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夕暮れの薄闇が裏山を包み込む頃、翔太はプレハブ小屋の事務所の窓辺に立ち、外を眺めていた。
南川除染技研の第二工場——コンクリートの基礎に支えられた灰色の建屋が、冷たく無機質な姿でそこに佇んでいる。
かつては子供たちの笑い声がこだまし、木漏れ日が地面に揺れていた場所だ。
あの頃の記憶は、翔太の胸に今でも鮮やかに焼き付いている。
夏の暑い日に祖父と一緒にセミの抜け殻を探し、木の枝を手に持って地面にロケットの絵を描いたあの瞬間。
風に揺れる葉の音と、遠くで響く蝉の声が、幼い翔太にとっての宝物だった。
だが、大人になって再び訪れた時、その風景は跡形もなかった。
不法投棄されたゴミ袋が雑草に埋もれ、錆びた鉄骨が無造作に転がり、割れたコンクリート片がかつての緑を押し潰していた。
自然は無残に踏みにじられ、子供時代の夢の広場は、荒れ果てた不法投棄場へと変貌していたのだった。
翔太は目を細め、窓の外に広がる裏山から伸びた暗い影を見つめた。
胸の奥に鈍い痛みが広がり、喉に何か熱いものが込み上げてくるのを抑えた。
——もう、あの頃には戻れない。
その現実を突きつけられた時、翔太はただ立ち尽くすのではなく、行動することを選んだ。
地元行政との折衝を重ね、空き地の用途変更を進め、アーベルと南川仁の協力を得て「第二工場」を立ち上げた。
表向きは産業廃棄物のリサイクルと金属加工を掲げる小さな町工場だ。
敷地内には中古の工作機械が並び、正面の小道は舗装されて、油の匂いと金属特有の錆臭い香りが漂う。
地元の誰が見ても、町の片隅にあるありふれた工場にしか見えないだろう。
しかし、真実はもっと深いところに隠されている。
地上の建屋はただの仮面に過ぎず、本当の心臓部は地下に広がっている。
アーベルと協力して構築した極秘の施設——コンクリートと鋼鉄で固められたその空間には、世間に知られてはならない技術が息づいている。
金属3Dプリンターが微細な振動を放ちながら超精密な部品を造り出し、特殊なリサイクル処理装置が静かに稼働する。
暗闇に光るモニターの青白い光が、地下室の壁に不思議な陰影を投げかけていた。
そこはまるで、未来への扉がひっそりと開かれた場所のようだった。
建屋が完成した後、翔太は産業廃棄物の回収認可を取得し、堂々と処理業者として名乗りを上げた。
アーベルが用意した派手な広告がネット上に展開され、「即日対応!地域最安値!」という刺激的なフレーズが並ぶ特設サイトが立ち上がった。
ゴミの山が消えるアニメーションが目を引き、鮮やかなオレンジと緑のバナーが画面を彩る。
だが、その努力も虚しく、問い合わせは一件も来なかった。
「……全然、来ないな。」
プレハブ小屋の狭い事務室で、席に戻った翔太はモニターを眺めながら呟いた。
デスクの上に置かれたコーヒーからは湯気が立ち上り、壁には地図とスケジュール表がピンで留められている。
モニターのスクリーンセーバーがくるくると回り、空っぽのメールボックスが虚しく映し出されていた。
背後では、アーベルが静かに佇み、尻尾をゆったりと揺らしている。
黒い毛並みが部屋の薄暗い蛍光灯に映え、エメラルド色の瞳が鋭く輝いていた。
まるで夜空に浮かぶ星のようなその目は、翔太を見つめながらもどこか遠くを見ているようだった。
「地元の利権構造が予想以上に堅固ですね。」
アーベルの声は冷静で、分析的なトーンが響いた。
「既存業者が排他的な囲い込みを行っており、新規参入は極めて困難です。一部の業者と裏で繋がる政治家の存在も確認されています。」
「やっぱりそうか……。」
翔太は苦い顔をして、デスクに肘をつき、頬杖をついた。
指先でこめかみを軽く叩きながら、彼は溜め息をついた。
「世間から南川除染技研の第二工場は、資金繰りに苦しんでいたころの本社の副業を分業化した工場って見られてるからなぁ。産業廃棄物の仕事なんて、技術力より地元の人間関係と政治力がものを言う世界だし。」
地元の有力者や既存業者のネットワークは、まるで鉄の壁のように立ちはだかっていた。
新参者が裏山の空き地に工場を建てたところで、誰も仕事を回してはくれない。
「まさに、‘蚊帳の外’って感じだな……。」
彼は椅子の背にもたれ、首を軽く振った。
天井の蛍光灯がチカチカと瞬き、部屋に微かな不安を投げかける。
アーベルは前足を組み、静かに言った。
「焦らなくても大丈夫です。私は現地の利権関係やネットワークの解析を進めています。動かせそうな手はいくつかあります。例えば、ある業者の裏取引を押さえ、それを交渉材料に使うことも可能です。」
その声には、どこか策略的な響きが混じっていた。
「そこまでしなくてもいいさ。工場は隠れ蓑みたいな物なんだし。それに流石に過干渉だろ。銀河連盟のルール的に大丈夫なのかそれ……。」
翔太は眉を寄せ、アーベルを一瞥した。
アーベルの瞳は澄んでいて、深い知性と決意が宿っているように見えた。
翔太はそのエメラルド色の瞳に引き込まれるように見つめた。
「いえ、これは私が地球とあなた達に恩返しする機会でもありますから。ですが、翔太さんがそう仰るならやめておきます。」
アーベルの声は穏やかで、どこか温かみがあった。
翔太はその言葉に胸を打たれ、目を逸らした。
窓の外、建屋の向こうに広がる裏山の暗い影が、静かに佇んでいる。
かつての笑い声や木々のざわめきが脳裏をよぎり、胸に鈍い痛みが走った。
「でも、やっぱり……あの広場が、こうなったのは寂しいよな。」
翔太は小さく呟き、窓枠に手を置いた。
冷たい金属の感触が指先に伝わり、彼の心をさらに締め付けた。
あの夏の日、祖父と一緒に過ごした時間が、まるで遠い夢のように感じられた。
アーベルは一拍置いてから、静かに答えた。
「想い出の場所は、ただ残すだけが正解ではありません。新しい未来のために使おうと決断した時、その場所は再び意味を持ちます。失われたのではなく、形を変えて受け継がれているのです。」
その言葉は、まるで長年言えずにいた誰かの思いを代弁してくれたようで、翔太の胸を優しく打った。
アーベルの声には、冷たい知性だけでなく、深い理解と温かさが込められているように感じられた。
彼はそっと目を閉じ、深呼吸した。
鼻腔を満たす油と金属の匂いが、現実を静かに引き戻す。
——静かだけど、確かに進んでいる。
翔太はモニターに目を戻し、椅子の背を正した。
「よし、アーベル。もう少し様子を見ようぜ。まあ、君を助けるための隠れ蓑としての会社という側面もある。それで忙しくなるというのも本末転倒だ。気長にやろうか。」
アーベルは尻尾を軽く振って頷いた。
「了解しました。」
プレハブの外では、夜風が冷たく吹き抜けていた。
かつての裏山は静かに眠り、第二工場の灯りに照らされていた。
読んでいただきありがとうございます。
第四章が始まりました。
この章で一応の小説1巻分のストーリーが終わるように構築しています。
今後の展開も楽しんで頂けると幸いです。
以上、よろしくお願いいたします。




