09.和洋お人形対決(2)
軽いノックの音に私は思いきり顔を上げた。
「はい! どうぞ!」
いらっしゃいませ、こんにちは! と言わんばかりの接客業な私の勢いに、気圧されたラウが扉を半分開けた状態で呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんだ……おかしいぞ、サーラ」
得体の知れないものを見る感じだ、これは。でも私は気にしない。そんな失礼な態度にいちいち腹を立てるのは止めることにしたのだ。寛大な大人の心ってやつだ。その心がいつ崩れ去るかは、ラウ次第だけどね。
とにかく、開けたのがラウだと分かった途端、私の接客タイムは終わっていた。本日の営業時間は終了、ガラガラー。愛想の良い笑顔はラウを確認した瞬間に消えている。
「なんだーラウかー……」
語尾に軽い舌打ちが混じったかもしれんが、まあ良い。しかし、椅子を蹴立てて立ち上がってしまったのに、蹴立て損だ。椅子の背を持って元の位置に戻すと、斜めに座り直し、片肘を突いて溜息をつく。行儀が悪いのは重々承知だが、私の落胆を体現するなら、まさにこの体勢だ。
「なんだとはなんだ。お前、最初と全然態度が違うぞ? しかも舌打ちするとは失礼な奴だな」
「うるさい。私が待ってたのはラウじゃないのよ」
斜め下から恨めしい目で見上げると、ラウは非常に機嫌の悪そうな顔をしていた。意気消沈した私の恨めし顔と、どっこいどっこいの機嫌の悪さだ。まあ、ラウが機嫌良さそうに笑ってるなんてないんだけど。
「誰を待っていた?」
問いかける声が低い。声変わりは終わってるから低いのは当たり前だけど、なんだかヒヤリとした。
「な、なんで」
「良いから言え」
ええー何この俺様。こいつ絶対、暴君だ! 将来が非常に心配になる。くれぐれも念を押すが、私がラウと結婚した後とかじゃなく、この国の皆さんがだ。おかあさーん、ここに怖い王様(まだ王子だけど)がいるよー。
「今一番気になってる子……?」
必死に隠すことでもないが、素直に言うのもどうかと思ってぼかしてみた。
嘘じゃないもんね。私はずっとミカちゃんを待ってるのだ。彼女がまた来てくれたのかと思って、うきうきしたらラウだったこの落胆。あなたじゃないんですよー、という。我ながら失礼なことだけど、失礼はお互い様ってことで。
そう言えば、ミカちゃんは婚約者だって言ってたけど、その辺どうなってんだ。結婚前から二股とは、良い度胸だな。というか、成人の前からこれって、本気で将来危ないんじゃ……? やばい、冗談でも結婚なんて無理だって! 感覚が違いすぎるよ。
「男か。お前、私が求婚しているというのに勝手は許さないからな。お前がどう言おうと、サーラは私の婚約者なんだ」
ものすごーく機嫌悪そうに言われた。お、落ち着いてくれ。目が据わってます、王子。王子というかヤンキーみたいですよ、王子! でもさすが偉そうな王子なだけあって、ドスのきかせ方がなかなかだ。これ、けっこう落ち着かない。
「もう婚約者でも良いけど、結婚はしないからね?」
妥協してサーラ(サウラは勘弁してくれ)、妥協して婚約者(不法侵入者は御免である)。私ってこんなに流され体質だっけ? あ、こっちの世界に来たのも流されたってこと? ……誰が上手いことを言えと!!
「待ってたのは女の子なんだから。変な誤解して怒らないでよ」
ラウは「む」と唸って、眉間の皺を伸ばした。あーあ、そんなに眉間に力入れてたら若いうちから癖になっちゃうよ?
……眉間を指で伸ばしたくなるなあ。
ラウにしては珍しく、ちょっとバツの悪そうな顔をしててさ。そうしてると年相応なのにね──って、うん、これ言ったら凄まれるのは分かってるから。
「女の子って……誰か知り合いが出来たのか?」
「そうそう! すっごい可愛いの!」
私はやる気のない姿勢から一転、力説体勢になった。ミカちゃんはは可愛い。国宝級、いや、天然記念物。あんな少女マンガのライバルキャラそのものな発言に私はめろめろ。でも私、主役ポジションはいらないや。その他大勢のモブで充分。とにかく、ミカちゃんの語尾が「ですわ」っていうの! そんな口調の人、初めて本物を見たんだよ。それも私のハートにクリーンヒットなのだ。っていうか、言い方が古いな!
「ミカちゃん会いに来てくれないかなー」
わあ、私ってば恋する乙女だ。
でも彼女を心待ちにする気持ちは隠しきれないのだ。