第67話 足と、スカート、どっちが好きなの?
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十月二十一日。
千尋はあおいと共に青葉の会を訪ねることにした。東京都豊島区東池袋。サンシャインシティが窓から見える国道二五四線沿い。十三階建てテナントビル十階に絆の会は拠点を構えている。
団体は十五年前に民間団体として誕生。会員数は八九一名。結成目的は、絆の会から家族や友人、恋人を救いだすことである。
絆の会が崩壊した現在は、「洗脳サバイバー」と呼ばれる彼らの支援を中心に活動している。
午前十一時四十分。千尋とあおいは西武池袋駅を降りる。絶え間ない人の流れは平日でも変わらない。あおいと千尋は制服を着ている。
青葉の会には、電話で事前にアポをとった。予約は十二時頃。
話が終わった後は、学校に行く予定である。
東口駅前の横断歩道。信号待ちをする千尋とあおい。秋の突風が二人をさらっていく。千尋は飛ばされないように、あおいの手を握る。あおいは遠くを見つめている。澄んだ瞳は、力強く、そして愛おしいと千尋は思う。
――ひらり……。
風に煽られてスカートがめくれる。白く美しいあおいの美脚は、都会の喧騒を塗りつぶすくらいに綺麗だ、と千尋は思う。
「きゃ……、めく……れるぅ」
「そ、そんな短いスカート履くから……」
「だって千尋好きでしょ。ミ・ニ・ス・カ・ー・ト」
「す、好きじゃない」
「ふぅん。そうなんだ。じゃあもうスカート履くのやめるね。パンツにする」
「え……、あ、うん……、わ、わかった」
「くす……、千尋ってほんとわかりやすいよね」
「はぁ? そんなに顔に出る?」
「ていうか……、うん。なんか、わかりやすい。私も共感覚あるのかな。なんか、わかる」
「あるかもしれない! 脳が必要以上に覚醒してるとなりやすいみたいだし、僕らはそういう才能があるのかも」
「うん。それで、千尋はやっぱりスカートが好きなの? それとも、私の足が好きなの?」
「え……、な、なに言ってんの、あおいちゃん」
「だって、知りたいから。千尋のことはなんでも知りたいの」
「そ、そんなこと言われても……」
「これも練習だよ? 自分を表現する練習。千尋は、自分の殻に閉じこもって、人と関わるのが苦手でしょ。だから、ちゃんと、想いを伝える練習をしないとね」
「それってこういう意味、か」
「うん。そう。高柳有理栖さんにギターを教えてもらってるんでしょ。千尋はそこからなにも学んでないの?」
「いや……、学んではいるけど……」
「想いを音楽にに乗せて表現するんでしょ? 先生が音楽を通して千尋に伝えたいことって、こういうことだよ」
「ち、違う気がする……」
「違わないの。さあ、答えなさい。千尋は私の足と、スカート、どっちが好きなの?」
「……、し、知らない……」
「だめ。じゃないと私、ここでキスするから。千尋に抱きついて、ちゅうするから」
「……ッ! ちょ、そ、それは……やめよ。こんな人多いところで……」
「じゃあ、答えて」
「え……、で、でも……」
「十、九、八、七……」
あおいはカウントダウンを始める。訥々とした声で、数字を読み上げていく。
池袋駅前。サンシャインへ続く横断歩道は、未だ赤。百人を越える人の壁に、千尋は飲み込まれている。隣には人。その隣にも人。
前にも後ろにも。話している声が、いくつも聞こえる。
こんなところで、キスなんて……、恥ずかしくて出来るわけがない。
「ど、どっちも……」
「……? なにそれ」
「あ、足もスカートも……、す、好き」
「好きなの?」
「う、うん……」
「へぇ」
「……」
「くす……、千尋はかわいいね。心も、見た目通り子供だね」
「う、うるさいな! あおいちゃんが言わせたんだろ」
「でも、それは私の足が好きなのか、女の足なら誰でもいいのか……、どっち?」
「も、もう勘弁してよ……」
「だめ。千尋は私の言うことはなんでも聞くんだから。約束でしょ。ほら」
あおいは足を何度も艶めかしく動かす。膝上二〇センチのミニスカート。太ももが煌びやかに輝いている。
あおいは、左手の指輪を見せつけて言う。
「これに、誓ったでしょ。ここで、池袋で。あおいちゃんに一生尽くしますって」
「……、微妙に違う……、ような」
「うるさい。千尋のこの指輪は、私に忠誠をつくす証でしょ」
「うぅ……」
あおいは千尋のネックレスを掴む。小さな指。千尋の指輪は、太陽に反射する。
「それで? 千尋は私のどこが好きなの? 足? 顔? それとも、胸?」
「う……、ぜ、全部」
「全部?」
「は、はい……あおいちゃんの全てが大好き、です」
「ふふふ……、そうなの? 好きなんだ? 全部が?」
「は、はい……。顔も足も胸もスカートも……、あおいちゃんはかわいくて僕には……、勿体ないです」
「ふふふ、そう。それじゃあ……、仕方ないわね。うん。欲情しちゃうのも仕方ないか。うんうん」
「……、どういう性癖なんだ。一体」
「なにか言った?」
「いえ……、なにも」
「ふふふふ……」
不気味に笑うあおい。完璧な容姿は、人形のように綺麗だ。千尋は思う。あおいは人から崇められることが好きなのかもしれない。人の上に立ち、支配するのが気持ちいのかもしれない。
元は絆の会の預言者。新興宗教団体で重要な役職にあった。信者から崇められる聖女。
相生恵那のように、あおいを崇拝する信者が溢れていた。
「あおいちゃんって、実は教祖とか向いてるんじゃないの?」
「そうかなぁ」
「うん。多分……」
「じゃあ、千尋が第一号の信者ね。宗教の名前は……、そうね、……可愛くて綺麗で賢いあおい様を崇める会、かしら」
「唯我……独尊?」
「千尋は信者なんだから、ちゃんと私を崇めてね」
「う……、うん」




