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後編

 側妃となった私のそれからは、ただ離宮に篭り、自身の教養を、押し付けられた公務を行いながら、自己研鑽に励んだ。


 罠に嵌められたアーデルハイド様の無念を晴らすため。


 その為に、アーデルハイド様の教育係だった方、王宮で仕えていた侍女を務めていた方々全員に頭を下げ、断られ、罵られても、額を床に擦りつけ、許しを請い、教えを乞うた。


 必死な私に、渋々ながらも私を受け入れてくれた人たち。 そんな人たちに感謝し、支えられながら、私は死に物狂いで、寝る間を惜しんで勉強をし、自分を磨いた。


 そんな私の努力を嘲笑うように|王太子・王太子妃の公務じぶんたちのしごとをすべて私に押し付け、さらに見せつけるように離宮の庭を散策する2人に無駄な時間を割くこともせず、『真実の愛がこのざまだ』と後ろ指をさされても、陰口をたたかれても、ただ淡々と執務をこなし、徐々に外交に立ち、公の場では正妃の横でしっかりと顔をあげ、微笑み続けた。


 アーデルハイド様がそうしてきたように。


 ただ静かに、その日が来るのを待った。


 そして、側妃になってから5年目。


 離宮に届けられる王太子・王太子妃の公務に、国王陛下、王妃殿下の仕事まで混じり始め、離宮よりも王宮で大臣たちとも渡り合う時間が多く、周りもそれが当たり前になった頃。


 国王陛下と王妃殿下が、視察に向かうおり、馬車の事故で亡くなられた。


 6頭だての馬車につなげられた白馬一頭が、飛んで来た羽虫によって突然暴れだし、そのまま崖下に落下した。


 馬丁にはあれほど辺境の外遊の際は、気性と相性を考えて馬をつなぐようにと指示を出していたのに残念だ。


 国中が半年の喪に服したあと、ジースムント王太子殿下は国王陛下に、レインデル様は王妃殿下になられた。


 その1年後、レインデル王妃殿下は王女をお産みになられたが、半年もたたないうちに、王女は身罷られた。


 毒殺だった。


 乳母が授乳で傷ついた乳首に蜂蜜を塗って保護していたらしく、その蜂蜜で病気になられたのだ。


 乳母は蜂蜜が乳幼児には毒であることを知らず、また使用していた蜂蜜は、王宮から用意されたものだと証言したらしいが、そもそも蜂蜜は乳児には毒である事はよく知られており、乳母でありながらその知識がなかっただけでも十分に罪は重いだろう。


 乳母は、王族に毒を盛った大罪人として、親兄弟と共に公開処刑となった。


 王女殿下の乳母は、王妃殿下の乳兄弟だったそうで、身内同然の者に娘を殺された王妃殿下の悲しみは想像を絶したという。


 しかし、王家の悲しみは連鎖した。


 王女殿下を失った王妃殿下だが、その後も何度か懐妊はされるものの、出産に至る事はなかった。


 王妃殿下の親友が茶会でふるまったという『美容と健康に大変に良い』とされるハーブティを、毎日朝と寝る前に飲んで備えていたというのに、残念な事である。


 そんなことが続き、心身ともに疲弊した王妃殿下であったが、2年後、再び懐妊され、出産月となった。


 何度も子を失われ気鬱になっていた王妃殿下は、今回は御実家である公爵邸で子を産むことを願われ、公爵家に里帰りされた。


 気鬱になっていた王妃殿下の身を案じたジースムント国王陛下も、それが良いと、たくさんの護衛と共に王妃殿下を快く送り出された。


 しかし困ったことに、同じ頃、私の元には財務大臣から、国王陛下が国庫の金をお気に入りの妾に貢いでいる事、侍女達からはその妾を王宮に招き入れているという報告を受けていた。


 雑務を増やす国王陛下に頭を悩ませつつ、私はそれを、出産が近い王妃殿下には決して知られぬようにと箝口令を敷くことしかできなかった。


 そんな中、痛ましい事故は起きた。


 私がその知らせを受けたのは、終わらぬ書類に囲まれている深夜だった。


 深夜、生まれる子の産着を忘れたからと、自ら王宮にそれを取りに来られた王妃殿下は、国王夫妻専用の寝室で妾と愛し合っていた国王陛下を見、錯乱された。


 そして大階段から転落されたのだ。


 しかもその場にいた侍従や騎士から聞き取った話では、不貞を見、錯乱した王妃殿下の機嫌を何とか取り繕おうと後を追いかけた国王陛下が伸ばした手を、王妃殿下が振りほどいた先の事故だったという。


 何故、王妃殿下はわざわざ夜中に帰って来られたのだろう。


 そして、私が箝口令を敷いていたばかりに、王妃殿下は不貞の現場に居合わせることになってしまったのだと、思うと事前にお話ししておくべきだったのかもしれない、と、大変に悔やまれた。


