第80話 昨日の粒は鮮やかな色になって世界を飾っている
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ドアを開けた先にあったのは、大きなテーブルだった。六人はかけられるテーブルは、あのころと変わらない鮮やかな木目の色をしていた。
「――弟ちゃん。今日は弟ちゃんが、いただきます、を言うのよ」
「……はい」
「お母さん! だめだよ。ひろくんは言えないもん。恵那が言う~!」
「妹ちゃんも変なことばっかり言うでしょ? だめです」
「変じゃないもん。恵那は神様に捧げるために言いたいことを言うだけ! 間違ってないもん」
「まぁ……、考え方はそれぞれだけれど、社会というのもまた、尊重する必要があるのよ」
「社会? 恵那わかんない」
「生きるのは難しいということよ」
「……? だから好きなこといっぱいやっていっぱい気持ちよくなるの!」
「うふふ……、まぁゆっくりでいいのよ。あなたたちには無限の可能性があるのだから」
いつかの記憶が幻影になって千尋の前に現れる。写し絵は病院の至る所にある。フラッシュバックと同じ理由だと琴音は言う。千尋の脳を刺激し、過去を呼び戻すのだと。
カラフルな雪が降っている。昨日の粒は鮮やかな色になって世界を飾っている。美しいが、胸を抉るような切なさを覚えるのは、なぜだろう。千尋は思う。僕は何者なのか。これからどこへ行くのだろう。
「どぉ? 千尋くん。なにか思い出した?」
「さぁ……、どうでしょう」
「嘘でしょ。千尋。千尋の嘘はすぐわかる」
「ははは……、僕はあおいちゃんにはなんでも見透かされちゃうんだね」
「それは千尋の心が綺麗だから。まるでガラス玉みたいにね」
「ちーちゃん純粋だもんね~!」
「……、ちょっと昨日を思い出しただけ。恵那の居場所にはなんも関係がないよ」
千尋はくすっと笑って、あおいたちに気持ちを吐露する。
「正直……、ここは息苦しい。美しいけれど、自分が自分でなくなるような気がする」
「昔の千尋と今の千尋……、どっちも同じよ。私は知ってる。千尋は千尋。変わったけれど、でもなにも変わってない」
「ありがとう。あおいちゃん。あおいちゃんは変わった。あのころより、とっても可愛くなったよ」
「くす……、そうかしら。昔から私は可愛かったから自分ではよくわからないわ」
「むー、二人でイチャイチャしないで~! あたしも混ぜて~っ!」
「千尋くんは自分が何者であるのか、とても気になっているのね」
「僕は……、記憶があやふやですから。本当に僕は僕であるのか、証明してくれるのは……、きっとあおいちゃんや先生、……それに恵那だけなんです」
記憶の手がかりを探して入院病棟へやってきた。だが千尋の共感覚により、恵那の居場所を探す、というのは名目にすぎない。積極的にそれを煽ったのはあおいだったが、あおいは千尋に昨日と立ち向かって欲しかった。あおいは言う。
「大丈夫。千尋はちゃんと生きてるよ。千尋らしく、前を向いて、ゆっくり進んでる。だから大丈夫だよ」
「あおいちゃんは……、優しいね」
「だって姉ちゃんだもの。弟ちゃんに優しいのは当たり前でしょ?」
「厳しい姉だっているだろ」
「ううん。可愛い弟だったらみんな甘い姉になる」
「イチャイチャするな~っ! あたしも混ぜろ~っ! むぅ~!」
めぐみは勢いに任せて千尋に抱きついた。両腕で千尋の頭を抱きしめて、大きな胸に引き寄せる。千尋はその巨乳に窒息しそうだ。熱い体が千尋を現実に引き戻す。カラフルな雪はめぐみの熱に溶かされて、千尋は蜂蜜の夢をみる。
「あたしもちーちゃん大好きなお姉ちゃんだよ~! あたしも守ったげる。ちーちゃんが一生懸命生きていけるように、優しく包み込んだげるからね!」
「もご……、苦しいよ……、めぐみ」
「えへへ……、愛情は苦しいんだよ! ちーちゃん!」
「胸いっぱいってことね、めぐみちゃん」
「そーそーあおいちゃん! そーゆーこと!」
「絶対、違うだろ。適当に言っただろ、めぐみ」
「違うも~ん! ちーちゃんには愛がいっぱいあるから、もう苦しまないでいーんだよ。いっぱい甘えていーんだよ」
「……、うん。ありがとう」




