5話 特訓、特訓、特訓!!
ようやく文章が少し短くなりました.....
そして、タイトルからもわかるように特訓回となります!
「ったく、お前が言っておいてなんで遅れるんだよ?」
「悪かったっていってるだろう?ちょっくら朝のトレーニングがてら、魔物倒しにいってたんだから。」
ここはギルド内。
俺を鍛える約束をしていたハイルが時間に遅れたため、俺が少しダメ出しをしていたところだ。
ハイルの遅れた理由がかなりクレイジーなものだったのには目を伏せておく。
「まぁいいよ。それで?俺を鍛えるっつったって、どこで何を行うんだ?」
まぁそれにも色々あるだろう。
平原での魔物狩り実地訓練とか、魔法行使の練習とか。
はたまたダンジョンに潜って判断力を鍛える訓練でも面白そうだな。
この世界にダンジョンがあるかどうかは知らないが。
そんなふうに俺がファンタジーな世界にありがちな特訓を考えている中、ハイルは予想外のことを口にした。
「何って、そりゃあもちろん、ここで基礎運動能力強化の訓練をするに決まってるだろ。」
「は?」
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そこからはかなり地獄だった。
いや、地獄なんて形容できるレベルではない。
元々運動神経が中の上、もしくは上の下ほどだった俺は、こんな筋トレをほとんどしたことがなかったからだ。
まず上体起こし、腕立て伏せ、スクワッドを50回10セットずつ。
俺はそのメニューをハイルから聞いた時、思わずハイルの方を真顔で見てしまった。
「いやいや、流石に冗談だよな?そんなもん、1日に詰め込んでいい内容じゃあ……」
するとハイルは、当たり前かのように真顔で返してきたのだ。
「いやいや。冗談じゃない。お前は見たところ貧弱すぎるからな。これでも慈悲した方なんだぞ?最初は100回10セットにしようとしたんだから。」
「どっちでも鬼畜だよ!!」
ちなみに俺は毎日200回を10セットだ。と自慢するハイルに俺はドン引きする。
とはいえ俺に拒否権なんてもんはないので、渋々そのメニューをこなしていくのだった。
こんなことなら運動部にでも入っとくべきだったぜ……。
もちろんのこと、俺が少しでも手を抜いていたり、間違ったフォームをしていれば、すぐさまハイルの指導が入る。
はっきりいって、このトレーニング内でのハイルは地獄の総大将である閻魔そのものだった。
「違う。腕立てってのは、もっと尻と顎を落とすんだ。ほら、こうやってな。」
「おいヒカゲ!腰が降りてないぞ!そのセットは始めからやり直しだ!」
「鬼畜!鬼畜すぎるって!!」
そんなこんなで俺が全てを終わらせる頃には、午後3時へとなっていた。
ちなみに途中から仕事が終わったらしいシャウィーさんも特訓の様子を見にきていて、へばっている俺を応援してくれたり、時には笑っていたりしていた。
「お、終わった……。」
俺は汗まみれでぐちょぐちょになった制服(そうなのだ。俺は異世界に来てからまだ2日目のため、この動きにくい制服でトレーニングをさせられていたのだ。)のままギルドの床に突っ伏した。
基礎の運動とはいえ、かなり過呼吸になってしまっている。
というか特訓の途中から耳がキンキンなるわ、目眩はするわ、倦怠感感じるわで、自分が生きているのかどうかも怪しかった。
いわゆる脱水症状ってやつだ。
そんな俺を見かねたシャウィーさんは、ハイルに軽口を聞く。
「にしてもハイルさんも鬼ですね。ハナからこんな厳しい鍛錬をさせるなんて。彼、かなりの脱水症状に陥ってますよ?」
「仕方ねぇだろ。こいつの勇者試験まで後6日しかねぇんだ。急ピッチでやらないと、こいつは死ぬ羽目になる。……そうだ。シャウィー、知っての通り、こいつのためにギルドから水持ってきてくれるか?」
「了解しました。」
ハイルの指示を受け、シャウィーさんは水を汲みにギルドの奥へと走っていった。
そんな光景を、俺は今にもブラックアウトしそうなほど視野の狭くなった眼球で捉える。
「ハァ……ハァ……ハァ……。」
と、俺の眼前にハイルが現れた。
「大丈夫か?ヒカゲ。」
俺は息を少し整えながら、その問いに答える。
「ハァ……ハァ……。まぁな……。けど……かなり視野が……ハァ……狭い……。」
「そうか。……予定の2倍の時間がかかったとはいえ、よく頑張った。シャウィーが水持ってくるから、もうちょっと耐えてろよ。」
ハイルは俺を褒め称えるような口調でいった。
「あぁ……。」
そういえば、脱水症状を改善させるためには水のほかに塩分が必要なのだが、ハイルは気づいていない、というか知らないようだった。
もちろんこの時の俺も、そんなことを考えれるような頭は持ち合わせていなかったのだが。
