6話 魔法の基礎知識
俺はその後、ニ日間にわたって連続でハイルの特訓を受けた。
とは言ってもこのニ日間を通じて特訓の内容がが筋力的にマシになったと思えることはなく、かえって筋肉痛のおかげで痛みが倍増し初日よりも大変だった程だ。
それでも成長は実感できる。
それが十分に感じられたのは特に後半2つだ。
柔軟は初日にハイルに関節をやられていたこともあってか、このニ日間はグイグイと伸ばすことができたのだ。
本当に後遺症が心配になるが。
そして真剣白刃取り。
これはいまだに掴めはしていないものの、ハイルの振っている片手斧がうっすらと見ることができるようになってきたのだ。
そして反射神経の方も初日の1.5倍くらいの速さで反応できているとなんとなく自分の中では思っている。
そして俺がこの異世界にやってきて5日目、そう、勇者試験までの猶予が今日を含め残り2日となったのだった。
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「今日もやってきたぜ。……って、まだハイルはきてないのかよ?」
俺は今日もハイルの特訓を受けにギルドまでやってきていた。
ちなみにこの特訓をした三日間で俺とハイルはすっかり有名人になってしまった。
そりゃあ人の往来がほぼないとはいえギルド内でこんな特訓してるんだ。
目立つのは確実と言ってもいい。
そしてハイルが不在で困惑している俺に気をかけたのはシャウィーさんだった。
「どうしたんですか?ヒカゲさん。」
「あ、シャウィーさん。実はまだハイルが来てなくてですね。」
「あ〜、そういうことですか。」
俺が事情を説明すると、シャウィーさんは納得したような表情で俺の顔を見詰める。
すると、シャウィーさんは俺の予期しない、だが絶対に必要であることを話してきた。
「実はですね、今日は私がヒカゲさんに魔法の基礎知識を教えるようにハイルさんから言われてまして。」
それに俺は少しだけ驚嘆の意を見せながら(この前までの俺だったら大袈裟に驚嘆しているのだろうが、5日も一緒にいると、こういったハイルの突拍子の行動に自然と感覚が麻痺してくるのだ。)、シャウィーさんの方を見つめ返す。
「え?ということはシャウィーさんが色々教えてくれるんですか?」
「はい、そういうことですね。では早速、北の草原にでも行きましょうか。」
彼女は、ピンク色の髪を揺らし、はにかみながら、そう言った。
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「あ、その前に、ちょっとここよっていきませんか?」
俺たちは北の草原に行くため町を歩いていた(俺は宿とギルドにしか行ったことがなかったのでギルドより向こうの町は初めて見る光景だった。)のだが、シャウィーさんが突然足を止めて目の前の店の看板を指差す。
俺がその看板を注視すると、そこには遠くからも見えるような大きい文字で「服屋」と書かれていたのだ。
「ほら、ハイルさん、その服だけしか持ってないんですよね?かなりボロボロになってきてるので、何か買った方がいいんじゃないかなと思いまして。」
そうか、これはシャウィーさんなりの心遣いのようだ。
確かに俺はこの三日間はの特訓を動きにくい格好の制服で行っている。
なのでこの制服は夜風で乾かしてはいるものの、いかんせんボロボロになっていていたのだ。
もちろん自分でも異世界の服を買いに行こうとしたのだが、何せ転移してきたばかりの身、金というお金が皆無だったので、買いに行くことすら憚られた。
つまり俺はここでも拒否せざるをえない。
「すみません。俺、お金持ってなくて……」
だがシャウィーさんは、多少呆れたような表情で言った。
「あのですね。私はあなたが初めてこの町へ来た時からの知り合いですよ?あなたにお金がないことくらいはわかってます。だから私が買ってあげようとしてるのに……」
それを聞いた俺は、慌てて感謝の気持ちを述べる。
「え……、あぁごめんなさい、そしてありがとうございます!!」
「ヒカゲさん。あなたもう少し察しの力を高めた方がいいですよ?そうしないと、モテませんよ?」
「モテるっていう文言に今回のこととは関連性を感じませんが、わかりました……。」
「じゃあ、行きましょうか。」
確かに俺、元の世界の方でもかなり空気が読めない人物だったからな……。
悪くいうとノンデリってやつだ。
俺は反省すると、店に入って行こうとするシャウィーさんを慌てて追いかける。
そして服屋の中にまで入ったのだが、そこは、ザ・異世界って感じの服から、和服に近いもの、それに洋服に近いものまで置かれている、異世界の中ではかなり取り扱いの品種が多そうな雰囲気だった。
「あ?なんだ?シャウィーじゃあないか。今日はどした。」
俺たちが店に入った途端、店主の無愛想な見た目でタバコらしきものを吸っているおっさんがシャウィーさんに声をかける。
「えーっとですね、今日はこの人に合う服を探してもらいたいんですが……。」
