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第23話 あたしもね、頑張るの

23


 午後六時四〇分。入間川の自宅で奏を拾った。今日は、このまま外食をする。どこへ行くかは多数決で決める。めぐみはお寿司へ一票。奏はたこ焼きが食べたいと言う。千尋は何でもいいと言う。琴音は、お酒が飲みたいが運転するので、希望は叶わない。結果、お寿司もたこ焼きも食べられるチェーンの回転寿司「築地寿司」へ行くことになった。


 雨がパラパラと降り始めた。九月の風。夏に火照った街を冷やす。築地寿司は、関東を中心に六〇店舗を構えるチェーンの回転寿司。創業は昭和四〇年。築地で生まれた老舗の寿司店だ。元は対面カウンターの本格寿司だったが、一〇年ほど前から方針を転換。大学で経営学を学んだ三代目の以降によって、ファミリーチェーンへ切り替えて成功した。

 値段は王手に比べ少し高いが、すしロボットに頼らない味は評判がいい。会社は研修制度が充実している。入社後、研修施設で二ヶ月の研修を受けることが義務づけられている。


 一〇分ほど車を走らせて築地寿司に着いた。一六号沿い。大きな駐車場へ止める。

 

「ちーちゃんの分はあたしが選んだげるからね」

「いや、なんでだよ」

「だって、選ばないとちーちゃん食べないから」

「食べるよ。人間なんだから」

「でも、三三キロしかないし……」

「三七キロ! 身長を考えたら、重い方だろ」

「でも、ガッリガリだよ? 昭和の男の子みたい」

「ランニングシャツと短パンが似合いそうね」

【こんど小学校に一緒に行ってみる?】

「みんなして僕をバカにするな! 分かった! 食べるよ! いっぱい食べてやる! 見てろ! バカ女たちめ!」

「うんうん。頑張れ~!」

「先生は、もうちょっと大きいくらいが一番好みだからなぁ。嬉しい!」

【奏もたくさん食べて大きくなる! 目指せ一〇〇巻!」


 思い思いの考えを巡らせて、店内に入った。


 ☆


 奥のテーブル席に座った四人。レール側にはめぐみと奏が座る。テキパキとお茶を組み、めぐみは四人へ配る。めぐみが気遣いが得意。母の仕事を手伝いながら、振る舞い方を覚えた。奏は真似をして、醤油皿とおしぼりを配る。

 豊島区一家殺人事件の後も奏はしっかりしていた。千尋のように記憶が錯綜することもなかった。警察の捜査にも協力。事件の内容を、しっかりと供述できた。けれど、声は出せなかった。深く突きささったトラウマ。奏を傷つける。

 

 二年間。川越児童医療センターで過ごした。今年の四月、琴音の家にやってきた。奏は強くなりたいと思っている。あの日、みんなを助けられなかった自分。自分が強ければ、返り討ちに出来た。家族を助けられた。だから、逞しくなりたい。体を大きくしたい。喧嘩に強くなりたい。頭もよくなりたい。お金持ちにもなりたい。誰にも負けたくない。凄い人になりたい。

 奏は貪欲だ。声は出せないが、向上心は誰よりも強い。地元のジムで総合格闘技を習っている。体は千尋と同じくらいの体格だが、強さは雲泥の差。食欲も旺盛だ。胃に、あおいのようなブラックホールは盛っていないが、よく食べる。筋肉もりもりになりたい。同時に、めぐみのようにスタイルがよくて綺麗な人にもなりたい。社交性。愛嬌。振る舞い方を見て学ぶ。琴音のように、頭のいい人にもなりたい。頭がよかったら、みんなを守れた。お金があれば、家のセキュリティを強化できた。

 一二歳。奏のトラウマとの戦い方。


「はい。ちーちゃんは、海老とイカと……、あと、トロ……、あ~、いくらも食べる~? あ、ハンバーグもあるよ。あ……あれも……」

「そんな食べられるか。バカ」

「え~? でもさっきいっぱい食べるってゆったのに……」

「それとこれとは別。早食いじゃないんだから」

「めぐは周りが見えなくなっちゃうから……」

「ごめん! あたしの悪いとこだね」

【めぐみのいいとこ】

「まぁ……、発達障害の典型なんだからいいんじゃないの。集中した時は凄くなるんだし」


 雪村めぐみは躁鬱病。躁状態と鬱状態が交互に来る。同時に、発達障害がある。興味を持った事柄には、強い集中力を発揮できる。入間川を綺麗にする会の活動をサボったことがない、という事実にも現れている。散歩も、二年近く、欠かさず行っている。敬愛するせんせーの指示だから、守るべき、と思ったら、守る。なにがあっても盲目的に行う。


「依存性パーソナリティ障害? だから、あたし……、ごめん」

「いや、謝らなくてもいいけど。食事を食べに来たんだし。とってくれてありがと」

「ちーちゃん……」

「あー、僕中トロが食べたいや。とってくれる?」

「うん! あ、このサーモンも美味しそーだよ? 食べる?あ、あのマグロも……」

 

 依存性パーソナリティ障害は、孤独を恐れる。自分を世話してくれる相手を捜し求める。めぐみは典型的。愛嬌よく振る舞い、自分をアピールする。魅力があるから世話を焼いて欲しい。飼って欲しい。そうすることで、安心を確保する。

 幼少期に愛情が不足していた女性によく見られる症状。


「はは……、まぁ、今日は頑張って食べるよ。うん。昼は吐いたけど」

「頑張るのはいいけれど、あんまり無理しないようにね」

「大丈夫。先生がいるし。もう家に帰って寝るだけだから」

「うん。吐きそうになったらあたしが受け止めてあげるからね」

「いや、それは……、しなくていいよ」

【ぐろい】

「ううん。あたしもね、頑張るの。せんせーみたいに、みんなの手助けを出来るようになるには、みんなの気持ちも考えられるようにならなきゃ、だから」


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