そしてかなりの時間(といってもこれは俺の時間の感覚だったので、実際は1〜2分のはずだ。)がたち、ようやくシャウィーさんが水を持ってきてくれたのだった。
「はい、持ってきましたよ。水。」
ファミレスにあるような水をたくさん入れる用の容器にコップを持って。
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今にも死にかけだった俺は、その容器にある水(推定2Lくらいだろうか)を一瞬で、文字通り一瞬で飲み干した。
「いい飲みっぷりだな〜。」
「ですね〜。空腹は最高の調味料とは言いますが、案外死にかけの状態っていうのも、それと同等以上の効果だったりしそうですね。」
2人は呑気にそんなこと語ってるが、俺は息自体は整ったものの、倦怠感に関してはいまだに健在だ。
下手したら吐きそう……。
だが、そんな俺を見たところで、ハイルは手を緩めようとはしなかった。
「じゃあ次は柔軟だな。これは戦闘時に絶対に必要になってくる柔軟性を鍛えるものだ。ちなみに本来はこの前にランニング5kmがあったが、時間が押してるので、今日はカットにしておく。」
時間の都合はあるようだが。
いやまぁ、この状態でランニングでもした暁には俺のキラキラが出るのは必要十分条件なので、俺は胸を撫で下ろす。
俺がこのトレーニングに慣れてきて、時間が短縮した場合は、いやでも追加される内容だが、それはその時の自分に任せるとしよう。
人間、思考放棄も大切だ。
「じゃあ早速始めるぞ。まずは開脚をしろ。」
そして休憩がほぼないまま俺は次のステップへ進むのだった。
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柔軟。
結論から言うとこれはさっきの運動に比べればマシな部類だった。
実際に、ハイルもここは休憩感覚だと思っていたらしいのだが。
だがこれにしてもハイルの鬼教官、いや閻魔教官っぷりは止まらない。
「ハイル。流石にこれが限界だ!」
と俺が限界まで開脚をしたのちに口で宣言しても、ハイルは聞く耳をもたない。
「まだ伸びるだろ?シャウィー、ちょっとこっちの足固定しといてくれ。」
そんなことを言った途端、俺の足の片方をシャウィーさんに持たせると、ハイルはもう一方の足を掴んで、力みながら無理やり伸ばしてくるのだ。
その時に関節からなっちゃいけないような音がボキボキなっているのだが、本人は何も知らないような爽やかな顔で淡々と進めていく。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
もちろん俺はそれに対して悲鳴をあげるし、
「ハイルさん?流石にもう少し抑えたほうが……」
とシャウィーさんも反論を立てるが閻魔教官にとってはどこ吹く風のようだった。
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「ふう……。ここで終わりだな。どうだ?柔軟性、上がったか?」
「確かに自由自在に動かせるようにはなったけど、これ本当に大丈夫なのか……?」
「そうですよ。ハイルさん。これってかなり危険なのでは?」
午後4時。
一通りの柔軟が終わった。
ちなみに俺がどのくらいの柔軟性を得たかと言うと、無理矢理とはいえ、フィギュアスケーターやバレリーナレベルには柔らかくなっていたのだった。
ボキボキ鳴ってた分の反動は怖いが。
そんな俺とシャウィーさんに対してハイルはさも安心させるかのようにこう言い放つ。
「大丈夫だ。俺が随分前にこの方法で柔軟性を高くしたんだが、まだ体のどこにもガタは来てない。」
「ま、まぁそう言うことだったら……。」
「納得と言えば納得ですね……。」
本人も同じ経験をしていたのなら納得だ。
実際は異世界人同士であると言う差異があるのがかなり危惧すべきポイントなのだが。
……まぁなってしまったもんはもう何事もないように祈るしかない、か……。
俺はガタが来ませんように、と天に願ったのだった。
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「よくここまで頑張った。ヒカゲ。今日は次のトレーニングで最後だ。」
すっかり調子に乗っているハイルがそう宣言する。
……3個目にしてようやく最後か。
俺にしては頑張ったほうだぜ……。
だがハイルが設定したメニューだ。そう簡単には終わらせてくれないだろう。
そう思っている俺だったが、ハイルが口に出したのは完全予想外のそれだった。
「最後の特訓はズバリ、真剣白刃取りだ。」
「……は?」
俺の頭にハテナが浮かぶ。
なぜ真剣白刃取りなんだ?
