冷たく無関心な空間だった。

 誰かが倒れようと、誰かが連れ去られようと、それは他人事でしかない。


 近藤の意識が完全に途切れる前、彼の目に映ったのは、時計台の針だった。

 秒針が無情に進み続けるその姿は、彼の逃亡劇が終わりを迎えたことを静かに告げていた。


 チャン・ユーハオは近藤を抱えたまま、静かにロビーを後にした。


 震える指先からパスポートが滑り落ちた。

 しかし、誰もそれに気づかず、誰も拾おうとしなかった。

 空港の喧騒の中で、それはただのゴミのように放置された。

 チャンの足音が遠ざかる中、テレビモニターでは打ち上げるロケットについて取材した番組が流れていた。

 希望に満ちたその光景は、近藤の絶望とはあまりにも対照的だった。


 スーツケースを引く音やアナウンスの声が遠ざかり、二人の姿は人混みに溶け込んで消えた。

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