第26話 あたしも一緒に入る~!
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――数分後。琴音が浴室から上がる。キャミソール一枚。豊満な肉体が溢れだしている。長い髪はまだ濡れている。艶めかしい。千尋は目のやり場に困る。琴音やめぐみは、ニヤニヤと笑っている。千尋の反応は素直。恥ずかしいのである。
「うふふ。千尋くん。お酒でも飲む?」
「飲みません!」
「あ、あたしも飲みた~い!」
「めぐはだめ。アルコール依存からも脱却しないとね」
「え~! あたしお酒はそーでもないから大丈夫だよ」
「だめです。お酒は大人になってからね」
「僕も未成年です」
「酒に酔わせたら、もっと本能のままに動けるようになるかなぁって思って。トラウマを脱却するには、時に暴走することも必要だから」
「しません。風呂行って来ます」
「あら、ウブでかわいい」
千尋はハーレムから抜け出す。早足で廊下を歩く。奥の浴室へ行った。
衣服を脱いで洗濯機に入れる。家事は当番制。掃除、炊事。週二回のローテーション制である。明日の当番は、千尋。学校に行く前に洗濯をする予定だ。ワイシャツと肌着を洗濯機に放り込み、浴室へ入る。
生温かい匂い。奏と琴音が入った後。どことなく女性の匂いがする。千尋の嗅覚は過敏だ。過覚醒の影響である。五感が鋭い。匂いや味、音や色から得られる情報が多い。
奏は石鹸の匂い。琴音は煙草とオーガニック香水の匂い。めぐみは焦げた砂糖の匂い。
椅子に座りシャワーを被る。
鏡を見る。自分の体。色が白い。痩せた体。筋肉も少ない。男らしさ。たくましさ、どうすれば変わるのだろうか。
二の腕。胸。お腹。太もも。黒く変色した傷跡。火傷や、切り傷が経年劣化した色素沈着。小さいころ、父親に虐待されて出来た傷。一生消えない過去。忘れたくても忘れられない。お風呂に入る度。服を脱ぐ度に。過去を思い出す。
――ガラララ……。
――ちーちゃん。あたしも一緒に入る~!
「え?」
「背中洗いっこしよ~」
突然にドアが開く。めぐみはバスタオル一枚を体に巻いている、浴室に入る。髪は軽く束ねている。
洗い場は大人二人、ギリギリ入れる大きさ。湯船は膝を立てれば、二人入れる程度。
めぐみの大きな体。狭い室内で密着する。千尋は動揺を隠せない。唖然としている。めぐみは、シャンプーを手に取る。当然のように千尋の背後へ。千尋はツッコミを忘れる。異常過ぎて。だが、すぐに我に返る。
「おい! 出ていけ!」
「やーだ。それにちーちゃん性欲ないんだから、別にいーじゃん」
「いや……、ないわけじゃ……」
「ないでしょ。子供なんだから。だから、ねえねえと一緒にお風呂入るの!」
「おい、こら……」
「はい、じゃーシャワーするね~。目閉じて~」
「こ、こら、人の話を……」
「あたしね、弟と一緒にお風呂入るのが夢だったの! かわいい弟が欲しかったんだ~。ちーちゃんは理想の男の子だもん!」
「いや、それはめぐみの勝手な想像で、って――うわぁぁぁぶくぶく……」
「は~い。しゃべってたらお湯飲んじゃうよ? だーめ。大人しくしてないと」
「もご……もごもごぉ……」
「ごしごし。ちーちゃんの頭はホントちっちゃいね~。赤ちゃんみたい」
「……ぐはぁっ、く……、頭洗ったら出て行けよな」
「はいはい。かゆいとこある?」
「ない」
「うん。じゃあ、次は体だね」
「え――、って――うわぁぁあ、もごもごぉ……」
「はい、シャンプー洗い流すから黙っててね」
めぐみはシャワーで千尋の髪を流す。身長さは二〇㎝近くある。千尋は腕力では敵わない。抵抗しても無駄。口は強く言うが、襲われると、弱い。すぐに大人しくなる。
めぐみはバスタオルをとる。軽く千尋の頭を拭く。女性に頭を洗って貰った記憶はない。母は奴隷だった。姉の記憶は殆どない。千尋は不思議な気持ちになる。恥ずかしいが、安心する感覚。
「どーする? おっぱいで洗う?」
「いや、なんでだよ。ていうか、なんで脱いでるんだよ」
「だってお風呂だよ~? お風呂は脱いで入るんだよ? ちーちゃんってバカなの?」
