14.餌付け大作戦(1)
まぐまぐと小動物的に動く口を見て私は思った。
あ、なんかこれ知ってるわ。
すなわちこれ餌付けなり――
この城に居候を始めて早一月。
有り難くも衣食住を保証され、至れり尽くせり万々歳。保証されないのは我が心の安寧と、帰る手段くらいである。
逆に恐縮してしまうくらいの好待遇に不満はない、っていうか好待遇すぎて若干居心地悪いくらいだし。まあそれは置いといて、そんな文句を言ったら罰が当たる生活をエンジョイする私にも不満がある。それを思い、心を馳せれば切なく胸が高鳴った。
「米味噌醤油……」
ほう、と吐息がこぼれる。
米、味噌、醤油。なんと甘美な響きを持って私の心を魅了するのだろうか。一度思い出すと止まらない。何が止まらないって唾液の分泌が。マジで食べたい。
さながら麻薬中毒者のように欲求は高まり、アイキャンフライも夢じゃない。もしかすると、今の私の目は猟奇的に光ってるかも。
「米ぇー……米はいねがー」
うつろな呟きに何の返事もない。あっても困る。声に出して気を紛らわせてるだけだけど、端から見たらやばい人だね私。だが思惑に反して口にした分、白米への愛は募った。
米食べないと元気出ないんだよ。和食を愛す日本人舐めんな。
毎食美味しいごはん食べさせてもらってる身で申し訳ないが、今の私なら豪華ディナーより卵かけご飯に飛びつくのは間違いない。
トントンと扉を叩く音にほかほかご飯の妄想から現実へ戻された。
この時間ならラウだろう。何だかんだで忙しそうなのに、きっちり定期的に私の所へ来ては「諦めろ」だの「結婚しろ」だの適当なことを言ってくれる。それも仕事の一環だそうだが迷惑な話である。
「どうぞー」と声をかければさっさと入ってくる少年は見慣れた仏頂面。もっとにこやかにしたらどうだね、私のさらなる気分沈下を防ぐために。
(まあ、こっちが了承するまで扉開けないとか、ちゃんとエスコートしてくれるとか行動は紳士なんだけどねえ)
いつもおやつの時間に現れるのだから勝手に入って良いよ、と言ったことがある。それでも律儀にノックは繰り返されている。融通が利かないのか紳士なのか迷うが、私が不快なことはしない子だと短い付き合いながら分かっている。が、面倒なことばかり要求してくるから「言」が「動」打ち消してる感は否めない。
「何だ。不景気な顔をして」
私の様子に訝しげに眉根が寄せられた。ますます怖い顔だよもったいない。ああ。でも今はそれよりも。
(そのうち手が震えてきても驚くまい……)
禁断症状、超怖いです。何だこれはお米中毒か。
薬、ダメゼッタイ。
なんかの標語が頭の中をグルグル回る。何でこんなに辛いんだっけ? 食べられないと分かっているからこそ食べたい。禁止されたことほど破りたくなる心理みたいなものか、手に入らないものへの憧れか――。
うん? 待てよ?
手に入らないって誰が決めた?
馬鹿な。
誰も決めちゃあいないじゃないか。少なくとも私は決めてない。
「私が決めた今決めた。――絶対手に入れてやる」
にたりと口元が笑みに歪む。
あれ、何でだろ。ちょっと自分を見失いそうな気がする。
微妙な顔をするラウを引き連れて私は猛進していた。どこへって? もちろん厨房に。
この世界での食事は生活文化を見ての通り洋風だ。スープとかパスタとか言葉にすれば通じるものから、良く分からない食べ物もあった。あっちで知ってる食材から、違うようなそっれぽいような食材まで色々だ。
つまり。
探せば和食っぽいものあるんじゃない?
一応これまでお客として分をわきまえてきたけれど、すいません。私はこれから厨房を探検させていただきます。この決意は誰がなんと言おうと揺らがないんだぜ。
「道こっちで合ってる?」
「合ってはいるが……厨房になんて行ってどうする気だ?」
逃げないように腕を掴んでずんずん歩く。
王子様は厨房なんて入ったことないんだろうな。というか、入るべきじゃないのかもしれないけど、私一人で行っても目的を達成できる気がしないので付き合ってください。
「一緒に探検しようよ」
笑顔で誘えば、ラウは「は?」と気の抜けた声を上げる。
あ。今気づいたけど、ラウじゃなくてシュゼットさんに同行を頼めば良かった。そのほうが詳しい気がする。しまった。でもラウが良いタイミングで来ちゃったんだからしょうがない。
「……止めないでね?」
ラウのもの言いたげな顔は完全に無視して、最重要のお願いだけしておいた。