第6話 ここにいるみんなが大好きだから!
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食後。十八時五十分。コーヒーをすすりながら、五人は談笑をしている。めぐみは後片付けのためキッチンにいる。琴音はソファに寝転ぶ。奏はイスに座っている。あおいと千尋は隣通しに座っている。
ゆるやかな空気。話題はこの街で相次ぐ未成年者連続暴行事件の話しである。
「みんなも気をつけてね」
「まぁ……、外出ないから僕は大丈夫だよ」
「そんなことないわよ~。千尋くんはかわいいから襲われやすいもの! 先生だったらいの一番に襲っちゃうけどなぁ~」
「それはあんただけでしょ!」
「そんなことないよ~。あたしもちーちゃん襲いたいもん!」
「そうね……、千尋はなんか押し倒したくなる感じ」
「みんなして! 僕をバカにするのも大概にしろ!」
狭山市の人口は十二万人。産業は街外れにある工業地帯が中心。名産物は狭山茶。静岡茶、宇治茶と並ぶ日本三大銘茶である。入間川沿いに茶畑が広がる。琴音の家の周りは緑一色。「のどかで心が落ち着くわ~」と琴音は立地を気に入っている。心に問題を抱えた子供たちを預かる場所として適切だと思っている。
路線は西武新宿線。新宿、池袋まで普通電車で一時間程度。特急を使えばもう少し早い。都内まで働きに出かける市民も多い。
平和なベッドタウン。こののどかな街で、最近、暴行事件が発生している。
夏ごろより事件は始まった。犯人は鈍器や刃物を使い、被害者を襲撃。時間や場所は問わない。日中、夜間、耐えず事件は起きる。犯人は大抵は一名から三名。顔は黒マスクで隠している。被害者が一人のところを狙われる。体を執拗に狙われ、意識がなくなるまで殴られる。概ね金属バットのような鈍器を使われるが、刃物が用いられることもある。被害者の総数は二十名以上。死者はいないが数ヶ月以上の入院が必要な大怪我を負う。被害者は全員が十八歳以下の子供である。犯行の共通点から、同一犯の仕業と推測されているが、詳細は不明。動機も分からない。
「千尋はからかいやすいから。弟適性高い」
「同い年だろ」
「でも、わたしの方が賢いし。落ち着いてるし。精神年齢は上だもん。だから千尋が弟」
「謎理論……」
「ちーちゃんはみんなの弟だもんね~」
「え~? 千尋くんは先生だけの弟がいい~」
「いや、弟っていうか息子だろ。年齢的に」
「え? 千尋くん先生の子になるの? いいの?」
「いや、そういう意味ではなくてですね」
「わ~! やった~! ついに千尋くんを我が物にしたぞ~! わ~いっ!」
「え~? せんせーずるい~! あたしもちーちゃんのお母さんになりたいのに~!」
「へへーんっだ。もうだめで~す。めぐの負け~」
「え~? 負け~? あたし負け~?」
「いや、負けとかそういう話しじゃないから」
「うーん、……じゃ~、あたしもせんせーの子供になるぅ~っ!」
「はぁ?」
「そしたらちーちゃんと、ちゃんとした姉弟だしぃ~、せんせーはあたしのお母さんになるし!」
「論理破綻……」
「全然、破綻じゃないよ~。あたしはね、ちーちゃんやせんせーとずっと一緒にいたいの」
「なんでそんなに……」
「好きだから。ちーちゃんもせんせーも。ここにいるみんなが大好きだから!」
「めぐみ……」
めぐみには家族がいない。十四歳のころ。めぐみは夜遊びに夢中になり家に帰らなくなった。家は孤独だ。友達や交際相手と一緒に居る方が寂しくなかった。違法薬物に手を出し始めたのも、そのころからだった。家を空けて二年後。朝。めぐみは都内のマンションの前で震えていた。覚醒剤の禁断症状である。幻聴が聞こえ、妄想が治まらない。世界中があたしの命を狙っている。思考を盗聴され、監視されている。そう思い込んだ。安全な場所は、コンクリートマンションの側だけ。そこだけは「電波が遮断される」と思い込んでいた。
二十四階建て。高層マンションの一階。ゴミ捨て場。忍び込んだめぐみは、小さくなって震えていた。
そこで三上琴音と出会った。
「そう。だからめぐみちゃんたちも気をつけてね。なんか、私、聞いたの」
「……聞いた? 聞いたってなに? あおちゃん」
「なんか……、事件でね、襲撃されてる子供たちには共通点があるって」
「……? あおいちゃん? 共通点って?」
「みんな……、不登校だって」