第45話 奏
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「ちーちゃ~ん。LINE全然、繋がらないんだけど~! む~! 嘘のLINEを教えたな~?」
「いや……、嘘の相手を教えるほど交友関係広くないんだけど」
「むう~! 嘘だよ~! ちーちゃん、女友達いっぱいじゃん!」
「そうね。千尋は浮気症だから」
「い、いや……、僕は、そんな浮気とか無理……」
「未来ちゃんでしょ? 沙耶さんでしょ? それに、その女……、愛人ばっかりじゃん!」
「い、いや……、そういう関係じゃないし」
「でも、ちゅーしたんでしょ~? ちーちゃんは」
「そうね。した」
「そ、……それは体が硬直して動けなかったからで……」
「もぉーっ、ちーちゃん! 浮気ばっかりイライラする~!」
「なんでめぐみがイライラするんだよ」
「イライラするからあたしもちゅーするぅ~!」
「え……、あ、うわぁ……!」
リビング。千尋はイスに座っている。めぐみは千尋に抱きついてキスをする。勢いよく床に倒れる。千尋は抵抗するが、相変わらず腕力が足りない。
めぐみは頬や口に愛情溢れるキスをする。抱きしめる力が強い、息が苦しい。重たい。と千尋はもがく。
「ちゅううう~っ、ぷはぁっ、あ。ちーちゃん、ごめんね。あたし、薬飲んだばっかりだった。口苦くなかった?」
「……、ぐっ……、いや、苦くなかったけど」
「ちーちゃんが浮気ばっかりだから、あたしは姉として残念なのですよ」
「浮気してないし」
「ちーちゃんがちゅうしていーのは、家族だけです」
「いや……、家族だけってあおいちゃんは……」
「あおあおも家族だもん。ちーちゃんの嫁」
「そう。嫁」
「だ、だれがそんなことを勝手に……」
「千尋は嫌なの? 私と結婚」
「いや……」
「嫌?」
「いや、そのいやは、嫌じゃなく……」
「意味不明ね。千尋は日本語力も子供ね」
「う、うるさいな。義務教育をちゃんと受けてないんだから、仕方ないだろ」
「まぁ……、それは。そうね」
「僕は、小学校も中学校もまともにいってないんだぞ! 仕方ないじゃないか」
「ん? 小学校……も?」
「あ……」
「千尋?」
千尋は父親に虐待を受けていた。小学校は不登校がちだった。三年生のころ、父が逮捕され、千尋は入院した。復帰したの五年生になってから。
しかし、千尋はその全てを忘れたことになっている。
トラウマから逃げるために作った偽物の物語。
不登校ではなかった人生。
だが、最近思いだした。
あおいや琴音と昔から会っていたこと。有名な事件の被害者が自分であること。事件は連日テレビで報道された。未だ、ドキュメンタリーや特集で、取り上げられることもある。書籍も多数出ている。日本の児童虐待事件の代表的な事例である。
「千尋……?」
「あ……、いや、あの、えっと」
「千尋もしかして……」
「あ、ち、違うよ! 小学校の時なんてボケッとしてただけだから、全然、勉強にならなかったって意味で」
「そう……、なの?」
「ちーちゃん?」
「千尋……、ほんとは……」
「あ、めぐみ。LINE繋がらないなら僕から連絡してみようか?」
「え? だめだよ~。ちーちゃんはもうその女と話すの禁止。繋がらないなら、家に突撃する~」
「いや、やばいだろ。それは」
「突撃してチューするだけだから大丈夫だよ?」
「僕にはキス禁止とか言うのに、自分は他の女とキスするのか」
「んにゃ? ちーちゃん嫉妬?」
「ち・が・う」
「――千尋く~ん。せんせーと一緒に病院行く?」
十時。
午後出勤の琴音は、外出用の化粧をしていた。髪を整えてリビングに戻ってきた。ブラウスにスカート。上品な格好だ。
「は? なんで」
「だって千尋くんのために薬をもらってくるんだから、ちゃんと診察した方が……」
「いや、結構です」
「今日は水澄先生だから、うれしいと思うけれど……」
「美澄先生って? せんせー?」
「あぁ、メグには言ってなかったっけ? 私が休みの時に、精神科の外来診察を担当してる女の先生」
「え~、女のせんせー?」
「そっ。とっても美人でセクシーなのよ。千尋くんも、水澄先生のことは大好きなの」
「ち・ひ・ろ」
「あ、あおいちゃん……、違うよ。先生が勝手に言ってるだけ」
「ちーちゃん浮気ばっかり~!」
「千尋くんは男の子だから、本能に従ってるのよ。男の子は、たくさんの女性に自分の遺伝子を注ぎ込みたいからね」
「千尋最低」
「ちーちゃんのえっち~! あたしにも注ぎ込んでよ!」
「いや、そのツッコミおかしいような……」
「琴音にも注ぎ込んで!」
「なにを注ぐんだよ。なにを」
「え? それを先生に言わせたいの? んもう~、千尋くんのえっち!」
「誰が変態だ!」
千尋はイライラする。ゆるくなっためぐみの拘束から脱出。勢いのままに、あおいの側に行く。
「なに? 千尋」
「あおいちゃん。僕、頑張るから」
「……? なにを?」
「僕、あおいちゃんの期待に応えられるように、病院に行ってくる」
「……? そう」
「うん! なんとか診察を受けて、元気になる薬をもらってくるよ!」
「ん。頑張って」
「頑張れ~ちーちゃん! あたしも頑張るから~」
「なにを頑張るんだ。めぐみは」
「ちーちゃんが元気になるよ~に、あたし応援する。チアリーダーの格好して、頑張れ頑張れ~ってゆーの!」
「いや、気持ちは嬉しいけど……、なんかヤバイ気がするのでいいです」
「あおあおと、ちーちゃんがしてる間、ずっと応援してるね! 側で!」
「いや、結構です」
「ふふふ。みんな仲がよくて先生はなによりだわ」
「仲がいいのか、これは」
「奏がいたらもっと嬉しいのだけど、少学校はいかないとだからねぇ」
日高奏は、小学校に通っている、市立王川小学校。入間川の畔にある市立小学校。家から歩いて十分ほど。聖愛学園とは反対の方向にある。
クラスでは目立たない存在。奏は人見知りがちで、友達が少ない。友達は千尋の容姿を気に入った一部の女子だけである。男の子と話すのも苦手。声が出せないことは周知の事実。具体的な事情は誰にも話していないが、クラスは受けいれている。
――ピロロンッ。
「あ、LINE。誰からかしら」
「にゃ~? 例の女~?」
「いや、先生には教えてないけど」
「……、え?」
「やっぱり女~!」
「奏が……、小学校来てないって」
「……え?」




