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第30話 感じちゃうの?

 30


 週明け。九月一三日。月曜日。優木千尋は、聖愛学園高校に招待された。山吹未来は学園の二年生。新聞部の部長である。上級生はいない。新聞部は、二年生と一年生のみである。部は開校以来六十年の歴史がある。が、一つ上の代では人気がなく、部員〇。四月から、未来は部長として活動をしてきた。

 聖愛学園高校は自宅から歩いて一五分程度。千尋の小さい歩幅でも、そう遠くない。智光山公園を横目に、学校へ向かう。

 午後三時。六時限目がもうすぐ終了。秋風を受けて校門へ向かう。赤い煉瓦造りの門。並木通りの匂い。聖愛学園高校は、入間川に面する学校である。小学校から大学までの一貫教育の女子校。建物や校庭はそれぞれ独立している。

 午後三時過ぎ。下校する小学生や中学生が千尋を横切る。人が苦手な千尋。一人では、知らない場所へ行けない。

「こんな子供たちにも、感じちゃうの?」

「変な言い方するな」

「でもぷるぷる震えて。興奮してるみたい」

「違う。これは」


 人の声。子供の声。甲高い音。鈴の音。たくさんの音が混ざり合っている。風が遮るが、声は途切れない。自動車の音。爽やかな木々の匂いを、排気ガスが割っている。

 千尋はカタカタと震えている。人が苦手。声が苦手。特に大人。それも男性が苦手。子供にはPTSDの影響は少ない。昏倒するほどの発作はあまり起きない。が、大勢集まると別。子供でも人間。「子供だ」と、割り切れるほど、脳が万全ではない。痙攣。頭痛。めまい。頻呼吸。症状がでる。


「違う? じゃあなに? なんで震えちゃうの?」

「これは……、病気だ。ただの。病気」

「ふぅーん。まぁ、なんでもいいけれど」

「そうだ。なんでもいいんだ。こんなの」

「倒れたらちゃんとおんぶしてあげるから大丈夫だよ」

「無理だろ。あおいちゃんには」

「そっかなぁ? めぐみちゃんほど大きくはないけど、私も千尋よりは大きいし。持てそうだけど」

「でもあおいちゃん細身だし、さすがに……プルプル」


 千尋の隣には川澄あおい。千尋のために着いてきた。

 平日。学校は休んだ。サポート授業は、単位認定には影響がない。休むのは自由。千尋たちは行きたいところへ行ける。

 中野から電車に乗り、狭山市に来た。ブラウスとピンクのスカート。足は細く、肌は白い。透明感。儚げな美少女。

 身長は一五〇㎝代中盤。体重は四十五キロ。小柄だが千尋よりは大きい。

「カタカタ……、プルプル」

「大丈夫?」

「だいじょうぶ!」

「おんぶしてあげよっか? ね?」

「いいよ、行けるから」

「千尋はほんと、生きづらそう。どうやって生きていくの? これから」

「さぁ……、わかんないけど」

「一人じゃどこも行けないし、大人の人が苦手だし……、仕事なんて絶対無理じゃない」

「なんとか……、するよ」

「なんともならないでしょ。取り柄の容姿だって、いずれ老けていくんだし……」

「取り柄じゃないから。老けた方がマシ」

「まぁ……、どうなっても私が面倒みたげるから安心しなさい」

「は? なんで……」

「私、先生みたいな精神科医になる。なれなかったら、福祉ボランティア団体を作って、私たちみたいな子供の居場所を作りたいの」


 あおいの夢は琴音になることだ。行き場所のない子供を支援する。医者になりたいと勉強をしている。学校の成績は悪くない。が、医学部に入れるほどの学力はない。医者になれなければ、カウンセラーになりたい。大学で心理系の学部を卒業し、大学院に行き、国家資格の「臨床心理士」資格を取りたいと思っている。児童福祉施設や学校カウンセラーをやりたい。琴音のように、里親にもなりたい。フリースクールのようなボランティア団体も作りたい。夢は広がる。


「私が養ったげるから。安心だね。よかったね」

「よくないよ。僕は、もっと普通に生きられる人になりたいんだから」

「じゃあ、頑張らないとね」

「う、……うん」

「よぉーし。じゃあ、まずはここから一人で学校まで歩いてみよう」

「お、おう。頑張る……ぷるぷる」

「ふふ。足、震えてるよ? 大丈夫」

「大丈夫だ!」

「一人で出来る? 学校まで行ける?」

「行けるよ。み、見てろよ。僕だって……」


 歩道を子供たちが歩いていく。聖愛学園は私立の学校。小学生から制服がある。紺色のブレザー。黄色い帽子。タータンチェックのカバン。

 千尋の震えは止まらない。一歩進むが、左右にふらつく。二歩進むと、呼吸が荒くなる。

 視線を受ける。子供たち。そして、下校を見守る大人の目。

 小学生の横で震えている。呼吸が荒くて、険しい表情。どう見ても不審者である。

 が、千尋には取り柄がある。本人は嫌い。が、周りには長所と思われる童顔。小柄。

 パーカーに短パンの千尋。髪は黒。短くて少しくせ毛。

 見守りする大人は、千尋を気にする。聖愛学園。初等部の教師。交野優里は千尋を見る。そして思う。どこの子供だろう、と。

「ちょっときみ? 大丈夫かしら? なんか苦しそうだけど」

「大丈夫……、ですよ」

「うちの学校の子? どこの子?」

「英朋学園ですよ」

「……? それはどこの小学校……」

「高校生です! 池袋の」

「……? はいはい。そうね。で、本当は?」

「本当に高校生だ!」

「……、うん。わかったから。お姉さんはね、真面目なお話をしてるのよ。それに目上の人にはちゃんと敬語を使いなさい」

「知らないよ、くそ」

「汚い言葉はだめですよ」

「……、くそ、みんな子供扱いして……」


「ちーひーろ。頑張って~」

「う、うるさいな」

「……? 姉弟? かしら?」

「カップルだ!」

「うん。よく言えました」

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