第3話 職業【勇者】
今回、少し筆が興に乗っちゃって、少し長くなってしまいました.....
「な……!【勇者】だと!?」
シャウィーさんからの話を聞いたハイルは耳をつんざくような声で出しながら立ち上がり、仰天した顔で座っていた椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がった。
突然の音声の不意打ちに、俺とシャウィーさんはもろに喰らってしまう。
「ちょっとお前うるさいぞ!!」
「周りに人がいたらどうするつもりなんですか!!」
「……!あ、あぁ。悪い。つい興奮してな。」
俺たちがなだめる……というか叱ることによってどうやら正気に戻ったハイルは、若干の焦りを見せながら席に着く。
「【勇者】か……。【勇者】はやばいぞお前……。」
そんなハイルに対して、俺は珍しくノリノリだった。
それはあまりにも数々の小説家によってネタにされてきたほどベタな設定だからだ。
異世界にやってきて半日。
どうにもこうにも上手くいくことがなかったけど、こうなってしまえば話は別だろう!
だって勇者ってのは魔王を倒すのがセオリーだ。
そんなもんとっくの昔、ファ●コンの時代から決まっている。
それでいて勇者は最強であるパターンも少なくない。
これは職業柄あたりのようなものだろう。あぁそうだろう!
だがそんばウハウハな俺にハイルは哀れみの目を向け、シャウィーさんは喜びの表情を浮かべている。
シャウィーさんの表情はわかるが、なぜハイルは俺に対してそんな目を?
そんなハイルだったが、俺の肩に手を乗せ、
「まぁ、【勇者】は鬼畜な職業だ。頑張れ。」
と言ってきた。
無駄に俺の肩に置いているハイルの手が重く、臨場感を際立たせる。
「は?いやけど勇者って、あの勇者だろう?だったら仲間を集めて魔王を倒しに行くだけの仕事なんじゃあ……」
それに反応したのはこちらも半ば興奮気味のシャウィーさんだった。
「ええそうですよ!!ヒカゲさん!!君は選ばれたんです!あの【勇者】の職業に!!そうと決まったら早速ギルドの【怪物狩猟許可証】と【怪物部位換金許可証】、それに【勇者候補認定証】にサインをしに行きましょう!!」
彼女は顔を俺の眼前に持ってくると、かなり狂気的に催促してきた。
いやいやいやいや恐ろしすぎる!!
若干引いてしまっておそらくちび●る子ちゃんに出てきそうな額に青い線が出てきている現象が起こっているだろう俺に、見かねたハイルがシャウィーさんの背中に平手を入れる。
「痛ったぁ……!!よくもやってくれましたね....!ハイルさん!!」
「うるせぇ。大体、何も知らない異世界人に対してそんな|許可証《初見だとあやしそうなもん》を何個も提示してんじゃねぇ。この前だってお前、例の【神童】に対してこんな感じにして、親御さん巻き込んだ大騒動になったことがあっただろうが。」
「うぅ……。それは確かに……。」
ハイルに言いくるめられて納得というか落ち込んだ雰囲気になっているシャウィーさん。
それに相対するように、お次はハイルが俺に説明を始める。
「お前、確かここにくるまでにレア職業の話は一通りしたけど、覚えてるか?」
「すまねぇけど、流石に多すぎてグレードアップはできない、とかの大枠までしか覚えてないんだよな……。」
「そうか。まぁそこを抑えてんなら上出来だ。一回の話で人が記憶できる量ってのには限りがあるからな。……じゃあ【勇者】の話について始めるぞ。」
ハイルはご丁寧に、というかこれから茨の道を歩んでいくものに対してせめてもの餞に、と言ったような声色で俺に勇者の職業を長々と時間をかけて説明してくれた。
基本的なことを端的に説明すると、こう言ったものらしい。
・勇者は聖剣しか武器を持つことができないが、聖剣を手に入れた瞬間、最強の職業となる。
・勇者は唯一魔王を倒せる職業で、魔王を倒しにいかなければならず、そのために5人までは強制的に自分の旅へ連れて行くことのできる権能を持つ。(発動条件は俺の旅について来い、と言ったニュアンス的なものを言えばいいらしい。)
・勇者は稀に生まれてくる職業であり、現在確認されている限り、この世界に現存している【勇者】は20数名しかいない。
・勇者は自分の適性である魔法は他の職業と同様に扱うことができる。
という感じらしい。案外制約が多くて、聖剣を手に入れるまでは弱そうな職業だが、聖剣さえ手に入れてしまえばあとは最強ライフが送れそうで俺は安堵したのだった。
「…………と言ったところだ。どうだシャウィー。大体合ってるだろう?」
「流石は過去の勇者の文献をここで漁りに漁りまくっているハイルさん。完璧と言って差し支えないでしょう。」
途中から白目でハイルの話を聞いていたシャウィーさんが無表情でかつ、呆れたように称賛した(何でもシャウィーさんは幾度となくハイルが書いた勇者文献に関する小論文を読んでいたらしく、もうかなり飽きているようなのだ。)。
「んっとじゃあ、ヒカゲ。なんか気になったこと、あるか?」
とハイルが俺に質問する。