「うるさい。バカはお前だ」
「おっぱいで洗う?」
「洗わない」
「じゃー、おっぱいを洗う?」
「――ッ! 洗うか! 変態め」
「んもう、しょうがないなぁ。ちーちゃんはわがままだなぁ」
「どこがだ!」
「はいはい。じゃーどこを洗って欲しいの? うん? むきむきしたいの? むくむくしちゃったの? ん?」
「しない」
「こんなかわいー巨乳JKとお風呂に入って、興奮しない男の子なんて、ちーちゃんが初めてだよ」
「悪かったな。僕はおかしい子で」
「ううん。あたしね、色んな男の人と出会ってきたから、わかるんだ。おじさんだったり、おじいちゃんだったり、あたしより年下ともお風呂に入ったことあるけど……、みんな結局同じだった」
めぐみの母親が経営していたのはガールズバー。若い女性。身寄りのない女性。居場所のない女性が数多くいた。店は性的サービスは行っていなかったが、キャストと客が個人的に取引をすることは日常だった。めぐみはそんな場所で育った。母からのお小遣いは小学四年生まで。それからは、「自分で稼げ」とお店に出ていた。先輩に仕事を習った。お金の稼ぎ方も教わった。経験は豊富。たくさんの男性と時間を共にした。
「ちーちゃんは特別だよ。すっごい、いーと思う」
「それは……、どうも」
「でもね、もっと特別なサービスをしたら、きっとちーちゃんも男になれると思う」
「特別なサービス?」
「うん! あたし、色々出来るんだよ! それをしたら、ちーちゃんも元気になるかもしれない!」
「元気に……」
「コンプレックスなんでしょ? だったら、元気になれたら、ちーちゃん嬉しいじゃん! それでね、あたしなりに考えてお風呂にきたんだよ!」
「そうだったのか……」
「あたしだってただのバカじゃないんだよ!」
「いや、行動はバカだよ」
「も~! うるさいなぁ~! やってみる~? ね?」
過去に囚われず、未来を目指して生きる。呪縛が邪魔をするのなら、無理をしてでも、強引に進んでみる。一度、鎖が外れたら、楽になる。最初の一歩が大切。それは、三上琴音の言葉だった。
めぐみのサービスを受けて、元気になれたら、男らしくなれるのかもしれない。男性ホルモンが活発になるかもしれない。そうすればたくましくなるかもしれない。食欲が沸き、栄養が豊富にとれるかもしれない。そうすれば、体はもっと大きくなる。相乗効果。ありあまるエネルギーで運動意欲がわくかもしれない。筋力がつけば代謝も上がる。疲れれば夜も眠れる。全てが好循環になるかもしれない。千尋は思う。それも一つの方法なのかも、と。
「でも……、姉弟なんでしょ? めぐみ的には。僕とめぐみは」
「うん! かわいい弟とお姉ちゃん!」
「じゃー、姉弟でそういうことをするのは、よくないんじゃ……」
「ううん。いーことだよ! あたし憧れてたの。スキンシップが多くて、愛情に溢れた家族!」
「いや、それってこういう関係?」
「そーだよ! 愛しあってるんだから、当然でしょ? 愛情の交換。それが、キスだったりえっちだったりするんだから!」
「それって家族……、か?」
「家族だよ! 愛の深い家族! あたしの理想!」
「……、めぐみも変わってるなぁ、やっぱ」
「そーかなー? よくわかんない!」
「ま……、でも、ありがと。心配してくれて。嬉しい」
「にしし~! だってお姉ちゃんだし!」
「気持ちだけで嬉しいよ」
「だけでいーの? しなくて」
「いや……、あおいとか先生が怒るし……、多分。それに、めぐみにそこまでしてもらわなくても、自分でなんとかしてみせるよ」
「そっか……、残念」
「はは……残念なの?」
「うん! 姉弟でそういうことするのが夢だったから」
「歪んでるなぁ、めぐみは」
「メンヘラなので!」
「ま、お互い様、って感じだね」
湯煙の中。千尋は安堵を感じる。めぐみの行動はおかしい。発想が突飛だ。でも、そこに安らぎを感じた。異常な自分がコンプレックスだ。でも、それを受けいれて前に進むめぐみは、希望だ。めぐみのように、前向きに生きられたら、世界は変わるかもしれない。千尋はそう思えた。




