10.和洋お人形対決(3)
私がミカちゃんと口にした後、ラウはしばらく間を置いて言葉を発した。
「……ミカちゃん?」
おそらく目をキラキラさせている私の前で、ラウは苦虫を噛み潰して、あまつさえ飲み込みかけたものの喉に張り付いて取れなくなったような顔をした。まったく器用な王子様である。
「そのミカちゃんとやらは、もしかするとミカエラ・ヴィア・アドニエンのことか?」
「そうそう。可愛いよね、ミカちゃん。あ、一応言っとくけど、結婚前から二股はどうかと思うんだよね。あっちが先に婚約してたなら、やっぱ後から来た私は身を引きたいなー、なんて」
むしろ頼むから身を引かせてくれよ。な。早い者勝ちってことでよろしく──ん? 今気付いたけど、もしかしたらここって一夫多妻制だったりするの? それってつまり、婚約者が多数居てもまったくオッケーってことだよね。ということは……え、私は洋風大奥に入れられる危機なんじゃ?
私の背をたらーっと冷や汗が流れる。やだやだ怖い! 女の裏世界超怖い!
「お、大奥反対!」
「何を言ってるんだ」
ラウは怒る気もなくした、といったかんじで呆れているように見えた。
「ミカエラはな──」
「殿下!!」
ばーん!
デジャブだ。これは、もしや例のお約束? 毎回、悪役やライバルキャラが登場のたびにやる、決め台詞的なアレ? ええー、む、胸キュン! でも私信じてた。ミカちゃんならやってくれるって!
シャララーと薔薇を背負って(私にはそう見える。乙女イリュージョンである)ミカちゃんはやって来た。
「ミカちゃん!」
「ミカエラ……」
弾む私の声に反して、ラウはの声は沈んでいる。
うんうん。ミカちゃんはこれから、ドアをばーん! とやるのが恒例になるはず。ふふっ。私は浮かれていた。
「殿下、お探ししましたわ。よりにもよって浮気相手の所とは……わたくし認めませんわよ! その方が婚約者だなんて」
「そうだよ、殿下。浮気良くない。ほら、思い直して」
「私が婚約者だと決まっていたではありませんか! いまさら、どこから来たのかも知れぬ娘と婚約など、認められるわけがありません」
「こんな可愛い婚約者のどこが不満なのよ。私が欲しいわ。あ、でも私は怪しい者ではないんで」
「あなた、わたくしの味方をしてどうするんですの!」
ミカちゃんに怒られてしまった。
「サーラさん。わたくし、あなたのことをお話ししてますのよ。分かってますの?」
でも私は婚約者の地位に執着はないしなあ。不法入国の不審人物は嫌だけど、ミカちゃんの地位の横取りはしたくない。婚約者じゃなくて良いから、何だって働くつもりもある。けど日本に帰れるまで寝食のお世話にはなりたい。難しいところだ。コーラルさんにもう一度会わなきゃ帰り方もさっぱり分からないから、途方に暮れてしまう。
「サーラ。勘違いしているようだが、ミカエラは婚約者ではなかった。あくまで候補だ。しかも候補以上にする気がまったくなかった婚約者候補だ。二股は事実無根。とんだ不名誉だな」
私とミカちゃんの掛け合いを黙って聞いていたラウは、事実無根に力を入れて語った。浮気発言や二股発言がお気に召さなかったらしい。ふうん。意外に真面目なのか。いや、偉そうでも真面目には見えるけど。
「えーと、ごめんね?」
「分かれば良い」
ふん、と腕を組んで鼻を鳴らす。あー、やっぱ偉そう八割、真面目二割くらいで。真面目の割合、もっと減らしても良いや。
ミカちゃんは憮然とした顔でラウを見ていた。
「それでも、わたくしでほとんど決まりでしたわ。わたくし以上に殿下に見合う方なんて居ませんでしたもの」
「今はここにいる」
私かよ! やだなー、なんか視線が集まってる。目を逸らしておこう。
「……っ殿下の婚約者の座は譲りませんわよ!」
そんな座すぐに辞退する! だから私はいらないんだってば。
綺麗な顔のミカちゃんに、凄い目で睨まれてしまったよ。美人に怒られると迫力だ。それにしても、今回も捨て台詞がイカしてる。あっ、語録でも作ろうかな!
私がナイスアイディアを閃いていると、ミカちゃんは、ばっさーとドレスを翻した。
「ミカちゃん!」
ドアの前で、ミカちゃんは顔だけで振り向いた。
「友達になろうっていうの本気なんだけど、だめ?」
前回の返事を貰っていなかった。友達って宣言してなるもんじゃないけど、宣言した方が近道なら私はそうする。というか既にしたからもう遅い。
ミカちゃんは目を丸くした。それから不機嫌そうに半目になって唇を尖らせる。
「知りませんわ!」
ぷいっとそっぽを向いてさっさとドアを出て行く。外で待っていたミカちゃんのお付きの人が、そそくさとドアを閉めた。
ぽつんと私とラウの二人だけが、静かになった部屋に残される。
「ミカエラの顔、赤かったぞ」
ラウは虚を突かれたような顔で、ミカちゃんの出て行ったドアを見ている。
うん、この片思いは全くの脈無しじゃないみたいだ。
私は広がる笑顔を自覚していた。