04.落ちたのはメルヘン(2)
恐ろしくメルヘンな展開に私は戦慄していた。
まさか私がこんな不思議体験をするとは──こんなことがあって良いのかと本気で思う。
「ちなみにここどこ?」
「エル・マレディリカ双国」
どこだよ。
地図上で見たことがない国名だ。見逃すほどの小さな国かも知れない。今でも王様のいる大きな国では思いつかないし。……飛行機で帰れるかなあ。所持金はないけど、目の前の相手はお金を持っていそうだ。借りよう。どんなメルヘンな方法でメルヘンな展開に落ちようとも、家に帰れたら問題はない。川に落ちてどっかの国とか、深く考えなければいい。
「どこの大陸? 島国? 回りの海は太平洋・大西洋・インド洋のどれ!?」
矢継ぎ早に質問を繰り返す私は、どうやら焦っているようだった。答えを求めているのに、答えが聞きたくない矛盾。でも何だが答えが予想できてしまう気もした。とーっても恐ろしーい答えを。
「ここは島国だ。回りはサングルタ海に囲まれているが、その三つには聞き覚えがない」
ちくしょう予想通りか!
そこは裏切ってよ、と切ない気分になる。
エルなんとかは日本じゃないし、地球でもなさそうで。メルヘンすぎてどうしよう。とにもかくにも飛行機は飛んでなさそうだ。
頭がメルヘンにどんどん浸食されていく。ここが異世界なんてそんな馬鹿な。いや、メルヘンな。
どうやら、家出少女が決定したことだけは確かなようだ。
ああ……本気で落ち込む。
「話を戻すが、とにかく落ちてきたお前の目撃者はかなりの数になる──誤魔化しは効かないだろう」
「誤魔化しって何の?」
はああ、と傍目から見てありありと解るほど疲れた溜息をラウはつく。そんなんで大丈夫なのか次期国王よ、と全く関係のない私が心配になる。弱みを見せたら権力に食われるぞ。
「私の宣誓式に降ってきたお前に、世間は大興奮だ。先刻、私はもうすぐ成人すると言ったろう? つまり婚姻を結ぶことが可能で、王の結婚は早いなら早い方が良いという。まったく、本人の意向を尊重してくれないものか」
そうだね。結婚なんてする時はするし、しない時はしない。お見合いとか結婚とか無理に進めるのはやめてほしいよね。
だがしかし嫌々と説明するラウに私は同情する気はなかった。いやーな方向に話が進んできている気がする。気のせいであってほしい。さっきの抱き合わせ商売が脳裏にチラつくんですけど、絶対に気のせいであれ。
早婚を迫られてる次期王様、タイミング良く降ってきた神の使い?な私。今ならお得なほにゃららが付いてきますと深夜の通販番組が脳内で流れ始める。だ、誰か止めて頼むから止めて。自分でトドメは刺したくない。
「成人式で即位式で結婚式。言っておくが、私には覆せないからな。神の娘を拒んだら王として認められない」
ひっ、恐怖の三点セットになってる! 面倒事を三つまとめてとか、効率的すぎるよ!
憔悴したやけくその笑みを浮かべたラウの横で、私は血の気を引かせていた。
……かか、かっ帰らなきゃ、後戻りできなくなる前に!
あの時転んだ自分を心底呪い倒したくなった。
────このメルヘン、シビアすぎる。
「えーと……ラウは拒めないけど乗り気じゃない、よね?」
まさかここで裏切るなど許さんぞ! と思いつつ尋ねると、ラウは妙な顔をした。だから視線が刺さるから眉を寄せるなというのに。
「今何と?」
「だから、結婚に」
「その前だ。私を何と呼んだ?」
ラウは不審も露わに聞いてくる。なんか駄目なこと言ったっけ。名前? ラウの名前は長ったらしくて、舌を噛みそうで、私には覚えられなかった。つまりラウがいけない。断じて私の理解力や記憶力のせいではない。
「ラウ」
「そんな所で略す奴が居るか!」
むむっとした顔のラウに怒られた。どこで略そうが良いじゃないか。略したくて略したんじゃないし、ここではどうやって略すのか知らないし。だいたい外国の名前って略す法則がさっぱりだよ。
「一度であんな名前が覚えられないわよ」
「もう一度言おう。ラウヴェストルーア・イリアナン・マレディリカだ。呼び名はラヴィエス。ラウじゃない」
「何がどうなってそうなるのよ。ら、らび……っ!?」
舌を噛んだ。舌を噛むのは名前が短くても一緒のようだ。日本人には酷な発音であることに変わりない。
本人希望の名前で呼ぶ努力はしてみた。が、その甲斐虚しく破れたわけで。あだ名っていうのは、本人の希望に添わない場合が多々あるのが現状ってことで。
「で、ラウは」
「なんでそうなる!」
潔く呼びやすい方に切り替えたら怒られた。短気だなあ、私も人のことは言えないけど。
「舌を何度も噛みたくないもの。本当に申し訳ないけど私の安全のために諦めてね」
「それが申し訳ないと思う奴の態度か! ……お前の名は。そう言えば聞いていなかった」
ちょっと沸騰したものの、渋々諦めたようだ。うんうん、良い心がけだ。
ラウに指摘されて、そういえば名乗ってないなあと、今更ながらに私も気付いた。頭の中にメルヘンの洪水で、それどころじゃなかったから。ちなみに今もメルヘンの海だ。
「篠谷櫻」
「シノタ……? どこまでが名だ。珍妙な」
「しのたって誰よ。篠谷が名字で、櫻が名前!」
危ない、勝手に変な命名されかけた。強引にラウにした恨みか! そうなのか!
「サクラ、か。馴染みのない名だ」
ラウは私にちょっとした危機感を感じさせたのも気付かず、何度か私の名前を口の中で呟く。どうやら言いにくいようで、良く聞くとサウラになってる時もある。おいおい、私は略しただけなのに、何でラウは名前を変えるんだ。
まったく失礼な奴だなあと思いつつ、さっき噛んだ舌の痛みに、人のことを言えない自分を見ないふりで誤魔化した。