第29話 いや、ストーカーだろ。それ!
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「あんた……、また僕たちのこと調べてたの?」
「す、すいません。悪気があったわけじゃないんですけど」
「いや、ストーカーじゃん。嫌な気持ちになるから、やめてよ。僕、そういうのほんと苦手なんだから」
「いーじゃない。見られるくらい。見られて困ることもないでしょ?」
「そーそー。取材してもらえるなんて、有名人みたいで嬉しいじゃん!」
「いや、僕、人の目とか苦手だし……、余計、外が苦手になるよ」
「でも、千尋さんたち、とってもよかったですよ。楽しそうだったし。いきなりキスしたり……、こっちまでドキドキしてしまいました」
「でもだめだよ。山吹さんとか言ったっけ? 千尋は私のものだからね。あげないから」
「え? いや、私はそういうつもりじゃないんです。あの……、その、取材がしたくて」
「取材?」
「はい。あなた川澄あおいさんですよね?」
「そうだけど」
「ちょっと特殊な人生を歩んでいるあなた方に興味があって。もしよかったら、ノンフィクション小説を書きたいなぁって」
「え? 記者になりたいんじゃないの?」
「はい。ノンフィクション小説を書いて、話題になって、その実績で、新聞社に入りたいなぁって」
未来は平凡な女子高生である。勉強は少し得意、容姿は、まあまあいい。スタイルも悪くない。友達も少なくはない。性格は明るくて熱心。だけど、人見知りもする。緊張もする。恥ずかしさもある。どこにでもいる、女子高生。
将来の夢は記者。社会部の記者になりたい。刑事事件の取材をして、記事を書きたい。社会問題のことも書きたい。児童虐待。不登校。ひきこもり。同世代の児童福祉に興味がある。
なにかと話題のテーマ。親になれない親。世代間の連鎖。世間の関心を惹く。
未来は、児童虐待。子供の貧困。いじめや不登校の問題を描きたいと、以前から思っていた。同性代だからこそ分かる気持ち。実体。それを掘り下げて、記事にする。きっと話題になる。いい記事になる。女子高生が書いた児童虐待の記事。内容がよければ、きっと評価される。高校生の新聞コンテストで、賞を取れるかもしれない。
そして、そんな折りに発生した、連続未成年暴行事件。調査を進め、出会った千尋たち。
未来は、高揚していた。こんな出会いは中々ない。格好のネタなのである。
暴行事件の被害者は不登校の児童ばかり。社会のレールから外れた千尋たちの視点を踏まえつつ、事件の全容を描けば、とても面白い文章になると思った。
一度、火がつくと止まらないのが未来の性格。周囲が見えなくなり、体の限界まで動き続ける。無尽蔵のエネルギー。躁状態。が、そんな自分のことが未来は嫌いではない。物事に集中しているときは、他のことを忘れられる。とても楽しい気持ちだ。だから悩んでいない。専門家の治療を受けたこともない。
「千尋さんとあおいさんの、ラブラブっぷりも、ちゃんと書きますから」
「え? 書くの?」
「はい! もちろんです! お二人の仲の良さを記事にして、全世界に公開しますよ!」
「いや、やめて欲しいんだが」
「それはいいわね。素敵」
千尋とあおいは同時に真逆の感想を言った。お互いの言葉に驚いたのか、静止する。顔を見合わせる。
「いや、素敵じゃないだろ。困るでしょ。お互い」
「なんで? いいじゃない。千尋と私のことが色んな人に知られるんだよ?」
「いや、知られたくないだろ」
「……なんで?」
「え? なんでってそりゃ……」
「なんでいやなの? みんなに知ってもらえた方が嬉しいじゃない。そしたら、愛だってもっと深くなるのに」
「いや……、恥ずかしいだろ」
「恥ずかしくないわよ。ドキドキして、嬉しいこと。千尋はどうかしてる」
「ま、……、メンヘラだから」
「うん。そう。千尋も私も頭がおかしい。でも、それが私たちなんだから、堂々としてましょうよ」
「なんか論点がずれてる気がするけど……」
「ずれてない。素晴らしいこと」
「いや……、でも」
「わかった? 返事は?」
「は、はい……」
あおいは真っ直ぐだ。自分の信念を疑わない。愛情は素晴らしいこと。心が揺れ動くことは尊いこと。千尋はそんなあおいを知っている。長所だと思っている。好きな部分でもある。が、時々、圧倒されてしまう。
「三上先生や雪村めぐみさんも、素敵に書きますよ! すっごいかわいいお姉さん先生と、すっごい家庭的な女子高生って」
「ん、まぁ、当然ね。私、かわいいお姉さん先生だし」
「家庭的な女子高生ってい~ね~!」
「はい。なのでよかったら、これからも取材させてくれませんか?」
「まぁ、これはみんなに聞くべきね。主役は私じゃなくて、千尋くんたちだし」
「あたしはいーよ~」
「私も勿論、賛成」
【いいよ】
「いや……、ま、たまの取材くらいだったらいいけど……実名は伏せて欲しい」
「なんで? 名前がなかったら私たちのことってわからないじゃない」
「でも……、恐いし」
「恐くない。なにかあっても、私が守ったげるから」
「そういう問題?」
「うん。そう。だから大丈夫」
「うーん、でも取材って言ってもねぇ……、なにするの? 具体的に」
「え? なにって全部です」
「……?」
「千尋さんたちの日常をずっと見させて貰って、写真撮ったり録音したり……、あ! でも、それをしてるって分かっちゃうと、リアルじゃなくなっちゃうので、私がこっそりするって感じですね」
「……つまり?」
「今日みたいにさせてもらうってことですよ」
「いや、ストーカーだろ。それ!」




