第27話 みんなでデート
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九月十一日。土曜日。千尋は公園に居た。智光山公園。家から車で一五分程度。聖愛学園の隣にある自然公園だ。雑木林。人工池。川。広大な敷地には動物園やキャンプ場があり、自然を感じられる。テニスコートや運動場もあり、市民の憩いの場として利用される。
琴音を含む家族四人。そしてあおいの五人で、遊びに来た。
「日光や自然に触れることは生活リズムの改善には大切よ。疲弊した自律神経を癒やす効果もあるわ」
「人が少ないから千尋でも大丈夫そう」
「ちーちゃん人苦手だしね~」
「まぁ……、少ないのは助かる」
【バーベキュー楽しみ~】
公園は狭山市の端にある。周囲は田園が広がっている。市の人口一二万。が、狭山市駅以東に人口は集中している。公園に人気は少ない。広大な敷地に対し、利用客は限られる。日高市や鶴ヶ島市に繋がる場所。アクセルは悪く、観光する場所でもない。利用客はもっぱら市民。が、年中、訪れる場所でもない。管理費は税金。利益は求めていない。いつ来ても、静か。植物の甘い匂いが心地いい。
雑木林の散歩コースを数十分歩いた後、公園の中央にある人工池でしばし休息する。空は快晴。秋晴れだ。風は少し北風。イスに座り歩いた体を冷ます。
自動販売機で買った飲料を飲む。めぐみはオレンジジュース。琴音とあおいはコーラ。奏と千尋はお茶だ。
「はい。千尋。あーん」
「……、う、いや、自分で飲めるから」
「いいから。はい。飲んで」
「うぷっ……、いや、ちょっと……、グビグビ」
「かわいい彼女に手伝ってもらえて嬉しいね」
「もぐもご……、ぷはぁっ、い、いや……、苦しいんだが」
「またまた~、恥ずかしがっちゃって~」
「いや、恥ずかしがる前に窒息しそうなんだが」
「幸せで窒息?」
「胸がいっぱいで?」
「うんうん。そうそう」
「なわけあるか」
あおいは千尋の隣に座りペットボトルのお茶を手に持つ。微笑しながら、千尋の口元へ、ペットボトルを押し込んでいる。千尋は嫌そうな顔。時々、口からお茶が溢れ出す。あおいは能面の顔。だが、ふざけている、と千尋は分かる。もうすぐ二年の付きあいになる。声も顔も淡々としているから、感情は読み取りづらい。が、長年一緒に居れば、千尋には多少分かる。
「あ~、あーちゃんずるい~。あたしもする~!」
「ぷはぁ…、いや、しなくていいから」
「うん。いいよ。よかったね千尋」
「いや、僕の言葉聞いてます?」
「じゃー、ちーちゃん。お口開けて~」
「いや、もう限界なんだけど」
「またまた~嬉しさに限界なんてないよ~? ほらほら~、いっぱい飲んでね~」
「もご……、うぅ! あぁあぁ……」
めぐみは、オレンジジュースを千尋に飲ませる。拒否するが、千尋は無防備だ。体格が小さい自分の弱さを自覚している。猛烈に抵抗しないので、すっかりいじられ役である。めぐみやあおいは、千尋をからかうことに喜びを感じる。
――「あ、琴音? それにみんなも……」
そんな時、女性が声をかけてきた。聞きなじんだ声。千尋は息が苦しくて目を閉じていた。女性の顔は見えない。が、声で分かった。よく知っている声だ。
「あら、奇遇ね。沙耶。どうしたの? 散歩?」
「散歩って言うか、仕事仕事。みんなはなに? 家族でデート?」
「うん! デートデート! ちーちゃんとみんなでデート」
【こんにちわ】
奏はスマホの画面を沙耶に見せる。
「こんにちは。仲良そうね。相変わらず」
「ごほっ……、仲良くないです。いじめられてました」
「いじめてないでしょ。千尋をいっぱい愛してあげてたんだから」
「いや、どこが?」
「そっちの子は……、もしかして川澄あおいさん?」
