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中編

 私は王都から10日馬車に揺られた先の領地にしがみつく貧乏男爵の末娘だ。


 少々頭の出来が良く、この学園に入れ、その計算能力の高さから生徒会の補佐として呼ばれているだけに過ぎない。


 そんな私を、皆快く思わず、いじめられること、無視されることが多かった。


 ただ一人、生徒会長であり私を取り立ててくださったジースムント様と、副会長をなさっているアーデルハイド様だけが、優しくしてくださったのだ。


 特にアーデルハイド様には、とてもよくして頂いた。


 田舎貴族の令嬢では身についていなかったマナー、教養、所作、ダンス。それらを勉学と生徒会の仕事の傍らに教えてくださった。


 いつも表情を崩さず、全てが完璧で、王妃に相応しいとされる淑女の鑑と言われる、けれどお可愛らしいところもあるアーデルハイド様を、私は心から敬愛していた。


 そんなアーデルハイド様のお傍で仕事を手伝わせていただけることが本当に誇らしく嬉しかったのに、ジースムント様の告白以来、私は生徒会室に向かう事が苦痛になった。


 あの告白以降、ジースムント王太子殿下はことあるごとに、2人きりになる機会を作っては、私に愛を囁こうとしてきた。


 それを私は無視するわけにもいかず、かといって決して受け入れることなど考えられず、不敬と知りつつ拒絶を言葉にし、態度に示し続けた。


 神経を集中させて、2人きりにならぬようにした。


 なのになぜか、2人きりになる機会はどんどん増えて言った。


 そのたびに告白をされ、愛を囁かれる地獄に、私は心が悲鳴をあげそうになっていた。


 このような不義理をアーデルハイド様に見られるわけには、御耳に入れるわけにはいかない。


 私は必死に逃げ続けた。


 二人きりにならないように、ジースムント様からも、そして後ろめたさから、アーデルハイト様からも逃げ続けた。


 なのに。


 いつの間にか、妙な噂が学園の中に広がっていた。


 ジースムント王太子殿下と私の、身分を越えた運命の愛と、嫉妬ゆえにそれを阻み、私を生徒会室で陰湿に虐め抜いている悪女アーデルハイド様という、眩暈を起こしそうな噂だった。


 私は火消しに躍起になった。


 一男爵令嬢に出来ることなど何もないというのに、頭が真っ白になって、必死で皆に訴えた。


 違うのだと、私と王太子殿下はそのような関係ではないと。


 アーデルハイド様を私は敬愛しているから、そのようなことはしない、と。


 なのに下級貴族は誰も信じてくれない。 それどころか、私たちの希望だと、みんなが応援するようになった。


 違うと否定しても、照れているだけね、そんなところもいじらしいとなぜか称賛され、誤解が上書きされた。


 上位貴族の方々は、最初は私に冷たい言葉を投げつけることがあった。


 あんなに貴女に優しくしていたアーデルハイド様を裏切るなど、お可哀想だ、と。


 私は必死にすべて根も葉もないうわさだと説明をした。


 なのに日に日に大きくなる噂に、私の心はつぶされそうになっていた。


 そんな中、同じ生徒会の書記を務められているオリュー公爵家の令嬢レインデル様だけが、私と共に噂を消そうと奔走してくださった。


 しかし、噂はどんどんかけ離れ、広がっていく。


 そのうち、上位貴族からも『嫉妬にかられたアーデルハイド様が私に嫌がらせしている。あんなに自身を慕っていた私が可哀想だ、淑女の鑑が聞いてあきれる』という声が上がり始めた。


 なぜ? どうして?!


 私はさらに心を疲弊させながら、ジースムント王太子殿下から逃げ、アーデルハイト様に顔向けできない日々を送った。


 事あるごとに近づき、愛を囁くジースムント王太子殿下を諫めて、盾となって私をその場から逃がしてくださるレインデル様に感謝をしつつ、アーデルハイド様に申し訳なくて、私は泣いて暮らした。


 悪夢なら覚めてほしいと、本当に思っていた。


 そうして、卒業して男爵領に帰れば、こんな生活も終わるのだと、その日を指折り数えて待った。


 なのに。


 それなのに。


 卒業式後のパーティーで、ジースムント王太子殿下は私とアーデルハイド様を名指しし、私を傍に置いた。


 逃げようとしても、側近候補でもある他の方々が私を囲み、逃げる事が出来なかった。


 その場で必死に否定しようと思っても、はやし立てる下位貴族の低俗な声にかき消された。


 そうして、衆目を集める中、ジースムント王太子殿下はアーデルハイド様に対し断罪した。


「寵愛を奪われたからと言って身分の下の者を虐げるとは淑女の鑑が聞いてあきれるっ! お前など国母に相応しくない! 私はこのメリエッタが可哀想で見ていられないのだ! 私は愛のない結婚など出来ない、お前とは婚約破棄するっ!」