「まぁそりゃあ聞きたいことってもんは山ほどあるけど……。」
「主に幾つだ?」
「主に四つだな。」
「そうか。じゃあそれの回答が終わったら怪しい契約書にサインしに行くぞ。」
ハイルは面白がるようにシャウィーさんの方を見る。
「怪しい契約書とは何ですか怪しい契約書とは!!大体それ、【勇者候補認定証】以外はハイルさんも書いてるでしょう!?」
「まぁ書いてるけど。……ってまぁこんな話はどうでもいいんだ。んで?質問だっけ?1から言ってみろ。」
シャウィーさんが「どうでもいいってなんですかそれ!?」と激昂するのには目もくれず、ハイルは俺に聞いてきた。
「えーと、一つ目は勇者が指名できる人物は、どんな格上でも構わない、と言う認識であっているか、って感じだ。」
するとハイルは間髪入れずに答える。
「あぁ、もちろん。どんな格上だろうが強制的に自分の旅へ連れて行けるぜ。例えば貴族や王族でも可能だな。けど、あくまで連れて行けるのは人間だ。魔物や動物には使えないことを理解しとけ。」
「了解した。んじゃ次行くぜ。二つ目は……これはどちらかと言うとシャウィーさんに聞きたいんですけど、何で【勇者】って職業なのに【勇者『候補』認定証】何ですか?元々の職業が勇者なのにわざわざ候補を段階を入れる理由がわかりません。」
さっきまで口を膨らませていたシャウィーさんだったが、俺の質問を聞いてパアッと目を輝かせる。
「あぁ、そう言うことですね!!それは、勇者がその街から出ても安定した生活ができるか、また魔物に1人だけの状態で襲われても死なないか、をテストするためにこう言った制度にしているんですよ。もちろん試験の内容で死ぬことはほぼないですが、この試験に合格しないと勇者と言う職業は仲間がいたとしても旅なんて到底できません。勇者とは、魔王を倒す職業ですからね。そこらへんの魔物で死ぬようじゃあ、意味がないのです。」
「へぇ……。」
俺はシャウィーさんの回答を感嘆して聞いていた。
まぁそりゃそうか。
圧倒的に母数が少なく、勇者を、みすみす経験不足で死なすこことほどむごいことはないだろう。
「じゃあ三つ目の質問です。これは出てどっちに聞いてもいいんだけど……魔法の適性って、どうやったらわかるんですか?」
すると、ハイルは少し顔をしかめた。
「あー、魔法の適正な。それならシャウィーに教えてもらえ。俺は詳細は知らないからな。」
「え、何で……」
「…………全部口に出さなきゃわからねぇのか?そのくらい察してくれよ……いいか、俺には魔法の適性がないんだよ。だから必死になって斧の扱いを学んだんだ。」
「あ……」
一気に気まずい空気になってしまった。
口調とさっきの表情からハイルはそのことに対してかなり劣等感を抱いているらしい。
今もかなり不貞腐れている。
まぁその代わりに得たのがあの超人的なパワーなら、いいんじゃないかと思ってしまうんだが……。
とはいえ、そんなことを話すわけにもいかず、俺は途方に暮れてしまう。
そんな状況を打破したのはシャウィーさんだった。
「え、えーと、それじゃあ、私が魔法についての説明をしますね。魔法適性は、職業と同じくここのギルドに置いてある魔道具から判別可能です。ほら、あっちを見てください。」
俺はシャウィーさんが指差した方角の壁を見る。
するとそこには、鏡のようなものが据え付けられていたのだ。
いや、俺だって馬鹿じゃないからそこに鏡のようなものがあるのは気づいてはいた。
だけどあれが魔法適性を測るための道具だとは、思っても見なかったのだ。
異世界、恐るべし。
「あれに触ることによって出てくる色によって、その人がどの魔法に適正があるかわかるんですよ。ちなみに魔法の種類については……」
「あ、はい。もちろん聞いてないです。」
俺は不貞腐れて思考を放棄している様子のハイルを見ながらいう。
「そうですよね……。じゃあ、それについてもまとめて、説明しましょうか。魔法は9つの種類があって、火、水、雷、草、土、風、毒、光、そして闇となっています。一般人だと1〜3つ適正をもらうことがほとんどですね。」
まぁたまに魔法使いでもないのに全属性扱うこともできるすごい才能を持った人や、そこのハイルさんのように全然魔法適性を持ってないような人もいるんですけどね……。とシャウィーさん。
ここで俺にはある可能性が思いつく。
大体異世界転生系だと全属性をもらえることの方が多い。
だったら俺も全属性の適性があるのではないんじゃないか、というものだ。
ということで俺はシャウィーさんを誘う。
「じゃあシャウィーさん、俺の魔法適性も見に行きませんか?」
「あー、そうですね。この人も今思考放棄してますし、今行きましょうか……」
だがシャウィーさんの言葉は途中で遮られる。
「いや待て。まだ四つ目の質問が残っているだろう?魔法適性を調べに行くのはそれからでもいいはずだ。」
思考放棄から元に戻ったハイルによって。
……というかこいつ、今あからさまに俺が魔法適性調べようとしたから起き上がってきたよな?
