表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/122

第37話 誘拐、してもいいよね?

37


 校門を出る。千尋はぎゅっと手を握られている。西園深紅。整った顔。美形。愛らしい声。仕草。表情。人のよさそうな雰囲気だが、正体は不明だ。あおいたちに連絡をしたいが、スマホは取り上げられた。恐らく、LINEは山積み。返事が来ないので、あおいは怒っている。後で、お詫びのキスを山ほどさせられるのだろう。と、千尋は気を落としていた。


「千尋くんはぁ、いくつ~?」

「じゅ……、十六」

「え~? 十六歳?」

「そ……、そうです」

「見えな~い! 深紅はびっくりだよ~!」


 深紅は嬉々として驚いている。仰々しいリアクション。嘘なのか素なのか、千尋には見分けがつかない。

 制服の群れの中を通る。千尋は興奮を通り越している。いつ、倒れてもおかしくない。が、必死に耐える。あおいたちに申し訳ないからである。


「なんて……、ほんとは知ってたんだけど」

「……?」

「花村先生に聞いたんだ~。千尋くんの正体」

「……ッ!」

「高校二年生なんだよね? 同い年じゃん!」

「……きみは一体……」

「ふふふ、大丈夫。焼いて食べたりしないから」

「いや、それは想定外ですけど……」

「千尋くん、さっきからぷるぷる震えて、大丈夫? 緊張してるの?」

「いや……、あの……、ぷるぷる……」

「そっかー! あたしにぎゅってされてるから、ドキドキしちゃってるのか! そかそか~」

「うーん……、ある意味正解だけど……、違う」

「ウブでかわいい~。声もかわいい~。千尋くんって身長何センチ?」

「ひゃ、一四五㎝……」

「きゃあっ~、ちっちゃくてかわい~! 子供みたい~」

「う……、うるさいな」

「え? 怒った? 怒ったの?」

「お、怒ってないですけど……」

「んんん~、怒ってる感じもかわい~! 同い年にはとても見えないよ」

「よく言われます」


 バス停聖愛学園前で止まる。千尋はこれからどこに行くのか分からない。とても質問など出来ないが、以前に比べ、余裕のある自分に気がつく。

 昔、知らない女性に連れ去られそうになった時は、一言も話せなかった。女性は、三十歳のお姉さん。千尋の姿に母性本能をくすぐられ、逆ナンをした。拒否の出来ない千尋は、そのまま食事、買い物と付きあわされ、デートをした。家に連れ込まれたが、千尋のGPSを確認して、めぐみが助けに来た。

 千尋はその日の記憶がない。極度のパニックや、緊張状態になった時、千尋は記憶を失う。「耐えられない」と、脳が判断し、意識的に思いだせないようになる。

 千尋の脳はボロボロ。体も心も正常な高校二年生とはいえない。

 それでも、少しずつ成長をしている。

 深紅と、会話が出来るのが証拠。辿々しいが、言葉を返せる。意識もある。


「これ……、これから、どこ、行くんですか?」

「うーん、知りたい?」

「は、はい」

「おっしえなーい」

「え、な、なんでですか?」

「だって誘拐する男の子に教えるわけないじゃーん」

「ゆ、誘拐?」

「そだよ? これからあたしは千尋くんを誘拐するんだから」

「う……、うぅ……」

「誘拐、してもいいよね?」

「え……、あ、……、うぅ」

「否定しないってことは、いいんだよね? 誘拐しても」

「そ、それは……」

「大丈夫だよ! 痛いことはしないから。どっちかといえば気持ちいことするだけだから」

「は……、はいぃ……」


 誘拐されたことは何度もある。中学時代はひきこもりだった。外に出るようになったのは高校に入ってから。それから一年半の間で、何回も事案があった。

 千尋はそれを誘拐とは思わない。もう高校生だ。誘拐されるような年齢ではない。法律上、大人が未成年者を連れ去れば、どんな理由であれ「誘拐罪」が適用されるが、それは別。子供扱いされるのは嫌なのである。

 深紅は、高校二年生。同い年だ。誘拐罪も適応されない。これは誘拐ではない、ただの外出。なのだが、そう思われない。初めて会った深紅にすら、子供扱いされる。もう慣れたが、いい思いはしない。


 バスが来る。一六時二五分発。狭山市駅西口行き。他の生徒と共に千尋はバスに乗る。


「深紅~? なに? その子? 初等部の子?」

「違うよ~。彼氏~!」

「え? 彼氏~? あはは、なにそれ~」

「あたしの運命の人。だーりんだよ」


 乗り合わせた友達。深紅に話しかける。手を繋いだ二人。友達の大崎瑞穗は、関係を気にする。深紅は気さくに答える。愛嬌のある笑顔。友達が多いのだろうな、と千尋は思う。

 人見知りで、ひきこもりな自分とは違う世界に生きているのだ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