表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
dearest  作者: 葉鳥
1/20

01.始まりに吹いた風

 しゃらん、と鈴の音が響いた。


 どこまでも高い大聖堂の天井は特殊なガラスで出来ており、室内だというのに空を映している。その仕組みを知るのは限られた者達だけだろう。

 その天井から光の帯のような陽光がゆらゆらと差し込み、どこか非現実的な空間を生み出している。幽玄で厳かな雰囲気の中、祭壇にまで微かな光が届いて正面に立つ少年の目を細めさせた。


 大聖堂いっぱいに、鈴の音は幾重にも重なって響き、幻想的な空間を造っていく。

 少年が少し高い壇上から睥睨へいげいする座席はかなりの数だというのに、そのほとんどは埋まっている。大聖堂に入り、この場に立ち会うことを許された人々の全ての視線が少年一人に注がれていた。

 鈴の音色と数多あまたの人間の微かに身じろぐ音だけが感じられる空間で、少年は全く臆した様子もなく、さも当然のように堂々と立っている。


「誓いを」


 進行役の祭司が重苦しく口を開いた。

 少年は軽く頷くと、祭壇を振り返る。

 偶像化することを禁じられた神の祭壇だ。正面の壁には年季の入った国旗があり、祭壇の周りには白い花が敷き詰めてある。

 光によって不思議な色合いに輝く花は、この国の象徴となる〝銀の灯〟と呼ばれている。視界に入る分だけ見ても、最早どこの花畑だというほどの量である。

 〝銀の灯〟は折々の大事の儀式に使われるので、大切に大量に栽培しているのだった。


 少年は目の前にある全てを見渡し、最後に壁に掛けられた大きな古い国旗を見上げた。上等な青地の布に剣と天秤、猫のような獣と鳥の意匠が施されているそれにさえ、さりげなく〝銀の灯〟の刺繍がある。

 しゃらん、と鈴の音が響く。


「我が国における最大の礼を持って」


 少年のどこか幼さの残る、朗々とした声が響く。

 祭壇上に置かれた祭器である銀の水盆に、水差しからとくとくと水を注ぎ、右手の人差し指と中指を合わせて水に浸す。

 ゆっくりと指を引き上げると、己の額に当ててからそっと下ろす。少年は背後にいる全ての人間に見守られていることも気にならないようだった。


いにしえの約束を果たすことを誓う」


 強く、風が吹いた。

 入口の扉が閉ざされている室内で。どこからか吹くはずのない風が起こり、白い花が舞い上がる。鈴の音も風も止まない。

 今まで完璧な沈黙を守っていた観衆達が皆一様に「これは一体……?」「このようなこと、今までにない」と戸惑い、驚きの声を上げた。


 驚きの表情を隠せない少年の傍に、帯剣を許された護衛役が変事に備えて油断無く控えた。

 少年は止まない風に巻き上げられる花に誘われるように、再び視線を上げる。見上げたまま、ある一点を見つめ息を呑んだ。


「殿下?」


 護衛役がその視線を辿ろうとした瞬間、少年は祭壇の横をすり抜け、正面に向かって駆けだした。


「殿下!」


 その時、誰もが我が目を疑った。

 国旗の更に上には、色ガラスを何枚も組み合わせた細工の填め込み窓がある。

 その窓の辺りだ。


 袖の長い不思議な衣装を纏った娘が現れ、そして────落下したのだ。


 吹き止まない風、舞い上がった花の中、鈴の音は響き渡る。

 異変に気付いて走り出したのが早かった。少年は娘の真下に走り込むことに成功した。

 普通の人間が落ちる速度より、よほど緩やかに落ちてきた娘と、両手を伸ばした少年との距離が人間一人分くらいに縮まったその時。


 閉じていた娘の目が開いた。

 少年と一瞬の視線の交差の後、娘は少年の腕に抱き留められた。風は既に止み、舞い上がった花ははらはらと落ちてくる。


「殿下!」


 勢いで娘を抱えたまま後ろに尻餅をついた少年に、護衛役が慌てて駆け寄った。

 少年は呆然と娘を抱え込み、既に閉じた瞳を凝視した。


「黒い、瞳だ」


 しゃらん。鈴の音は止まない。



 とある国のとある場所。

 黒い瞳の娘と少年王子は出会った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