そんなに魔法に対して劣等感抱いているのかよ……
「んで?最後の質問は何だ?」
「ん、あぁ。最後の質問はな……」
実際、この四つ目の質問は、今までの三つの質問がどうでも良く感じられるくらいに俺にとって大事な質問だった。
俺は少し息を呑み、返答に答える。
「聖剣って、どこにあるんだ?」
「…………やはりそれを、聞いてくるか。」
俺の質問に対してハイルは、待ってましたとばかりに口角をあげ、嫌味を含んだ顔をした。
「あぁ。お前は絶対にこの質問をしてくると思ったぜ。なんせ俺が、『聖剣を手に入れたら最強になる』なんて謳い文句を言ったんだからな。勇者は大抵この情報に対してその返しをしてくんだよ。そしてその回答は一つ。聖剣は世界に一本しかなく、それもどこにあるかがわからないってもんだ。」
それを聞いた俺は怪訝な表情になる。
ちなみにシャウィーさんは、この話も聞き飽きているのか、またもや無表情になってしまった。
「わからない?それじゃあ何で最強なんて言えるんだよ。」
「あぁ。それはな、この長い歴史の中で2人、聖剣を入手した勇者がいたからだよ。」
「!!」
嘘だろ!?
2人……!?今2人って言ったか?
だがハイルは、俺の逡巡する思惑をよそに話を続ける。
「1人目の勇者は【ハンケード・ロイ】。大体300年前の人物だ。当時の地理でもこの国からかなり離れた国の由緒正しき王家の側近、ハンケード家の次男で、初めは武器を持てない体のため周りから蔑まれていたものの、権能で5人まで聖剣を探す旅に同行させることができることがわかると、自分の信頼できる護衛を5人選び、旅を始め、ついに聖剣を見つける。その聖剣を見つけてからはみるみるうちに身体能力が人間離れしていき、当時蔓延っていたらしい魔王を討ち取って第48代国王になったという文献が残されている。」
ハイルは、一呼吸おいたのち、また話し始めた。
「そして2人目は、【バライト・レイフィス】だ。ちょうど10年くらい前の平民出身の人物で、勇者ロイと比べてかなりの文献が残っている。レイフィスは約300年振りに復活を遂げた魔王を相手するため、各地をくまなく捜索し、聖剣を手に入れた。そして魔王に挑んだんだ。元々の人望もあってか、勇者の強制勧誘可能人数である5人の10倍である50人を率いてな。」
そこでハイルの話は途切れ、代わりに俺に話を振ってきた。
「そこで問題だ。ハイルは魔王に勝ったと思うか?」
俺は唐突に与えられた質問に、何も考えず回答する。
「いやまぁそりゃあ、勝ったんじゃねぇのか?」
と、ここで俺は矛盾を見つけ、その選択を後悔する。
その後悔が顔に出ていたのか、ハイルは苦笑しながら話を続けた。
「何か気づいたらしいな。そうだ。やつは聖剣を持っていたにも関わらず負けたらしい。俺もどう言ったことがあったのかは知らねぇが、50人もの大軍を率いてなお、復活した魔王を倒すことができなかったんだとよ。」
そうなのだ。
この勇者が魔王を倒しているのなら、今この世界に魔王は存在するはずがないのだ。
「けど、確か惜しいところまでは行ったんでしたっけ?」
と口を挟むのはシャウィーさん。
「あぁ。そのようだ。何でも文献によると、生き残ったたった3人の生存者のうちの一人が、『魔王には聖剣でしかダメージを与えることができなかった』と証言している。つまり魔王の部屋にまでは行ったものの、そこから何かがあって負けてしまったって感じだろうな。そして魔王を倒すためには聖剣が絶対必須……つまり、それを扱える勇者が絶対必須ってことになったんだ。……これで勇者の歴史話は終わりだぜ。」
ふぅ〜。と息をついてスッキリしている様子のハイル。
そんなハイルに俺は再度質問する。
「んで、肝心の聖剣ってのはどこにあるんだよ?」
