第28話 だからちゅーして
28
【怪しい人、いましたか?】
「あ……、うん。今のところは……、そんなにいないんだけど」
「そんなにって。居ることは居るんですか?」
「う、うん……、まあ、ね」
【その人が暴行事件の犯人なんですか?】
「さ、さぁ? 分からないけれど。怪しいことは怪しいわね」
「一体、どんな人が暴行事件を起こしてるんですかね~。あたし、恐いです」
「そうね。不登校の子が狙われてるって噂もあるし……」
「ああ、山吹さんも言ってたっけ」
「だれ? その女?」
「え……、あ、あぁ、ほら。聖愛学園の新聞部だっていう、女子高生。こないだうちに来たって話したじゃん」
「かわいかった?」
「え、……、あ、あぁ、うーん。美形だったとは思うけど……」
「はぁ? なにその返事」
「え?」
「彼女の前でそんなこと言う? 千尋頭おかしいんじゃないの?」
「え、いや、だって訊いたのはあおいちゃんじゃ……」
「だ・か・ら。なに? 返事がおかしいって言ってるの」
「返事?」
「そうよ。他の女がかわいかった? って訊かれたら、あおいちゃんの方がかわいいって言うのが常識でしょ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。千尋は相変わらず女心が分かってない。バカ。ぷいっ」
「ご、ごめん……」
「だめ。キスは?」
「え? いや……、今はちょっと……」
「なんで?」
「いや、沙耶さんとか居るし……」
「だから? なんでだめなの?」
「いや、だってほら……、ね? 分かるでしょ」
「分かんない。なんでだめ? なんで?」
「そ……、それは」
「恥ずかしいの? なんで? 彼女なのに? キスできないの? かわいくないから? その女の方がかわいいから?」
「いや、あおいちゃん、そんなメンヘラみたいな……」
「だってメンヘラだもん」
「そうだった!」
「はい。わかった? だからちゅーして」
「う……」
あおいは人形の笑みで千尋を見る。大きな瞳。済みきっていて吸い込まれそうだ。千尋は困惑している。が、視線を感じる。あおいの視線。そして、周りの目。琴音たちが千尋を見ている。バカにするような顔。不思議に思っている顔。状況を理解していない顔。そして、呆れるような顔。
静寂が流れる。あおいの「ん」という声だけが響く。鳥の音。池から飛びたつ鳥の音。羽ばたく音。
千尋は、逃げられない。プレッシャーに負けて、あおいにキスをする。みんなに見られながら。
――ちゅっ。
「ん……、じゅる……、ありがと」
「じゅる……、うん」
「うふふ。みんなに見られながらするちゅーもいいものね。愛を感じる」
「そ、そうだろうか」
「うん。ドキドキした」
「それって愛なんだろうか」
「愛だよ。心がじーんとするのはみんな愛」
「まぁ、愛について語れるほど経験はないけど……」
「愛よ。愛。ね? 先生」
「そうね。心を揺れ動かすものは、愛。だって心はハート。ハートはラブだものね」
「そう、なんですね」
「うん。あおいの心へ、千尋くんの愛が伝わっているのよ。羨ましいわ。ラブラブで」
【愛。愛】
あおいがキスへこだわりを見せるのは、琴音の影響だった。キス魔の琴音は、酔うと誰彼かまわずキスをする。医療センターに入院していたころ、琴音は業務中に酒を飲むことがあった。酔った琴音に、キスをされて、あおいは感じた。なにも感じない心。自己の同一性が損なわれ、自分がなくなった心。だけど、感じた。琴音はそれを、「愛」と言った。否定してはいけないこと。嬉しいことなのだと。そしてあおいは、学んだのだ。
「ま、千尋くんたちも気をつけてね。未来ちゃんから訊いたと思うけれど……、その、不登校の子が襲われてるから」
「はい。気をつけます」
「でも、立本さんがいれば大丈夫ですね。きっとすぐ犯人を見つけてくれますよね?」
「うーん、ま、頑張るわ」
【大丈夫。なにかあっても私が守る!】
「頼もしいわね」
「かなりんは、総合格闘技習っててすごい強いんですよ~」
「そうね。かなちゃんがきっと一番強い」
【うん。一番弱いのはちひろ】
「それは否定できない……、悔しいけど」
体も小さいが、暴力への耐性もない。男性の怒鳴り声を聞くだけで、動悸がする。自分には関係のない声であっても、発作が起きる。過呼吸。パニック。やがて昏倒する。とても、格闘技など出来ない。千尋は自嘲する。
「ま、怪しい人見つけたら、教えてね。私、しばらくここにいるから」
「はい。でも……、あたし、さっきから、その……、一人、変な人見つけてるんですけど」
「え? めぐみちゃんそうなの?」
「は、はい……、あたし、なんか勘がよくて」
「薬の影響で、五感がおかしくなった結果、他の感性が鋭くなったのかしらね」
「それでその……、あの人なんですけど……」
とめぐみは、沙耶の後方を指さす。随分と先。池エリアの向こう。雑木林の中。千尋やあおいが目を懲らす。よく見ると、白い影。チラチラと反射する。さらに見ると人影。顔。髪。影はマスク。髪が明るい色。茶色? オレンジ? 千尋たちの視線に気づいたのか、慌てて立ちあがる。どう見ても怪しい人物である。
「あ、あぁ……、まあ、あの子は。怪しいけど、知ってる子だから、ま、いいわ」
「知ってる子?」
「そ、そうね。みんなも知ってるでしょ?」
「……?」
「未来ちゃん」
沙耶は困った顔で沙耶へ視線を送る。そして手招きをする。
怪しい人影の正体は山吹未来。聖愛学園の生徒。千尋たちを取材する女子高生である。
「あの子……、取材熱心なのはいいんだけれど、ストーカー気質があってね……。一度、執着すると止まらなくなっちゃうの。琴音に言わせれば、なんか、病名つけられちゃうかもしれないけど」
未来は、千尋たちのことが気になっていた。殺人や監禁事件の被害者である。高校にはそんな人は居ない。記者を夢みる少女。格好の取材相手なのである。以前、接触を図ってからも、千尋たちのことを調べていた。調査の名目で、後をつけたり、会話を盗み聞きしていた。ストーカー一歩手前の危険な行為である。




