08.和洋お人形対決(1)
今日も今日とて勉学の日々。
ラウの嫌味と気のない求婚にも、そろそろ耐性が付いてきた今日この頃です。
私たちは向かい合って今日のおやつを美味しく頂きながら、フォークを休めることなく不毛に争っていた。
「お前もいい加減に諦めて結婚を承諾しろ」
「それがプロポーズする態度か!」
「ぷろ……? 何だそれは」
耳慣れない異国語に、ラウは気難しそうに眉をしかめたが、手元はさっくりとした生地のケーキを綺麗に切り分ける作業を休めない。
「そんな求婚にほだされる人間がドコに居るのかと聞きたい」
居たら申し訳ないが、少なくとも私はそんな人間じゃない。
この仏頂面した三つ年下の偉そうな(実際偉いけど)少年に棒読みで求婚されて嬉しく思えるだろうか、いや思えない。
「ほだされないか?」
「全くない」
そこで首を傾げているのも信じられない。……本気でほだされると思ってたらどうしよう。
たしかに、ラウは控えめに言っても綺麗な顔をしていた。この顔で今まで周りを落としてきたゆえの自信なのか。そうなのか。まあ、どちらかというと可愛いから女装をすればとっても似合うと思うね。想像してみると……わあ、美少女! 私より可愛い男の求婚(しかも気のない)に乗る気にはなれないこの心情を理解して欲しい。
こうして争いながらも、私たちのフォークは止まることなくケーキの山を確実に崩している。合間で優雅、かつ迅速に口へケーキの欠片を運ぶことは忘れない。我ながら器用だな。
対するラウのフォークさばきも見事なもので、さすが王子! と思えた。しょうもないポイントで株を上げているとは、ラウは知るまい。言うつもりもないし。
食べるだけ食べたら、用事は済んだとばかりにラウはさっさと退室してしまった。
あいつはいつもフラッと現れては、乗り気じゃない顔で気紛れに求婚したり、取り留めのない会話をして、これまたフラッと去っていく。ちなみに前者は徹底抗戦をしている。
「今日も何しに来たんだか。自分で言うのもなんだけど、実りがないわよねえ……私たちって」
深々とした溜息に疲労を乗せる。
あーあ、そろそろ諦めてくれないかねえ……。
その来訪は突然だった。
「ちょっと失礼しますわよ!」
ばーん! とその扉が開いたとき、私は書き取りノート三冊目に突入で憔悴していた。だんだん自分でも何を書いているか分からずに、これがゲシュタルト崩壊ってやつ? と思っていたときだ。
久しぶりの外的刺激に、すぐには反応できずに三つ数えるほどの間を置いてから、ふらあっと顔を上げた。
「は……?」
ずっと紙面ばかり見つめていて目がおかしくなったのだろうか。目の前の光景がすぐには理解できなかった。視界に入っても、脳にまで正しく伝達していないのかもしれない。
私のの知識の中であえて当てはまるとするなら、そう、それは────
(……ベルばら!!)
ぴしゃーん! と背後で雷が落ちたような気がした。
目の前になぜか仁王立ちで立っているのは、まさしくベルばら。少女時代のマリーアントワネットみたいなお嬢さん。ちなみにベルばらは、けっこう好きだ。
私はよく、「日本人形のようなお嬢さん」と例えられていた。それってこけし? とあまり有難く思えなかっただけに、洋風なお人形さんに私は憧れがある。無い物ねだりと言うなかれ。人は自分にないものに惹かれるのだ。こけしがリカちゃん人形に憧れて何が悪い。
白い肌、薔薇色の頬、金の巻き毛、紅い唇、睫毛ばしばしのリカちゃん……というかフランス人形ちゃんが、凄い形相でこっちを睨んでいた。
「殿下はいらっしゃらないの?」
「で、殿下ですか? あー、おやつ食べて帰りました」
なんだか言ってて悲しくなるな、殿下。おやつを食べるだけ食べてさっさと撤退、きみは一体ドコの近所の子供だ。
フランス人形ちゃん(仮)はぎらぎらした目で、部屋をざっと見回し、ついでに、つかつかと窓辺に行ってカーテンの裏まで確認して納得したようだ。ええ? まさかそこに隠れてると思ったんですか?
「あなた、例のサーラさん?」
まつ毛がばっさばさの目で見据えられドキドキした──っていうか、サーラって! 恥ずかしさにもんどりうちたくなる。こんな見ず知らずのフランス人形ちゃん(仮)にまで、そんな恥ずかしいあだ名が伝わっているなんて……お願いだから今すぐ忘れて! 自己紹介するから頼む!
いまだになれない呼び方に拒絶反応が起こった。知らない人(しかもお人形さん)にいきなりあだ名で呼ばれたら、誰だってびっくりするって。しかも例のってなに。例のって。
「さ・く・ら・で! 櫻でお願いします!」
今まで状況に付いていけず、押され気味だった私の異常な剣幕に、フランス人形ちゃん(仮)は少々仰け反った。
「サウラ?」
ブルータス、お前もか! ラウと同じことを言うなよ、と私は机に崩れ落ちた。
「で、サーラさん? 早速ですが一言よろしいかしら」
フランス人形ちゃん(仮)は私の主張をあっさりと流した。そうだよね、うん、サウラよりはサーラのが良いのか、な……? 私は度重なるサーラ攻撃に、妙な妥協点を見つけてしまったようだ。
「わたくしはミカエラ・ヴィア・アドニエン。殿下の婚約者ですの。だから気安く殿下に近付かないでくれます?」
再び私の後ろでぴしゃーん! と雷が落ちた。気がした。
こ、婚約者……! 私の頭は一瞬、真っ白になる。
「あの……」
「なんですの? 反論があるなら、おっしゃいなさいませ。受けて立ちますわよ」
フランス人形ちゃん(仮)改めミカエラさんは腕組み、仁王立ちで戦闘態勢だ。そんな姿も様になる。
私は意を決して言うことにした。これは重大だ。これからの私の生活が大きく変わる可能性がある。よし、言うぞ。勇気を出して、私!
「あの! ……お友達になってください!!」
ミカエラさんの動きが止まった。硬直しているようだ。
やっぱり、いきなりはまずかったかなー。もうちょっと交流を持ってからの方が良かったかも。でも言ったものは仕方ない。
私はこの子が凄く気に入ってしまった。
だって、ベルばらで、フランス人形で、一人称〝わたくし〟だよ!? そんでラウの婚約者で、「彼に近付かないで!」って!! うわあ、少女マンガ! いや、ほんと、ドキドキが止まらない。
この子と友達になれたら、きっと生活変わるよ。面白すぎる。はっきり言って、ラウよりも興味があるから。
「私もサーラでも良いから、ミカちゃんって呼んで良い?」
年も近そうだし仲良くしたいな。私は気軽な気持ちだったが、ミカちゃん(もう勝手に呼ぶ)は俯いてふるふると震えている。そして、巻き毛を豪勢に揺らしながら、がばっと顔を上げた。
「きょっ、今日の所はこれで帰りますわ! ですが、これで勝ったと思わないでくださいませ!」
覚えてらっしゃい! と言わんばかりの勢いで、ミカちゃんは帰ってしまった。
ああ……良い……!
捨て台詞がたまらなく痺れる。あんな子って、そう居ない。
私は本気で友達の座を狙うことにした。ラウが来てもあんまり楽しくないけど、ミカちゃんが来たらすっごく楽しい。間違いない。
私はうっとりとミカちゃんが出て行った扉を見つめた。また来てくれるかな。