第55話 レッスン
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一週間後。
十月十七日。
午前十一時。高柳有理栖は千尋たちの家へ訪れた。
今日はこれから、ギターのレッスンである。
千尋、めぐみ、奏の三人。琴音は外出している。あおいと買い物に行く予定がある。
リビング。
椅子が三つ並べてある。その前には「有理栖先生」の椅子。
有理栖は席に座る。千尋たちも席に着く。それぞれギターを構えている。ギターは有理栖が家から持ってきた。有理栖はギターをたくさん持っている。
「さあ、では! 有理栖先生のギターレッスンを始め、ます!」
「せんせーよろしく~!」
【お願いします】
「……ます」
「びし! 千尋くん声が小さい!」
「え……、あぁ、はい。すいません」
「だめだよ~? 歌を歌うのには発声も大事だよ」
「いや……歌うつもりはないので」
「え~! ちーちゃん歌わないの? あたしは歌う!」
「ふむふむ! めぐみちゃんは元気がよくて素晴らしい!」
「どうせ……僕は根暗ですよーだ」
「でも、音楽を歌うのには性格は関係ないよ! 心に、どれだけの想いあるかどうかのほうが重要」
「想い……」
「そう! 千尋くんは、見たところ才能がある! 感情を音楽に乗せて表現する方法を知れば、きっと素敵なアーティストになれる!」
「……、はぁ」
「きみたちは無限の原石! そしてあたしは原石を磨く先生! 尊敬してね!」
「はい! 有理栖せんせー!」
【せんせーかっこいい!】
「……、なんかあおいちゃんみたい」
「……ん? 女の名前! だれ? ふっふっふ、千尋くんの彼女かな?」
「……別にいいでしょ、なんでも」
「あははは~、怪し~! 絶対彼女でしょ! あー、千尋くんってモテるんだもんね。きっとかわいいーんだろうなぁ」
「……、知らないですよ、もう」
あおいと千尋は、池袋で愛を誓った。ダイヤモンドが飾られた婚約指輪をペアで買った。あおいの左の薬指には、指輪がはめられている。千尋は恥ずかしがってつけられないが、「いきなり浮気だ」と、あおいに怒られている。
しかし、指輪は約束の証。あおいの不安を軽減する大切な絆である。肌身はださず、持ち続けること。あおいによく言われている。ネックレスにして、首からリングをさげている。
琴音やめぐみは、二人ペアのそれを茶化して、「婚約でもしたのか~」と、笑っている。あおいは、「秘密」と、真実を話さない。「二人だけの約束にしていたい」と千尋に言う。
「ふふふー、わーかわいいなぁ。青春っていいな。あたぁしも戻りたいなぁ、小学生に!」
「僕は高校生です!」
「え! そうなの? え……、ん、んん~? じー、じー」
「ちょ、な、なんですか。近づかないでくださいよ」
「うーん……、いや、違うよ。どう見ても小学生でしょ! その顔! その肌! その童顔! 身長! 高校生な分けない」
「……、冗談、ですよね?」
「あたぁしが冗談を言う性格に見えるかい? きみには」
「……、はい」
「むむ! むむむ! あたぁしはいたって真面目! 超真面目にみんなのレッスンをしてるのよ! わかる? 千尋くん」
「うーん、わかるようなわからないような……」
「どうやらきみには特別レッスンが必要みたいだね」
「え? なんでそうなるんですか?」
「きみがあたぁしをバカにしてるから」
「してないです」
「ま……いーや。それよりギターのレッスンしよっか」
「変わった人だなぁ」
と呟きつつ、それは僕らも同じだ、と思い笑う。自嘲して笑ったそれを、「あ! またバカにして笑ってるな!」と有理栖に怒られた。