 この事故で、残念なことに胎の子は神の御許に導かれ、王妃殿下自身も一命はとりとめられたものの、首の骨を折り、自分では体を動かせなくなってしまった。


 その事に心を痛めた私は、王妃殿下のために優秀な看護師を侍女として雇う事を進言し、王妃殿下への罪悪感からだろうか、国王陛下はすぐに了承された。


 安堵した私は、王宮の人員を管理する者に、王妃殿下のため、くれぐれも自身の仕事《《だけ》》を遂行できる優秀な看護師を侍女に雇い入るようお願いした。


 この事件の真相は王命として箝口令が敷かれ、貴族向けには不運な事故として発表されることになった。


 国王陛下は貴族たちの前で、この不運な事故を嘆き悲しみながら報告したが、その場にいたレインデル様の御父上が、国王陛下に妾がいたこと、そしてその行為を見て錯乱した王妃殿下を国王陛下が邪魔になって突き飛ばしたのだと糾弾した。


 そんなことはないと陛下は訴えたが、公務を放り出し、妾に国庫から貢ぐような国王を罷免する決議は瞬く間に採択された。


 彼はいま、王宮の地下牢に幽閉されており、毒杯を賜るのも、時間の問題だろう。


 そんな彼を糾弾し、可哀想な父親を装い、国の権力を得ようとなさったレインデル様の御父上もまた、財務大臣よりレインデル様のありえない浪費を糾弾され、その返金のために広大な公爵領のほとんどを国へ返還、子爵に降格された。


 王宮で手厚く看護を受けていたレインデル様は、その病態から罪状を問われず、王籍より除籍され子爵家に引き取られる事になったが、ご両親のもとでお暮しになるのだから、きっと、お幸せなのだろう。


 そして側妃だった私は、貴族たちがそれまでの功績を認めてくれ、王籍を剥奪されるにとどまった。


 国王陛下の退位に伴い、新しく王となられたのは、モンスレー公爵家当主のアインベルツ様。


 彼はあのアーデルハイド様のお兄様であり、隣接する国の王女殿下が和平の礎となるべく輿入れされたため公爵に陸爵されていた経緯があった。


 そのこともあり、国王になる事が議会で採択された。


 王宮に新王家を迎えるにあたり、前王の側妃である私がそこを去る日。


 翌日に王宮入りをされるはずのアインベルツ・モンスレー新国王陛下が、何故かお一人で離宮にいらっしゃった。


 何も言わず、ただ去り行く私に、一通の手紙をくださった。


 私はそれをありがたく受け取った。


 妹君を貶めた私に対し、どのような怨嗟の言葉がつづられていようとも、私はすべてを受け入れると決め、父母の待つ男爵領へ向かう馬車の中で、手紙を開封した。








 **********



 その手紙に誘われ、私は今日、ここに来た。


 新雪の積もるモンスレー公爵領の教会の奥深く。


 真っ白な雪景色の中、ただ一つ美しく輝く墓石の前で。


 私は、抱きしめていた墓石に口づけを落とした。


「アーデルハイド様……これを、お持ちいたしました。」


 凛とした、美しい人。


 私を私として見てくれ、厳しくも温かく見守ってくれた淑女の鑑。


 そんな貴方が、唯一、少女のように顔をほころばせて食べていたもの。


「菫の砂糖漬け……お好きでしたでしょう?」


 それをそっと墓石の前に置き、一粒、私も口に含む。


 ふわっと薫る優しい春の訪れの香りに、涙が溢れる。


「アーデルハイド様。この世に残る、貴方様を貶めた卑怯者は、後は私だけです。 それも、もう終わります。」


 ペーパーナイフを喉元に突き付ける。


「もし、天国で会う事が出来たのならば、許されるのならば、また、お傍においてくださいませ。」




 瞼の裏に浮かぶのは、初めて遇った日。


『まぁ、なんて温かい手なの、私と正反対ね。羨ましいわ。 握っていてもいいかしら?』


 非礼をひたすら謝る私の手を取り、穏やかに微笑んでくれた美しい笑顔。




 ナイフの先が動かないように固定し、私はそのまま倒れ込んだ。












 花が雪を割り、若草が芽吹きだした頃。


 教会では修道女たちが孤児院の子供たちのために菓子を売る。


 様々な焼き菓子が売られる中、今年はひと際鮮やかな紫色の菓子があった。


 そしてその傍には、穏やかに笑い合う2人の修道女の姿があった。

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― 新着の感想 ―
何回読んでも素晴らしいという言葉しか出ない。決して明文せず、 しかし彼女が確かにやり遂げた事を理解させる美しい文書。また読みに来ます。
[一言] 最後が最高でした。
[一言] 見事な復讐
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