第37話 誘拐、してもいいよね?
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校門を出る。千尋はぎゅっと手を握られている。西園深紅。整った顔。美形。愛らしい声。仕草。表情。人のよさそうな雰囲気だが、正体は不明だ。あおいたちに連絡をしたいが、スマホは取り上げられた。恐らく、LINEは山積み。返事が来ないので、あおいは怒っている。後で、お詫びのキスを山ほどさせられるのだろう。と、千尋は気を落としていた。
「千尋くんはぁ、いくつ~?」
「じゅ……、十六」
「え~? 十六歳?」
「そ……、そうです」
「見えな~い! 深紅はびっくりだよ~!」
深紅は嬉々として驚いている。仰々しいリアクション。嘘なのか素なのか、千尋には見分けがつかない。
制服の群れの中を通る。千尋は興奮を通り越している。いつ、倒れてもおかしくない。が、必死に耐える。あおいたちに申し訳ないからである。
「なんて……、ほんとは知ってたんだけど」
「……?」
「花村先生に聞いたんだ~。千尋くんの正体」
「……ッ!」
「高校二年生なんだよね? 同い年じゃん!」
「……きみは一体……」
「ふふふ、大丈夫。焼いて食べたりしないから」
「いや、それは想定外ですけど……」
「千尋くん、さっきからぷるぷる震えて、大丈夫? 緊張してるの?」
「いや……、あの……、ぷるぷる……」
「そっかー! あたしにぎゅってされてるから、ドキドキしちゃってるのか! そかそか~」
「うーん……、ある意味正解だけど……、違う」
「ウブでかわいい~。声もかわいい~。千尋くんって身長何センチ?」
「ひゃ、一四五㎝……」
「きゃあっ~、ちっちゃくてかわい~! 子供みたい~」
「う……、うるさいな」
「え? 怒った? 怒ったの?」
「お、怒ってないですけど……」
「んんん~、怒ってる感じもかわい~! 同い年にはとても見えないよ」
「よく言われます」
バス停聖愛学園前で止まる。千尋はこれからどこに行くのか分からない。とても質問など出来ないが、以前に比べ、余裕のある自分に気がつく。
昔、知らない女性に連れ去られそうになった時は、一言も話せなかった。女性は、三十歳のお姉さん。千尋の姿に母性本能をくすぐられ、逆ナンをした。拒否の出来ない千尋は、そのまま食事、買い物と付きあわされ、デートをした。家に連れ込まれたが、千尋のGPSを確認して、めぐみが助けに来た。
千尋はその日の記憶がない。極度のパニックや、緊張状態になった時、千尋は記憶を失う。「耐えられない」と、脳が判断し、意識的に思いだせないようになる。
千尋の脳はボロボロ。体も心も正常な高校二年生とはいえない。
それでも、少しずつ成長をしている。
深紅と、会話が出来るのが証拠。辿々しいが、言葉を返せる。意識もある。
「これ……、これから、どこ、行くんですか?」
「うーん、知りたい?」
「は、はい」
「おっしえなーい」
「え、な、なんでですか?」
「だって誘拐する男の子に教えるわけないじゃーん」
「ゆ、誘拐?」
「そだよ? これからあたしは千尋くんを誘拐するんだから」
「う……、うぅ……」
「誘拐、してもいいよね?」
「え……、あ、……、うぅ」
「否定しないってことは、いいんだよね? 誘拐しても」
「そ、それは……」
「大丈夫だよ! 痛いことはしないから。どっちかといえば気持ちいことするだけだから」
「は……、はいぃ……」
誘拐されたことは何度もある。中学時代はひきこもりだった。外に出るようになったのは高校に入ってから。それから一年半の間で、何回も事案があった。
千尋はそれを誘拐とは思わない。もう高校生だ。誘拐されるような年齢ではない。法律上、大人が未成年者を連れ去れば、どんな理由であれ「誘拐罪」が適用されるが、それは別。子供扱いされるのは嫌なのである。
深紅は、高校二年生。同い年だ。誘拐罪も適応されない。これは誘拐ではない、ただの外出。なのだが、そう思われない。初めて会った深紅にすら、子供扱いされる。もう慣れたが、いい思いはしない。
バスが来る。一六時二五分発。狭山市駅西口行き。他の生徒と共に千尋はバスに乗る。
「深紅~? なに? その子? 初等部の子?」
「違うよ~。彼氏~!」
「え? 彼氏~? あはは、なにそれ~」
「あたしの運命の人。だーりんだよ」
乗り合わせた友達。深紅に話しかける。手を繋いだ二人。友達の大崎瑞穗は、関係を気にする。深紅は気さくに答える。愛嬌のある笑顔。友達が多いのだろうな、と千尋は思う。
人見知りで、ひきこもりな自分とは違う世界に生きているのだ、と。




