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dearest  作者: 葉鳥
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06.夢対話(一)

「こんばんは、お嬢さん。気分はどうかしら?」


 にこやかに話しかけられても、今の私にはそれに返す言葉が出ない。ひっくり返して振っても出ない。


 何でこうなってしまったのだろう。


 一面が青い世界に漂いながら、私は地面がない不安定さに焦っていた。上を見上げても青、左右見渡しても下を見ても、青。魚って多分、毎日こんな光景を見ているに違いない。

 私ベッドで寝てたはずなんだけどなあ。


「ごめんなさいね、急で。でも今じゃないと駄目だったの、あなたに会うには」


 目の前には見たこともないような美貌のお姉さま(と言うのが相応しい気がした)がいて、私に微笑みかけている不思議。彼女は半分くらい周りの青色と同化しているように見えた。触れたら水滴になって弾けてしまいそうな半透明の肌。やっぱり半透明な長い髪は、途中から青色と同化してしまっている。なんというか、人間ではないことが一目で分かる。例えるなら、水の妖精? いや、私は見たこと無いけど、水のおばけっていうには神々しすぎる。


「……ここ、どこですか」


 自分でも悲しくなる台詞は、最近で二回目だった。お姉さまはにっこりと微笑む。


「あなたの夢の中」


 そっかー、夢かあー、今度は本当に夢で良かった! でも、引き続き相当メルヘンな頭になってしまったようだ。私の想像力では追いつかない程、幻想的な空間。夢って人の深層心理らしいけど、意外すぎる。私ってイルカになりたいとかいう願望がある人だったの?


「正確にはあなたの夢じゃないのよ。私の空間とあなたの夢が繋がった世界、と思ってちょうだい。私はあなたが作り出した夢の住人じゃなく、一つの意識だから。この一面の海も私の意識の一部なのよ」


 良く分からない。でも、この夢は〝純粋に〟私の見たものじゃないと分かっただけ良い。なんだか彼女に慰められている気もしたけど、そんなに顔に出てたかな。


「私の名前は……そうね、コーラルと呼んでもらえるかしら」

「じゃあコーラルさんで。私は櫻です」


 あの年下王子にサーラ、サーラと呼ばれていることも思い出す。もしやコーラルさんもそっちの方が呼びやすいのだろうか。

 思案していると、コーラルさんはいとも簡単に私の名を呼んだ。


「サクラ? 良い名ね」


 おお! ラウの滑舌が悪いだけだったのか!

 私はちょっと感動しつつ、密かにラウを罵倒した。


「でもこっちの世界の人間には発音しにくいでしょうね」

「そうみたいです」


 コーラルさんが特別だったようだ。私が〝サーラ〟になってしまった経緯を説明すると、コーラルさんは「そうでしょうねえ」と笑って頷いた。


「でも、あなたにとって良いことかもしれないわ。こちらでの名前はサーラで良いじゃない」


 魅力的な微笑でそう言われると、それでも良いかという気になってくる。私って美人に弱かったのね。人って現金なものだと、自分で実感する。

 彼女の美しさは人間的なものじゃなくて、だから怖いほど綺麗に感じるのかもしれない。背筋が凍るような美貌は、人間の持てるものじゃないと思った。にこにこと笑いかけていてくれなかったら、現実とは思えない。うん、コレ夢なんだけどね。


「私はあなたに謝らなければならないの」

 真剣な顔のコーラルさんは、美人なだけあって迫力があった。

「な、何でしょう」

「サクラをここに連れてきたのは私」


 するりと手首を取られる。ひんやりと冷たい感触は、水を柔らかな個体にしたような感触だった。

 この感じ、あの時と同じだ。

 私は一瞬「ちょっと待て!」と頭に血が上りかけたが、ぎりぎり困惑が勝った。手すりに掴まった私の手を引っ張った、あの感触。おばけかと思って後で背筋が寒くなったりもした。……正体は、まあ、おばけに近かったかもしれない。

 でも何で。なぜ私を連れてきたのか。


「あなたじゃなければ駄目だった」

「どうして」

「それは、あなたが──あなたの魂を世界が呼んだの」


 分からない、さっぱり分からない。まさかこれって私の理解力が乏しいせい?

 コーラルさんは真剣に教えてくれているけど、私には分からないことばっかりだ。


「私、帰れないの?」


 元の場所には戻れないの? 今まで生活してきた場所だ。多少なりとも愛着はあるし、日常との別れが唐突すぎて実感が湧かない。宙ぶらりんな気持ちのままだ。


「サクラが望めば、帰れるわ」

「本当に!?」

「でも、まだよ。今じゃない。あなたが答えを見つけたら、世界の扉は再び開く」


 コーラルさんが私の手を自分の胸の辺りに引き寄せて、初めて握られたままの手首に気が付いた。私は帰れるのか、帰れないのかで頭がいっぱいだったから。


「あなたが答えを見つけるまで、時間をかけてほしい。恐らくそんなに早くは見つからないから、約一年という猶予を与えたの。これがあなたの払った代償への対価」

「代償と対価?」

「あなたがこっちの世界に来た代償は、充分な猶予期間。私にはこれくらいしか出来なかったから」

 呆然とした私を気遣うように、コーラルさんは私の手を優しく撫でた。

「あなたがここに呼ばれたのは必然。絶対に来ることになったのよ。それが今だったのが、せめてもの幸いなの」


 代償はすでに払ったと、体感していた。わけの分からん世界に来たことだ。対価も与えられているらしいと分かった。ラウの即位までの一年だろう。

 そして私がこっちに来たのは偶然じゃなく必然。

 今あるだけの情報を整理しても理解するには足りなさすぎる。どうして、何で、という疑問が脳内に溢れかえって、おかしくなりそう。


「今、私が干渉できるのはあなたの夢と、少しの空間。この一年以内に世界の扉が開くのは数回。あなたが答えをちゃんと見つけたら、帰してあげられるから」


 青い世界の上の方が明るくなってきた。見上げれば白っぽい、穏やかな光が網状になってゆらゆらと輝いている。夜明けが近いことを、何となく悟った。


「身辺が落ち着いたら、大聖堂に行ってみると良いわ。きっとあなたの助けになるから」


 そう言って、コーラルさんは私の手を放す。

 これって夢なんだよなあ。夢から覚めれば、またあの洋室だ。異世界に落っこちて、夢を見れば話しかけられて。こうなったら、どんな不思議な事態でも受け入れられる気がしてきた。


「……あの子をお願い……答えは、……」


 途切れ途切れの声が、急速に浮上する意識に届いた。

 不意に、一つ重大なことを聞かなかったことに気付いたが、意識は既に明るい所へ来てしまっていた。




 ぱちっ、と目が開く。

 カーテンの隙間から光が差し込んでいる。朝だ。


 「答えって、何に対する答えなのよ……!」


 問題が分からなくては、答えの出しようがない。

 私は聞きそびれた真っ当な質問を、ベッドの上で唸るように呟いた。




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