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第92話 学校

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「恵那ちゃんと会った? 朝? 家の前で?」

「う、うん……、そうなんだ」

「巨乳美少女になった恵那ちゃんに抱きしめられて……、キスされた……?」

「う、うん……」

「千尋。それって本当の話?」

「え……、そ、そうだよ。本当だよ」

「うーん? なんか怪しいなぁ」

「なんでだよ」

「千尋の妄想なんじゃないの? 千尋、ロリも巨乳も大好きだし……」

 

 十時前。英明学園のエントランスで千尋はあおいと会う。隣にはめぐみがいるが、鬱傾向のため今日は静かにしている。

 

 リボンが上品な制服を着たあおいは、相変わらず綺麗だが、恵那と接した衝撃が千尋から平常心を奪う。


「いやらしいなぁ、千尋は」

「ち、違う! あれは現実だった! 間違いなく!」

「ふぅん、じゃあ証拠。証拠出して」

「え……それは、ないけど……」

「じゃあ、だめじゃない。連絡先も知らないの? 恵那ちゃんの」

「う、うん……、また聖愛学園の文化祭の時に来るって……、行ったきりで、幽霊みたいに消えちゃったんだ」

「それってやっぱり幻覚なんじゃないの?」

「違うよ。事実だ。恵那はそこに居た。あれは幻覚とは違う感覚だった」

「へぇ……、じゃ、千尋は恵那ちゃんとキスしたわけだ」

「う、うん……」

「僕は浮気しましたっ、て最愛の彼女に報告してるわけね」

「う、浮気とは違うし……、不可抗力だし……、恵那に襲われたら逃げられなくて……」

「まぁ、恵那ちゃんならいいわ。他人ってわけじゃないし」

「ごめん……、あおいちゃん」

「でも、その浮気癖は私は許したくないので、今日はキス百回ね。帰るまでにちゃんと終わらせてね」

「え、そ、そんな……」


 授業が始まる前に、あおいは淡々と罰を告げる。怒っているような表情は見せないが、棒読みの口調の中に千尋はあおいの感情を読み解くことができる。あおいはとても怒っている。恵那のことは二人で探していたのに、僕だけが会ってしまったこと。強制的な行為だったとはいえ、キスをされたり胸に埋められたりした。恵那の詳しい事情もわからず、ただ弄ばれただけとも言える。あおいが苛立つのも無理はない、と千尋は思う。


「じゃあまず一回目……、よろしくね」

「え、いや……、ここでは……、ちょっと」


 東池袋。英明学園はサンシャイン六十階通りの路地にあるテナントビルの四階から八階が校舎の代わりになる。

 二年生は主に五階を使う。室内は仕切りで三クラスに分けられており、千尋たちはβクラスに通っている。クラスに大きな意味はなく、サポート授業の内容は中学校の復習が殆どである。

 広い廊下、エントランスには自動販売機が三台設置されている。開放的な広い窓からは賑わう繁華街がよく見える。毎日十時から十五時の間に行われるサポート授業は、学習支援や生活リズムの改善などを目的としており、通信制高校としての単位認定にはまるで関係がない。大体週に一回開催されるスクーリングが出席日数と単位に直結するため、参加する生徒数も多いが、毎日学校へ通う子供は少ない。とはいえ三学年で生徒数四百名を越える英明学園。廊下やエントランスを多様な学生が彩る。殆どの人と会話したことがなく、名前すらも知らないが、千尋は緊張する。

「こんな大勢の前で……、キスなんて……、できない」

「嘘ばっかり。散々ちゅーしてきたのに。私と」

「それは……その、仕方なく……、て」

「仕方なくちゅーするなんて、千尋はさいてーね」

「う、うるさいな……、ぼ、僕だって場所とか雰囲気がちゃんとしてたら……、ちゃんとキスする……、し」

「へぇ、ちゃんと? それってどんなちゅー?」

「あ……、な、なんか……、こう……、大人のキス」

「あははは……、千尋おもしろーい」

「面白くない! 僕は真面目に答えてるのに!」

「じゃあしてよ。ちゃんとしたキス」

「す、すぐには無理……」


 自信なくあおいに向けた言葉はとても辿々しいが、少女はそれを愛とも呆れともとれる溜息で受けいれる。隣のめぐみは口数が少なく、どんよりと下を向いている。躁鬱の鬱がやってきためぐみは、今日明日中には家から一歩も出なくなることが予想されている。だが千尋は必要以上に特別扱いをしない。


「めぐみ……、た、助けてよ」

「ちーちゃん、ちゅーばっかりずるい。あたしも愛あるちゅーがしたい」

「めぐみちゃんなら……、いいよ。譲るよ。千尋のちゅー」

「は? なに言ってんだあおいちゃん」

「えへへ……、ありがとう。じゃあそのうち」

「うん。千尋とチューすると愛情一杯感じられるからオススメだよ」

「うん……、そうだね」


 しおらしいめぐみの声は陰った太陽のようだが、千尋はそれを自然なことだと思う。躁鬱病だからといって、なにか特別な対応は要らない。それはめぐみに直接言われたことでもあるし、先生に言われていることでもある。


「ちーちゃんの個性だね、それが」

「うんうん。個性で能力。ふふふ……、ちゅーで女の子を癒やす能力者」

「どんな能力だよ」


 めぐみの個性。あるがままの彼女を認めることは、存外難しいことでもないのかもしれないと千尋は思っている。


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