するとシャウィーさんは、俺に手招きをしながら、俺とおっさんを相対させた。
「よう。お前の服を見つけりゃあいいんだな?」
「あ、は、はいそうです。よろしくお願いします。」
俺はおっさんに対して多少ビビり、冷や汗を垂らす。
このことが隣のシャウィーさんに伝わっていないといいのだが。
だがそのおっさんは見た目に反して親切で、ものの10分で俺に合いそうな服をいくつか探してきてくれたのだった。
それもかなり俺好みの。
「それ。お前に合いそうなのはこの5セットだ。選べ。……ところでシャウィー、どうせあんた上から下まで買ってやるんだろう?こっちでセットにしといたが大丈夫か?」
「はい。助かります。あなたのコーディネートにはかなりの定評があるので。」
「おい、それは恥ずかしいからやめてくれ。」
言葉に対し、多少トーンが上昇している服屋のおっさん。
シャウィーさんに言われて嬉しいんだろうな。
そんな2人の会話を聞きながら、俺は服を見つめる。
どれにしようか……。
俺は悩みに悩んだ結果、水色のTシャツっぽいものに俺の今の髪色と一緒の薄水色のロングコート、それにズボンは白い革のもののセットにした。
「じゃあ俺はこれにします。」
俺は談笑していた2人にもそのセットを見せながら宣言する。
するとおっさんは先ほどよりももう少し上がったトーンで言葉を発した。
「そうか。了解した。シャウィー。今回はまけといてやるよ。ぽっきり8000Gだ。」
するとシャウィーさんはこれまたまけてくれたのに喜んだのかニマニマした表情で、
「了解です!…………どうぞ!」
と1000と書かれた紙幣を8枚出し、決済を完了させたのだった。
やっぱり異世界なのにそこだけはこっちの世界に似てるんだよなぁ……。
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そんなことがあったものの、俺とシャウィーさんは太陽がてっぺんに登るまでに北の草原にたどり着くことができた。
ちなみに俺はさっきのセットに着替え、制服を服屋に一旦預けておいた。
荷物になるので預けてきたのであって、もちろん戻る時に回収する予定だ。
そういえば俺の制服を渡す時に服屋のおっさんがそれの繊維を見て興奮していた。
そりゃあこっちは令和の時代の制服だ。
製造方法も、おそらく作られた素材も使うのだろう。
そんなわけで、俺は薄水色のロングコートをなびかせながら、草原で風を浴びていた。
「やっぱ、こういうところって気持ちいいですよね。」
「ええ、そうですね。ところでヒカゲさんの適性魔法ってなんでしたっけ?」
「えーっと……。」
俺は4日前のことを顎に手を添えながら思い出す。
えっと?確か……、
「確か雷と草だった気がします。」
「そうですか。私は水、草、土なので、草の魔法を基礎として、練習をしていきましょうか。」
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シャウィーさんが俺に課してきた練習内容は、至って簡単なものだった。
「魔法とは、簡単に話すとイメージの権化です。まぁ魔法使い系の職業でもない限り、できることは限られるんですが。まぁまずはイメージからです。何か草に関することをイメージして下さい。」
そんなもの、漫画や小説がありふれていた日本からやってきた俺にとっては楽勝である。
昔厨二病を患っていたことも大きいのだが。
俺は目を瞑り、神経を集中させ、自分の周りの草が成長するイメージをした。
すると、俺が目を開けた時にはもう、俺の視界は草でいっぱいだったのだ。
「は!?」
俺は目の前に起こったことについて単純に驚く。
魔法って、特に詠唱とかなしにも使えるのかよ……。
魔法は詠唱するものだと思っていた俺は、少しがっかりする。
だがそれは、地味ながらも自分が魔法を使ったことについての高揚感が打ち消した。
俺は急いで自分が作った草やぶから出ると、シャウィーさんに報告しに行く。
「こんな感じでどうですか?」
しかしシャウィーさんは、まだ足りない、という表情を俺に向けていた。
「はい。基本的なものはそんな感じです。しかし、ヒカゲさん。あなたは魔法発動時に目を瞑っていました。おそらく想像力を高めるためでしょうが、戦闘時にそんな無防備な姿勢、取れますか?」
「いや……取れません。」
俺は渋々頷く。
この人、意外と痛いところついてくるな……。
「ですので、次は目を開けたまま、すぐに魔法を行使してみて下さい。こんなふうに!【土巨人】!」
いうが早いか、シャウィーさんは手本を見せてくれた。
シャウィーさんの適性魔法の土属性で、俺の身長の3倍以上はあるゴーレムを作り出したのだ。
「!!」
俺は目を輝かせる。
生ゴーレムなんて、異世界に来てみないと見ることができないからな。
……だがそのゴーレムは動くことはなかった。
「動きませんね。」
俺はゴーレムを出したせいか多少息が荒れているシャウィーさんに聞いてみる。