 そう、言い放たれた。


 そんな殿下を見たアーデルハイト様は、ただ静かにカーテシーをして立ち去られた。


 側近に囲まれ、声をかける事すらできなかった私だが、その一瞬だけ、アーデルハイト様と目が合った気がした。


 情けなくて、私はその場で泣き崩れた。


 そんな私に、悲しまなくていい、もう悪女はいないよといい、真実の愛を貫いたと称賛される王太子殿下。


 その後のことは、よく覚えていない。


 ただ、気が付いた時には、真実の愛を貫いたのならばその責任を取れと大人達に言われ、わけもわからぬまま王宮に連れていかれ、言われるがままの厳しい王子妃教育を食事とトイレと入浴と睡眠以外の時間受けることになっていた。


 卒業後、男爵領に帰るために迎えに来てくれていた父と母には、一度も会えないままだった。


 離宮に閉じ込められて、体罰交じりの厳しい教育を受けながらも、ただアーデルハイド様の身を案じる日々が続いた。


 そんな日が続いた半年後、私の目の前には信じられない光景を見ることになった。


 あの日の事はよく覚えている。


 朝から、有無を言わさぬ侍女たちに無理やり全身を綺麗に磨かれ、ジースムント王太子殿下の瞳の色のドレスと、髪の色の宝飾品をつけられた私は、半年ぶりに離宮から出、侍従に連れられて王家の人間が集まる部屋に連れてこられた。


 謁見の間。


 そこに通された私の目の前には、国王陛下に王妃殿下、ジースムント王太子殿下が座り、さらのその隣には、あのレインデル様が座っていたのだ。


 何故?


 わけもわからぬまま叩き込まれたカーテシーを行い、口上を述べさせられた私に、陛下は満足そうに微笑まれた。


「メリエッタ嬢。 君が勉学に大変頑張っているという事は教育係から大変よく聞かされているよ、物覚えも良く、公務を行うのに申し分ないと聞いている。

 ただなぁ、真実の愛を引き裂く真似をして申し訳ないのだが、ジースムントが王となるには男爵令嬢である其方では後ろ盾として弱いのだ。そこで後ろ盾となる正妃としてそこにいるレインデル嬢を迎え、其方は側妃として迎えようと思うのだ。側妃として、ジースムントとレインデルを良く支えてやってほしい。」


 頭を下げたまま、国王陛下の『意味の理解できない』言葉を聞かされた私の目の前に、柔らかなクッションが置かれ、跪くように指示される。


「……側、妃……?」


 なぜ?


 何が起こっているの?


 そう思っている私は侍従の誘導でクッションの上に膝を落とした。


 そんな私の視界に、金色の靴が見え、顔を上げるとジースムント王太子殿下が立っている。


「殿下……正妃がレインデル様、とは? いいえ、婚約者はアーデルハイド様なのでは……?」


 私が漏らした言葉に、ジースムント王太子殿下は困ったように笑うと、私の手をあの日の様に無理やり上げ、手の甲にひとつ、触れたか触れないかわからないキスをした。


「メリエッタ、混乱しているんだね。大丈夫だよ、ここに僕と君の運命の愛を邪魔するアーデルハイドはいない。そして僕たちの運命の愛も嘘ではないんだ。……ただどうしても、君を正妃にするには、僕が王になるには、後ろ盾が低すぎると貴族たちが言うんだ。だからね、君は側妃となってもらい、昔のように、僕の公務の手助けをしてほしい。レインデルは僕たちのために後ろ盾になってくれるだけなんだ。これは愛ではなく、政略なんだ、許しておくれ、愛しい君。」


 その時、肩から背中にかけ、雷が落ちたかのような衝撃が走った。


 愚かにも、ここで私はようやく解ったのだ。


 私の目の前で恭しく侍従からティアラを受け取るジースムント王太子殿下と、その後ろで、正妃として美しく着飾り、誇らしげに王太子妃のティアラを付けその席に座るレインデル様こそが、全ての元凶である事と。


 アーデルハイド様を押しのけ、王太子妃が座るその席で、扇の端から、まるで悪魔の様に醜悪な笑顔を見せる女こそが、私と、そして敬愛するアーデルハイド様を陥れた人間なのだ、と。


 わなわなと震える私の頭上に、ジースムント王太子殿下は侍従に渡された側妃のティアラを乗せると、結婚の誓いの様に口づけをした。


 唇ではなく、そのわきに。


 そして言ったのだ。


『ありがとう、予想以上に君が出来のいいことに感謝している。これで僕は、真に愛する人と結婚することが出来たのだから。 あぁ、それと』


 真正面に顔を合わせたジースムント王太子殿下もまた、醜悪な顔で微笑んだ。


『君の敬愛するアーデルハイドは自害したよ、私に捨てられたことで、心の病を患ったそうだ。 哀れだな。』


 と。

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