表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
dearest  作者: 葉鳥
7/20

07.意地悪王子

 私は勉強は好きじゃない。得意でもない。

 しかし学生の本分として、やるだけやってきた。……結果が伴っていたかはまあ、場合によりけりだ。


「も、だめ……シュゼットさーん」


 そして今、私は机に向かっている。受験勉強もかくやという勢いで、スパルタ家庭教師と席を並べること既に三時間。

 きゅ、休憩を……そろそろ休憩をお願いします!

 スパルタ家庭教師はシュゼットさんと言って、キリリとしたお姉さんだ。ラウの乳兄弟らしく、しごかれてるラウの姿が目に浮かぶ。


「そうですね、丁度キリの良いところですし」


 本に栞を挟むシュゼットさんの横で、一気に脱力して机にペンを転がした。

 ちなみに勉強内容は、読み書きだ。読みと書き。だってここは外国で日本語じゃないもんね、何で言葉通じてるのか知らないけど。

 ここでの私は、小学生と一緒に勉強しても良いレベルだ。頭の良さそうなシュゼットさんに教わるのが、なんだか申し訳なくて一生懸命手を動かした。英単語の暗記には、ひたすら書き取りをモットーとする私は近年稀に見る集中力を発揮し、かなり疲れた。このプルプル震えてる右手は腱鞘炎の危機かもしれない。もう机に突っ伏してしまいたい。シュゼットさんがいなかったら確実にそうしてたと思うね、うん。


「よく頑張りました」


 なでなでと頭を撫でられる。綺麗なお姉さんに撫でられて悪い気はしないが、子供に戻ったような気になってしまった。シュゼットさんは厳しいが、甘えさせてくれる優しさがある。絶妙な飴と鞭だ。

 最初は恐縮していたけど、普通の生徒として接してくれるように頼み込んで良かった。


「そう言えば、殿下がいらっしゃるとかなんとか言ってたような」

「ラウが?」

「ああ、サーラ様はそうお呼びしているのね」


 少ししてから気付いたけど、あの子をラウなんて呼んでる人は誰もいない。みんなあの舌を噛みそうな名前か、殿下と呼んでいた。シュゼットさんも(しか)りだ。もしかすると、私はそのうち不敬罪とやらで連れて行かれてしまうかもしれない。


「そろそろ殿下も休憩の時間ですし、丁度良いかもしれませんね」


 そう言ってちゃっちゃと机の上を片付けて、部屋の外にいた侍女を呼んで(なんと私にも侍女が付いている)お茶の用意を持ってこさせた。

 プルプルと痙攣する右手でティーカプを危なっかしく支えながらお茶を飲むと、温かさが胸に染み渡る。極楽だ。


「さて、私は少し所用で抜けますがサーラ様。殿下がいらっしゃったら、よろしくお伝えください」


 さっと優雅にお茶を飲み干したシュゼットさんは、ささっと席を立ちドアの前に移動した。流れるような一連の動作である。


「ええっ、授業は」

「私が戻るまで自習です。先程までの復習をして、しっかり頭に叩き込んでくださいね」


 そして彼女はキラリと爽やかに笑って出て行ってしまった。








 お茶を飲んで一息ついた私は、ノートをぺらりとめくってみた。

 私の字で私の知らなかった文字が(かなり必死に)綴られている。ここに来てもう数日経つ。元の世界への戻り方はまだ分からないし、コーラルさんはあれから夢に出てこない。答えが何の答えなのかも分からない。

 ちなみに大聖堂には一度だけ行ってみた。シュゼットさんに「私が出たところを見てみたい」と言って案内してもらったが、大きくて綺麗な大聖堂には〝私の助け〟になるものは見あたらなかった。コーラルさん、色々分かりにくすぎるから。

 今度は一人で来ようとすごすご引き返したものの、迷わず目的地にたどり着ける程ここに慣れてない。なんとなく一人で大聖堂の中を探したいと思うのは、ここの人達は良くしてくれているのに帰りたいという後ろめたさからだろうか。