「ハァ…。はい、そうですね。戦闘するわけでもないですし、どうせ動く必要性はないので、私があえてコア部分を作らなかったんですよ。ハァ……。」
「あの……、息が荒れてますけど、大丈夫ですか?それと、さっきの技名みたいなのって、言った方がいいんですかね?」
もちろん事前に技名?みたいなのを言ってたのも俺は聞き逃さなかったので、心配の声をかけつつ、俺はシャウィーさんに聞いてみた。
「はい。……ちょっと大掛かりなものを作っちゃったので、まぁまぁ体力が持っていかれただけです。あと、後者の質問に関しては、後で答えますね……。」
つまり、シャウィーさんはこのゴーレムを作り出すのに魔力を全て使ってしまったため、必然的に体力も削ってしまった、ということか。
「あまり無理しないで下さいね……?シャウィーさんの魔力量にも限界があるでしょう?」
俺は心配して声をかけるが、息荒れがおさまってきたシャウィーさんが次に発した言葉は、かなり衝撃的なものだった。
「……。ヒカゲさん。魔力量って、なんですか?」
「は?」
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俺はすぐさまシャウィーさんと事実確認をした。
もしかしたら、魔力を使いすぎるとこの世界の人はバカになる可能性があるかも、と思ったからだ。
だがその予想は当たり前のように外れた。
シャウィーさんによると、この世界での魔法は自身の体力を消費して放つものらしく、そのため大規模な魔法は体力がなくなる=死に等しいものなのでそもそも発動が出来ないらしい。
ちなみに魔法使いが大規模な魔法を打てる理由は、魔力量……もとい体力が他の人より多い、というものではなく、魔法で使う体力の効率を上げているのだそう。
その話を大まかに聞いた俺はがっかりした。
まさか異世界のくせに魔力って概念がそもそもないなんて……。
まぁ異世界なのに魔法を全く打てない、というものよりかはマシなのだが。
俺の異世界に抱くイメージはどんどん崩れていくが、仕方ない。
それに朗報もあった。
先程の技名みたいなものに関してもシャウィーさんは話してくれたのだ。
なんでも、その想像に技名をつけることで、その想像のイメージが確固たるものになり、想像した通りに魔法が働きやすくなるので、ほとんどの人は技名を発しているとのこと。
そしてそれが影響したのか、職業が関わる攻撃の際も技名を発する人がかなりの数いるらしい。
俺はなんの意味もなく技名を叫ぶのではなく、ちゃんとした理由が生まれたため技名を言う理由ができ、興奮したのだった。
うん、ここはポジティブシンキングでいこう。
「……ある程度はわかりましたか?」
「はい。わかりました。」
説明をしている間に息づかいももうすっかり回復したシャウィーさんに俺は頷く。
「じゃあ、先ほどの訓練の続きといきましょうか。目を閉じずに、一瞬で想像して、技名も考えてみて下さい。」
「わかりました。」
俺はシャウィーさんの下に生えている草を見てシャウィーさんの靴に巻き付くところを想像し、
「【草の鎖】!!」
と技名を発する。
すると想像したのとほぼ同時のタイミングで、シャウィーさんの足元に、数々の魔法陣が出現したのだ。
そして一瞬のタイムラグが発生したのち、草はシャウィーさんにまとわりつく。
「!!何を!」
予想外の俺の魔法にかなり驚いていたシャウィーさんだったが、さすがはこの世界の住人。
「【解除】!!」
反射的に両手を地面に向けたのち、同じ草の魔法をぶつけて相殺し、草の進行を阻止したのだった。
「ふんふん……そんな使い方もあるんですね……。」
俺は何事もなかったかのように感心してその光景を見ていたが、シャウィーさんは草が足に絡みついて動けない状態のまま、少し怒っていた。
「何するんですかヒカゲさん!変なことはしないでくださいよ。」
「すみませんすみません。自分の方をやっちゃった以上、後狙うものがシャウィーさんしかいなかったので……」
「弁明になってません。とにかく、戦闘以外ではこんなふざけた真似、してはいけませんよ。」
「り、了解です。」
俺はシャウィーさんの剣幕のたじろぐ。
そんなに嫌だったのか……。
だが、
「ですが、かなりの強度の草ですね。これなら相手の拘束もわけないでしょう。……ヒカゲさんにはやはり、魔法に対する才能があるようです。」
そんな風に客観的に物事を見て俺を評価してくれたシャウィーさんに俺は歓喜の音色をあげる。
「そうですか!?ありがとうございます!!」
その後俺は、午後4時くらいまでシャウィーさんに魔法発動までの時間帯の調整や、少しだけ雷の方の魔法の練習もしたのちに(1発雷が降ってくる想像をしたら見事に成功したのだが、反動で鼻血が出てきたのでびっくりした。)町へと戻り、服屋で制服をおっさんから返してもらった後で、シャウィーさんとギルド前で別れ、俺は宿へと戻ったのだった。
勇者試験までの猶予は後1日。明日は何をするのだろうか?