「あ……、はい。そうです。あおいです。あなたは、立本さんですよね?」
「あら、知ってるの?」
「はい。千尋からよく聞いてます。先生の飲み仲間だって」
「ははは……、まぁ、琴音とは長いから……」
立本沙耶。三二歳。狭山市警の生活安全課に勤務する巡査。黒髪のショート。背は高くないが、体型はしっかりとしている。琴音とは高校時代に趣味を通して出会って以来、親友。東村山市警に勤務していたころに、千尋の事件の担当もした。千尋はその事実を忘れていることになっている。が、最近思いだして、沙耶に相談をした。相談されたことは秘密にしている。千尋の依頼によって。
「仕事~? 沙耶。私服で?」
「ま、制服を着なきゃいけない仕事だけじゃないからね~」
「怪しい仕事なんじゃないの~?」
「ま、そうとも言える」
「なんだそれ」
「あのね……、これは秘密なんだけど、犯行予告があったのよ」
「え? 犯行予告?」
「うん。知ってるでしょ? 未成年連続暴行事件」
狭山市で頻発している未成年者への暴行事件。二〇名以上の被害者を出している。犯人は未だ逮捕されていない。沙耶の紹介で、高校の記者だという山吹未来が家に来たこともあった。未来の高校は、この公園のすぐ隣。聖愛学園高校だ。公園の管理を園芸部が手伝うとも千尋は聞いていた。
「今日ね、ここに来た子供を襲うって、公園のTwitterにメッセージがあって」
「Twitterなんて、やってたんだ~」
「時代ね。千尋」
「いや、僕はわかんないけど」
智光山公園公式Twitter。フォロワーは二二一名。公園の写真や、スタッフの紹介が主である。更新は週に二回程度。公園の近況を把握できるメリットはある。更新担当は、若手の職員である。
「まぁ……、イタズラの可能性もあるしねぇ……、その辺りは中々難しいところでね。で、私、今日は非番なんだけど、念のために、ってこともあって、来たわけよ」
「暇だから?」
「ちょっと琴音~! そんな言い方しないでしょ~。私だって彼氏くらい居るんだから」
「へー、高校生男子?」
「え、い、いや、そんなわけないでしょ」
「でも、沙耶は若いことが好きだから」
「もっと大人!」
「まぁ……、さすがに犯罪は出来ないか。警察官だし」
「大学生!」
「いや、若! どこで知りあったの?」
「ひ・み・つ」
沙耶は琴音と趣味が合う。元々はインターネットで知りあった。二〇〇年代前半のアンダーグラウンドなネット世界。小中高生の盗撮画像に溢れていた。女子だけでなく、男子の画像を好む人も居る。趣味は人それぞれ。小学校の運動会に紛れ込み、盗撮をするのは男性だけではない。保護者と偽って、写真をとる女性もいた。
そうした画像交流サイトで、二人は出会った。男性の趣味は同じ。沙耶は子供が好きだった。琴音よりは、少し、年齢が上の男性が好きだが、成人する前がベストなのは同じだ。
「沙耶さんってやばいんですね~! 未成年者の暴行とか失踪事件とか、担当してますよね~? なのにショタコン?」
「やばくないわよ。好きこそものの上手なれだし」
「あたし、尊敬しちゃいますぅ~!」
「尊敬されるようなことでもないようなぁ……」
「ううん。あたしね、せんせーみたいに自由な人が好きなんです! 自分を偽らなくて自信に溢れてる人!」
「私も素敵だと思います。ね? 千尋」
「お、おぉ……」
「す・て・き、だよね?」
「う、うん……、はい」
「んもう、歯切れ悪いなぁ。ごめんなさい。私の彼氏、頭が悪くて」
「はは……、知ってるわ。千尋くんは社交性ないし、回転も遅いし、見た目以外とり得ないこと」
「うんうん。ほんとそうですよ。千尋は、どうしようもない」
「なんで、貶されてるんだ、僕は」




