13.時間切れまで(3)
どうして私がこの国に呼ばれたのか。
そうじゃなかった。
正しく言うなら呼び戻されたんだ、とシュロさんは言った。
「たまにあるんだよ。本当はこっちの世界を巡る魂だったのに、何かのはずみで向こうの世界に行ってしまうってことが」
喋りながら祭壇の下を探り、何かを取り出して戻ってきた。
たぶん、天秤だ。私が知っているものとほとんど形が一緒で、物を左右に乗せて量る道具に変わりないはず。
そう言えば正面の古い国旗のモチーフは天秤だ。天秤と剣が合わさったような絵の周りに花がある。花は祭壇の奥にたくさん咲いてるのと同じ形。〝銀の灯〟って教えてもらったのを思い出した。たしかすっごく大事な花なんだよね。じゃあ天秤も大事なものなのかな。
シュロさんはそっと机の上に天秤を置いた。
「この両皿がサクラのいた世界と今いる世界だとする」
どこに隠してたのかシュロさんは謎の袋を取り出し、ざらざらと小さな飴玉のようなものを両皿が均衡を保つように乗せた。ていうか飴玉そんなに隠してたんですか。甘党ですか。
袋を傾けるのを止めたようだ。よくよく見ると左右で綺麗に色が分けてある。中身の混在する袋から選り分けるのって大変なのに、シュロさんってワイルドな見かけによらず几帳面で器用だな。
右がピンクの飴で、左が水色の飴が乗せてある。実にきっちりした色分けだ。凄い。
「で、この飴がそれぞれの世界を巡る魂。これは本当なら混ざらない。決められた世界の中だけで生まれる命なんだ。けど何が原因か、本当にごくたまに混ざる」
そう言いながら両皿から一つまみずつ掴んで左右を入れ替えた。均等に掴んだわけじゃないらしく、少しだけ水色が多く移動していた。
アクセント程度に色が混じっているが、天秤は均衡を崩さない。当たり前だ。絶対量が多いなか、多少違う数を入れ替えても傾くはずがない。
だが、とシュロさんは懐からまた袋を出す。って、どんだけ隠してるんだよ!
「これも同じく魂だが少し重さが違う」
今度の飴玉は大きい……大きすぎるくらい大きい。さっきのが金平糖サイズだとしたらこれはプチトマトだ。同じ飴なのに全然大きさが違う。
シュロさんがピンクの方に赤い飴を数粒、水色の方に青い飴を数粒入れるけど均衡は崩れない。同じ数だったからだ。
「ここまでなら世界は安定してるんだ。本来の世界と別の場所で生まれても問題はない。その世界で生を終えれば元の場所へ戻る。だけど後から入れたこっちは違う」
大きな赤い飴をいくつかピンク側から取る。天秤が揺れた。
そのまま水色側に乗せると、ゆっくりと傾く。
「この例外な大きさの魂が混ざると、世界の天秤が傾くんだ」
そして、とさらに赤い飴を水色側へ移した。
「混ざり続けると──崩れる」
かたん、と天秤は思ったよりも軽い音を立てて傾ききった。
「ど、どうなるの?」
「実はまだこうなったことがないから分からない。ま、こうならないためにコーラルさんが動いてるんだ」
「ええ?」
「簡潔に言おう。この赤い飴がサクラだよ」
これな、と水色側から一粒持ち上げる。
「この混ざりすぎた大きな飴を元の場所へ戻して、天秤の均衡を保つのがコーラルさんのしていること。だからサクラもこっちに戻した」
そう言いながら赤い飴をピンク側の皿に戻して釣り合いを取る。
「私の魂が大きいから、均衡のためにこっちに来たってこと? ……ごめん、よく分からない」
詰め込まれる解説に頭がパンクしそうだ。ぐらぐらする。
「大きな魂って言っても実際大きいんじゃなくて、どちらかというと重いっていうかな。簡単に言えば役目がある魂は重い。だから呼び戻すんだ。つまり、サクラには役目があるってこと」
「それって何?」
役目なんて知らない。本当はこっちで生まれるはずだったとか分からない。ただ、わけの分からない状況を何とかしたいって思う。
(──帰りたい)
帰りたい。それだけは、今の私にたしかに言えること。
「サクラの役目はサクラが成す。俺には関わることは出来ても、導くことは出来ないよ」
やっと味方が出来たと思ったのに突き放された気がした。
答えを探せと言われても肝心の問題が分からない。知らされてない。根本的な問題であるそこからまだ抜け出せない事実に、目の前が暗くなりそうになる。ええ、もう真っ暗さ。
「時間いっぱい考えてくれたら良いよ。それでこっちのことを知ってくれたら良い。最後の扉が開く時が答えを出す期限。まだずっと先なんだからさ」
ぐしゃぐしゃに頭を撫でられた。
これって励まされてるのかな。励まされるほどひどい顔してたのかと思うと少し情けない。
「大丈夫。サクラが望めば帰れるよ。それがサクラの役目が終わった時なら世界は受け入れる。あっちで生きて死んでこい。それから元の巡りに戻ってくればいい」
だからそれまでは。
小さな声で付け足された言葉に私は顔を上げた。死んでこいって。乱暴な言い方の中に紛れもない優しさが見えて、暖かい気持ちになる。選んで良いって言ってくれてるのだ。
「うん。時間切れまで考えるよ」
そうだ。やれることからやっていこう。
帰れるって言ってるんだから信じてみよう。それが嘘だったら本気で怒って暴れる自信もあるとも。
おう、やってやるさー!
気合いを入れながら、さっきの言葉を頭で繰り返す。
『だからそれまではあいつの傍にいて』
これはシュロさんからの最大のヒントなのかもしれない。
……あいつって。
浮かぶのは生意気で仏頂面の少年の顔。傍にいるというか、面倒くさそうに追い回されてるんだけど。ああも面倒そうだとこっちも面倒だよと言いたくなる。口に出すかどうかは我慢したりできなかったりその時々だ。私の心が狭いのか。忍耐が足りないのか。いや、彼が悪いよね、全面的にね。
それはさて置き問題と答えについて考えるなら。
(ラウの傍にいること……で合ってるんですか、コーラルさん)
返事は当然なく。
与えられたヒントに惑わされてる気がひしひしとしながら、私は肩を落とした。




