第68話 受付
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十二時ちょうど。
テナントビル十階。エレベーターを降りた二人は受付の女性と視線が合う。
「あ、優木さんですか?」
「あ……、あぅ……」
「はい。優木です」
「お待ちしておりました」
二〇代後半くらいの女性。ビシッと黒いスーツを着用している。
千尋はオドオドとしている。声にならない声を出し、下を向く。
「ほらっ、千尋」
「う……、うん」
「ご案内致しますので、こちらへどうぞ」
「あ……、あぅ」
「はい。ありがとうございます」
千尋はまともに会話が出来ず、あおいが代弁する。受付の女性は状況を瞬時に判断し、千尋ではなくあおいへ視線を向けて話す。
「あ、優木はこっちです。こっち」
「あぁ、そうなんですね。優木千尋さん。ごめんなさい。男性と伺っていたんですが……、その、お子様とは思っていなかったので」
「あ……、あぅ……、あぅ」
「千尋、あぅあぅ言わないの。もっとちゃんと話さないとわからないよ」
「あ……、う、うん……」
「ふふふ……、いいんですよ。若い方はどうしても……、ねっ。緊張しますものね」
「いや……、あの……、僕は」
「でも偉いですね。学校の課外活動かなにかですか? 小学校の! 私もやったなぁ。お父さんの職場に見学に行って……」
「ほら、小学生。ちゃんと会話。コミュニケーションしないと」
「あ……、あぅ……、あの、学校のあれとは……、違う……、んですけど」
「へぇ~、そうなの?。じゃあ個人的にってことかしら? 偉いのね。若いのに」
「あ……、はぁ。はい。ありがとうございます」
「何年生? 五年生? 六年生?」
「あ……、えっとそれなんですけど――」
「――あ、待って! 言わないで。当てるから! お姉さんね、こう見えても元は小学校の先生なのよ! うーん……、えっと……、きみは……」
「あ……、あぅ……」
「こら、だめよっ。顔そらさないで。ちゃんとこっち見てくれないとわからない~っ」
「あ、うぅぅ……ぷるぷる」
――ぎゅうっ。
受付の女性は千尋の頬に両手を当てる。下を向いた千尋の視線を、強引に自分へ向ける。顔を凝視し、年齢を考えている。
千尋はなにも言いかえせない。あおいは無表情。だが呆れた顔をしているのが、千尋にはわかる。少しだけ目が小さなり、口角が下がっている。それは、僕に幻滅した時の顔だ、と心で思う。
こんな時に、あおいのことを考えるのは、現実から意識をそらすためである。現実は知らない大人の女性が、目の前で千尋の顔を見ているのである。
恐怖しかない。
「うーん、四年生!」
「あ……、う」
「あ~、その反応ってことは外れか~」
「あぅ……、ぷるぷる」
「それで正解は? 何年生なの? 三年生かな?」
「あ、あの……、二年生です」
「え~! ほんと~! 発育早いね~! 身長何センチ? 結構大きいよね!」
「あ、あの……、一四八センチ……」
「え~! おっきいね~。二年生とは思えないわ~」
「あ、あの……二年生だけど……、あの、こ、高校……」
「あ、着いたわよ。ここ。ここが応接室なので、ここで少しお待ちくださいね」
「あ……」
「自由研究頑張ってね!」
「あ……、は、はい……」
お姉さんはサムアップする。爽やかに笑って去って行く。ガチャン、とドアが閉まる。応接室は広さ八畳ほどで、本棚が窓側に置かれている。テーブルを挟んで二人がけのソファが二つ。
密室。千尋はあおいと並んで席に座る。
「情けないなぁ。千尋は」
「う……、うるさいな。ぼ、僕は……、ちゃんと言った」
「でも、伝わってなかったよ?」
「普通伝わるだろ。二年生って言えば高校二年に決まってるだろ」
「わからないわ? 大学二年かもしれないし、中学二年かもしれない。どこの二年生かちゃんと伝えないと」
「伝えたもん。向こうが全然きいてくれないだけで……」
「だって、どう見ても二年生だし」
「そうだよな。僕はどう見ても……」
「うん。小学二年生っ」
「……ッ! あ、あおいちゃん!」
「よかったね。子供料金でバスも電車も乗れそうで」
「う、うるさいな! ちゃんと大人分払ってる!」
「スーパー銭湯も温泉も……、女湯に入ってもわからなそう」
「わかるよ!」
「あ~! それって……、千尋いやらしい」
「……? いやらしくないだろ?」
「ううん。だって……、女湯に入ったらわかっちゃうってことは……、そういうことでしょ?」 わかるところがあるってことでしょ?
「……、ま、まさか!」
「そう。やっぱり千尋ってそういうところだけは大人なんだね。キスじゃ大きくならないけど」
「……ッ! ち、ちが~う! 僕はそういう意味で言ったんじゃない!」
「絶賛発情中……、って感じかしらね。千尋はほんとえっち」
「なわけあるか」