 そして一人で行っても、迷子になるのがオチだ。せめて迷子になっても勘で部屋に帰れるくらいに、行動範囲を広げなくてはいけないと思っているが、日々の勉強に追われて今のところ無理そうだ。どうやら何が何でも王子の暫定婚約者にお妃教育をしようと、周囲は頑張ってくれてるらしい。よって、まともに読み書きできない私にシュゼットさんは付きっきりなのである。

(あー、自由時間が欲しいなー)

 これってありがた迷惑というやつ? 良くしてくれてありがたいけど、婚約者扱いは心苦しい。お茶をまったり飲みながらぐだぐだ考えている私も、当初に比べたら随分こっちに慣れたものだ。迷子にはなるけどね。

 私だけの部屋にノックが響く。そういやシュゼットさんがラウが来るようなこと言ってたっけ。


「どうぞー」

「邪魔するぞ」


 返事があるまで行儀良く待っていたラウだが、いつものように偉そうな態度で入ってきた。いや、王子様だから偉いんだけどね。威厳というか偉そうに見えてしまうのは、目が覚めて即婚約者にされた私の色眼鏡かもしれないが。


「はかどっているようだな。良いことだ」


 私の必死な字のノートをちらっと見てラウは重々しく頷いた。まったく年に似合わない仕草だが、ラウがするとどこか自然だ。王子様業を十三年間もすればこうなってしまうのか。恐ろしい教育だ。

 ふんぞり返っているわけでもないのに偉そうに椅子に座るラウにお茶を勧め、私はいそいそとペンを取った。


「自分の名前くらいはもう書けるわよ」


 ノートの端にさらさらとペンで書いてみる。あとは身の回りのものの綴りを多少は覚えた。これからもっと増やしていくつもりだ。一から読み書きをやっているにしては、早さは中々だろう。

 勉強は嫌いで、得意でもなくて、でも努力するのは嫌いじゃない。反対に言うと負けるのが嫌い。しかも、人との争いよりも、自分との戦いに燃えるタチだ。まあ、読み書き訓練は絶対に役に立つと思うから、こんなに頑張っている。迷子になったときに標識や張り紙を読めるだけで、全然違うはずだからね。──悲しいことに、迷子になることは自分の中で前提になっている。


「ほう。これなら婚姻誓約書への署名に問題はないな」


 ラウは感心したように目を細める。そんな目的のために練習したのでは断じてない。あくまで帰るための布石だ。


「署名するような事態になったら、わざと間違えとくから無効にして頂戴」

「朱を入れて直しておこう。そして後世まで王妃の残した恥ずかしい書類として残るのだ。楽しみだな」


 嫌みったらしく横目で見られた。本っ当に可愛くないやつだ。幼さを残した外見はどちらかと言えば可愛い部類なのに、言動が全て帳消しにしている。こんな弟は欲しくないが、婚約者はもっと御免だ。結婚相手には言わずもがな。だれが書類なんて書くか!


「サーラ様、只今戻りました……あら、殿下。やっぱりいらっしゃいましたね」

「まあな。仕事が早めに一段落付いたからな」

 シュゼットさんが戻ってきて、偉そうに椅子に座るラウを見て微笑んだ。

「サーラ様のこと、気にしてらしたものねえ」


 その発言にラウは眉をしかめてみせる。力関係は明白で、口調は丁寧ながらラウの上にシュゼットさんが居る。恐るべし乳兄弟。私がシュゼットさんに逆らう気になれないのは当然かもしれない。

 私としては少々気になることだが、ラウは苦い顔で話題を変えた。


「それでお前、私の名はいい加減に覚えたのか」

「ラヴィエス、でしょ?」


 いつまでも舌を噛むと馬鹿にされるのも腹が立つから、ちょっと寝る前に練習してたりした。消灯後の部屋で、こう、念仏のように長ったらしい名前を唱えていた私はちょっとおかしかったかもしれない。でも、誰も見ていないなら問題なしだ。念仏ほど御利益があるとも思えない名前だが、言えたときの達成感はひとしおで……それって一体どんな名前なのよ。


「ようやく覚えたか。一つ賢くなったな」


 ラウの名前の御利益はきっと嫌味が口から溢れるようになるというもんだな。ありがたすぎて涙が出るね。もう二度と言わない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