「だから、今までの話を聞いて何も学んでないのか?聖剣はな、どこにあるかわからない。あれはあれを使ってた勇者という自分の器が死んだ途端ワープしちまってどこにあるかわからなくなるからな。自分でこの世界を全て回って見つけ出すしかねぇんだよ。」
「……………………」
俺は口を開けたまま固まり、文字通りの絶句をする。
「確かに聖剣を手に入れたら最強になれる。しかも勇者にしか聖剣は触れねぇ。けどその聖剣を見つけるまでの過程が厳しいのに加え、手に入れるまでは何の職業にもついてない状態だから、勇者は【最強の職業】であり、【最弱の職業】とも言われているんだよ。」
しかも今まで手に入れたのは二人しかいない、か。
こりゃあ骨が折れること間違いなしだな。
こうして俺の異世界に行ったら即座に最強になれてチヤホヤされる、という願望は叶わなくなってしまった。
そりゃあハイルが鬼畜な職業っていうわけだぜ……。
こうなったらスローライフ生活に転向するしかねぇな……。
と俺が考えていると、
「じゃあシャウィー。さっきの許可証・認定証を全部ヒカゲに書かせてやってくれ。」
「了解で〜す。」
とハイルがシャウィーにえげつないことを言っていたのだ。
俺はそれを慌てて止めようとする。
「いや、俺、勇者の責務を全うするつもりはもうないんですけど……というかもっと簡単に最強になる方法ってないのか?」
だが、そんな俺の考えは完全に否定される。
「何言ってんだ?テメェ。努力せずに最強になるとか、それこそクズか幼稚なやつの考えることだぞ。それは|歴代勇者《今まで努力してきたやつ》への侮辱だ。というか今のこの世の中、【勇者】の母体数が少ないって話したよな?だからお前は絶対に勇者にならなければならねぇんだよ。」
多少怒りと熱意の感情を持ったハイルによって。
その言葉に俺はハッ、とする。
そのハイルの言葉によって、俺の頭に当たり前の、だが俺が見落としていたことが浮かんできたのだ。
そうだ。そうじゃないか。
俺の本来したかったことってのは、天変地異のようなこの世界で、はっちゃけることだっただろ。
それをあの作品ではこうだった、とか、メタで考えちまっていた。
そもそもこの異世界は現実であって、メタで考える必要性ないんてないんだよ。......というかメタで考えた結果失敗する可能性の方が高い。
だってこれは俺が来てしまった異世界で、他の異世界とは違う、俺の物語なのだから。
じゃあ、この結論から俺がすることは一つしかない。
こっから聖剣を手に入れて、最強の勇者となり、魔王をボコボコにする!!
「悪かった。ハイル。書くよ、それ。んでもって俺は最強で最高の勇者になってやる。」
俺の目に多少の光が入り、俺の口がにやけた瞬間だった。
こうして多少だが覚悟を決めた俺は、シャウィーさんの案内の元、先ほど紹介してくれていた【怪物狩猟許可証】と【怪物部位換金許可証】、それと【勇者候補認定証】にサインをして、手続きは完了した。
ついでに魔法適性診断をしてみたのだが、適正だったのは雷と草の魔法だったようだ。
全属性ではなかったけど、特に問題はない。
そして俺とハイルはシャウィーさんに健闘を祈られつつ、ギルドを後にしたのだった。
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「んで、ハイル。ここから何すればいいんだ?」
俺はギルドから出た直後にハイルに聞く。
「うーん、そうだな……。まずはもう暗いから宿を探すとして……、次の勇者合格試験が来週行われるらしいから、それまでは魔法行使の練習と、基本的なトレーニングでもするとしようか。何かの縁だ。俺も付き合ってやるよ。」
「おう。よろしく頼む!」
こうして俺は明日から、トレーニングをすることが決まったのだった。