第25話 なにをむきむきするの?
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午後八時過ぎ。夜も更けてきた。ゲームの輪には奏が加わった。三人でポケモンをしている。奏はネット対戦でレート一八〇〇を越える。ポケモンの知識が豊富で、将棋のような読み合いを得意とする。
ソファに三人で座る。千尋は奏が手に持つスイッチの画面を覗き込む。シャンプーの匂い。少女特有の瑞々しい肌。第三ボタンまで開けたパジャマ。だらしがない。黒髪ショートのボブは、まだ少し濡れている。
千尋はロリコンではない。しかし、小学生や中学生に好かれる。
以前、奏が教科書を忘れたため、千尋が学校へ届けに行ったことがあった。許可を取り、四階の六年生の教室まで行った。千尋はパーカーにスキニーパンツの普段着。奏は恥ずかしそうだったが、喜んでいた。
千尋の容姿を見た奏の同級生は、「かわいい~」と騒いだ。
千尋は見た目が幼い。実年齢一六歳。しかし、小学生に間違われることが多い。リアル小学生からしても、そう感じるほど。
整った横顔。高めの鼻。小さい小鼻。太眉に大きめの二重瞼の瞳は愛らしい。イケメンと呼ばれることは少ないが、「かわいい顔だ」と、周りからよく言われる。バカにされている気がして、千尋は好きではない。
その日以来、奏の同級生にアイドル的扱いをされている。千尋に会うために、家に遊びに来るほど。
童顔。小さな顔。低身長。高い声。その容姿は、小学生女子の琴線に触れた。
千尋に会って、顔や体を触ったり、髪を撫でられたりする。千尋が年上だ。が、完全に子供扱いである。
奏は社交的ではない。友達も少ない。子供扱いされるのはしゃくだが、結果、奏の社会復帰に役立つなら、千尋は嬉しいと思う。しかし、千尋のトラウマは小学生にも発動する。人が苦手だ。女性相手なら発作は比較的小さい。が、大人数で囲まれると、倒れることがある。体を触られるのも嫌い。暴力の記憶を呼び起こす。
【千尋。近づかないで。変態】
「いや、画面見てただけだし」
【私のこと襲いたいの?】
「いや、全然」
【私は襲われるより襲いたい派だから。千尋に夜這いされるくらいだったら、私からベッドに忍び込む】
「いや、だから襲わないって」
【ふーん。怪しい】
「怪しくないだろ。僕、もう高校二年生だよ? 小学生には欲情しないよ」
【見た目子供のくせに。よく言うね】
「うるさい。体は子供でも心は大人なんだよ!」
「ちーちゃん、性欲ないのに?」
「あるよ。僕だって……、それなりに」
「じゃー、あたしのこと見て興奮する? ほら、おっぱいだよ~? 触りたい? 揉みたい? 吸いたい?」
ブラウスの谷間。大きな胸。めぐみは胸を寄せて強調する。白くて温かい。ソファ。奏を挟んだ向こう側。その距離でも、圧力を感じる。
「巨乳JKのおっぱいだよ~? ちーちゃんの好きにして、いーよ?」
「なにしてんだよ。しまえよ。バカ女」
「触りたくないの? 男の子なのに? 高校生男子なのに? 性欲あるのに?」
「触るとか、そういう問題じゃないだろ」
「あたしちーちゃんだったら、触られてもいーし。あたしも嬉しいから、いーよ? ほら、揉んで」
「揉まない~!」
【ロリコンだから?】
「ちがう~!」
【小さいおっぱいの方がいいの?】
「それも違う~!」
【変態】
「え~! かなりんのおっぱいの方がい~の? そりゃあ、性的嗜好は人それぞれだけど……」
「ロリコンじゃない!」
【でも、千尋みんなにモテるし……】
「それとこれとは関係ないだろ」
「ちーちゃん……、やっぱりだめなんだね。こんなにかわいい女の子が二人もいて、興奮しないなんて」
「うるさい……、バカ共め」
千尋は性欲が弱い。体も心も、発達が足りない。食欲も弱い。無理に食べると、体が拒絶する。それはまるで、「成長を拒んでいるようだ」と、琴音は評する。
睡眠も不安定。熟睡は出来ない。中途覚醒も頻繁。五時間眠れればいい方だ。寝る前には、導入剤のアモバン錠が欠かせない。就寝前。四錠。水で流し込む。
発達について、千尋は琴音に訊いたことがある。
「体の成長が先か、心の成長が先か。人間はどちらかしらね」
「さぁ……、わかりませんが」
「どっちも大事。健全な体には健全な心が宿るって言うでしょう? でも、体は心の写し絵とも言う。正解は分からないわ」
「はぁ……、そうなんですね」
「ま、先生的には、かわいいからずっとその見た目でいいけれど。合法ショタ」
「そういうわけには、いかないですよ」
「そうね。そういうところは男の子ね。自立していこうとする力」
「いつまでも先生に頼り切りってわけにはいかないですから」
琴音は、そんな風に言った。
千尋は大人になりたいと思う。しかし、食べることが出来ず、体が成長していかない。精神面だけでも大人になろうとするが、上手く行かない。性に興味はある。キスはよくする。優しい気持ちにはなる。キスは好きなほうだ。が、襲いたいとは思わない。健全な高校生男子のように、女性の体を見て、触りたいと思うこともある。だけど、弱い。押し倒して本能のままに動くほどの衝動がない。
「僕だってやればできるんだ! やれば」
「ふーん。じゃー、ヤろー!」
【千尋は子供だなぁ】
「子供に言われたくない」
「早く大人になれるといーね。ちーちゃん」
【永遠の小学生?】
「先生が言うには、成長を拒んでいるらしいよ」
「拒んでる?」
「うん。無意識下で、大人になりたくないと思っていると」
【子供のままで居たいの?】
「そんなことは……、ないんだけど、ね。僕は。だけど、色々、複雑で……」
「よし! じゃあ、しょうがないなぁ。今日はめぐみお姉ちゃんと一緒にお風呂に入るか!」
「いや、なんで?」
「ねえねえがむきむきして大人にしてあげる!」
「アホ! ――バンッ」
「――ッ……、いったぁーい。なんで叩くのっ~? うぇーん! 暴力反対~!」
「自分で考えろ、アホ女」
【むきむきってなに? なにをむきむきするの?】
「知らなくていい」
「それはね、かなりん、ちーちゃんのちーちゃんを――」
「――パシンッ。言うなアホ」
「――ッ、いったいなぁ~! もうぅ! いーじゃん! 大人になるには知識だって必要でしょ! かなりんに教えてあげるのが大人の役割じゃん!」
【ねえ、むきむきって? なあに?】
「……、一皮剥けるって話しだよ」
【ひとかわ?】
「そーそー! 男の子はね、一皮剥けて大人になるんだよ!」
【脱皮的な?】
「ま、そんな感じ」
【へ~】
「ちーちゃんはね、まだ脱皮できてない子供なの」
「いや、しようと思えば出来るし……」
「出来ないでしょ。ちーちゃん、皮被りだから」
「だ、黙れ」
「むきむきしつつ、初体験も済ませたら、きっと大人になれるよ? ね! だからねえねえと一緒にお風呂に――」
「――パンッ!」
「――ッ、いったぁ~いぃ! もう! さっきから頭ばっかり叩かないでよ~! 叩くなら、お尻にしてよ!」
「変なことばっかり言うからだ!」