それはシャウィーさんも思ったようで、俺と同じく頭をぽかーんとさせていた。
そんな俺たちを見て、ハイルは説明を続ける。
「あー、安心しろ。流石に俺だって本物の斧でヒカゲを攻撃するってわけじゃない。俺が使うのは俺の腰に引っ提げてきたこの木刀ならぬ木の片手斧だ。それでいて俺の全力の3分の1くらいのスピードで我慢してやる。」
いやそうゆう説明を求めてた訳じゃねえよ!!
もっとこの特訓の意味とか説明しろよ!!
だがシャウィーさんはこの説明だけで納得したようで、
「あぁよかったです。この様子だとハイルさんが人殺しをしてしまわないかどうか心配でしたので、それを聞けて安心しましたよ。」
と安堵の表情を浮かべていた。
なんでその説明だけでわかるんだよこの人は!
というか今さらっと俺が斧を受け止められない前提で話進んでるよな?
泣くぞ?俺、泣くぞ?
「する訳ねぇっての。魔物殺しはともかく、勇者殺しなんて。そんなことをしたらどう考えてもこの世界の損害だろうが。」
「ですよね。」
「あぁ。……てわけで始めるぞ。あと、一発でも受け止めきれたらヒカゲ。お前の勝ちだ。直ちに帰っていいぞ。」
「!!」
泣き寝入りをしようとしていた俺は、その言葉を聞いてやる気が満ち溢れてきた。
「おう。始めようぜ。まぁ、一発で止めてやるけどな!!」
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結果は当たり前。
俺はハイルに叩きのめされていた。
それはもうボコボコに。
「じゃあ次。52本目!」
「……!」
俺は手を構え、斧を捕捉しようと身構える。
だが次の瞬間。
バコォン、と。
俺の頭に衝撃が走っているのだ。
それは電気信号を伴い、すぐさま痛みとなって俺を襲う。
「いっでぇ!!」
そう、この真剣白刃取り、かなりの無理ゲーなのである。
俺はそれを初めの1回目で自覚した。
ハイルの斧の挙動が見えない。
本人は3分の1のスピードだと言っているが、俺の動体視力じゃあ、それを捉えることすらできないのだ。
一応俺の頭に触れる直前にかなりの手加減をしてくれているらしいのでダメージは骨折をしないレベルにまで落ちてはいるらしいのだが。
やっぱりこいつ、只者じゃねぇだろ!
それにいち早く気づいたので、俺は次の2〜10何回目かくらいまでは斧の挙動ではなくハイルの手や腕の動きに着目してみることにした。
そうすることによって、確かに動体視力で捉えることはできたのだ。
……できたのだが、白刃取りをしようと思って行動し始めた時には、もう俺の頭蓋は痛みを感じているのだ。
そう、お次は反射神経が足りないのである。
ここにきて俺はこの訓練の意義を捉えることができた。
そうか。ハイルは真剣白刃取りという体で特訓を始めたが、動体視力や反射神経、つまり命を守るのに必要な、防御や回避に関する能力を上昇させようとしているのか。
……。まぁそれがわかったとて俺にはどうするすべもないのだが。
「53本目!!」
またもや声がかけられる。
ちなみに、熟練者と言ったところか。
毎回毎回スピードを若干だが変えてくるせいで、勘で掴む、ということをさせてくれないのだ。
なので俺はまたもや攻撃を喰らってしまう。
そしてここにきてこの訓練の意義二つ目を俺は見つけた。
それは、痛みに耐える強さ、すなわち耐久力の向上だ。
俺は骨折しない程度には手加減されているとはいえ、53発もの攻撃を頭(と言っても正確にはハイルが狙ってなのかどうなのか、肩や腕にも時々木の斧を振り下ろしている。)に喰らえば、痛みは蓄積される。
これは持久戦を意図しての訓練でもあったのだ。
だが、もうそろそろ痛みも限界に達してきつつあるので斧を取らないとまずい。
「さぁ、次は54本目だ……。どうだ?そろそろ捉えられるようにはなったか?」
ハイルは自分自身も汗を吹き出しながら、だが爽やかな表情で質問する。
「残念だが、腕の動きが少しずつスローっぽい感じで見られるようになったくらいだな……。」
「そうか。じゃあ、まだまだ続けるぞ!!」
結局、その日は200本目まで続いたものの、俺は木の斧を掴むどころか、振り下ろしを捕捉することさえ不可能だった。
残ったのは頭にできた大量のタンコブだけだ。
その時にハイルが時計を確認して(休憩を入れながら行ったので6時になっていた。)「キリもいいし今日はここまでだ。」と言ったことで、今日の分の特訓は幕を閉じのだった。
これ、あと5日も続くのか....。
という絶望を俺の中に残して。