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第122話 夢のはじまり

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「みんなありがと~っ。今日は色々あったけれど、あたしのライブはそれ以上だよ!」


――二時間後。

 千尋たちは自宅にいた。

 思えば長い一日だった。千尋は今日を振り返る。女装するところから始まり、恵那と会い、王国による事件にも巻き込まれた。

 ドっと疲れが押し寄せるが、寝るにはまだ早い。

「わぁ~、有理栖さんのライブがまさか独占で見られるなんて~! あたしは生きててよかった~!」

【歌うまくて凄い】

「高柳さん、さすがね。千尋」

「う……、うん」


 後夜祭は中止になった。

 重傷者が数人出た。恵那が暴行した相手だけではなく、会場周辺のスタッフにも被害者がいた。恵那のショーを止めるべく動いた女子高生や教員たちを、王国の国民が襲ったのである。

 警察も介入する事件――。

 通報を受けた立本沙耶は千尋たちに簡単な事情聴取をした後、「今日は帰りなさい」と言った。

「事情はまた後日きくから。疲れてると思うから」

 

 沙耶の言葉に千尋は安心した。

 恵那に殴られた場所はまだ痛い。歩けないほどではないが、動くと痛む。骨が折れているかもしれない。だが、今はどこにも行きたくない。家で休みたいのだ。

 ライブが中止になった有理栖は、

「高ぶったパワーが治まりきらないから千尋くんの家でライブをする」

 と言い出して、めぐみたちも同調した。


 そうしてリビング――、

 誰にも邪魔をされないくつろぎの空間で、高柳有理栖によるライブが開催されている。

 観客は千尋、あおい、めぐみ、奏、に琴音を加えた五人。


「優しい~きみらしい~光が寄り添うよ~♪」


 有理栖の歌声に集中する子供たち。

 仕事が忙しく文化祭へ行けなかった琴音は、後で事情を知った。

 自分がそこに立ち会えなかったことを後悔し、恵那と再会できなかったことを残念に思う。


「大変だったわね、千尋くん」

「は、はい……、色々ありすぎました」

「恵那ちゃんは、美人になってた?」

「はい……、凄いモテると思います」

「千尋くんのタイプだった?」

「先生……、なんですかその質問は」

「え~? なにかおかしいこと言ってる? 私」

「言ってますよ。もっとないんですか? きくこと」

「うーん、あるけど……、でも女の子なんだからルックスは大事だし」

「そういう問題ですか?」

「でも恵那ちゃんは元から美少女だったし、どういう風に育ったのか気になるじゃない」

「それは、どの立場で?」

「もちろん、お母さんとして」

「家族ごっこでしょ? あれは」

「でも、娘だもん。あおいは先生のことお母さんだと思ってるし、千尋くんだってそういう気持ちあるでしょ?」

「ま、まぁ……、それは」

「あ、でもそれより性欲の方が強いか」

「違います!」

「ははは……、急に元気になった」

「先生のことはそういう目で見ないです!」

「え? じゃあ他の子は見るの? そういう目で」

「そ、それも違います!」

「あはは……、相変わらず千尋くんはいじりがいがあるね」

「虐めないでください」

「だってかわいいんだもの。仕方ないわ」

「うぅぅぅ……、僕はいつまで経っても子供のままだ……」

「まあ、いいじゃない。恵那ちゃんの連絡先、聞いたんでしょ? これからはいつでも会えるし、その王国っていうのにも行くんでしょ? あ、先生も行ってみたいなぁ」

「きっと結構、やばいところですよ」

「だからこそよ~。精神科医として興味あるもの。恵那ちゃんのいうその王国は、話を聞く限りは宗教的ななにかなんだと思うけれど、どうやって掌握しているのか、人間の心理を生業にする先生としてはね、単純に知りたいのよ」

「先生もこっち側、に近いですから……」

「ははは、そうね。千尋くんとエッチできる日を楽しみにしてるし」

「さいていです」

「ふふふ、そうかしら? 恵那ちゃんはきっと褒めてくれると思うけれどなぁ」

「したいことをする。それが一番いい。恵那の考え、先生はどう思いますか?」

「いいんじゃないの? 考え方は人それぞれだし、それで自分らしく生きられるのなら、私は否定しない」

「それは精神科医として、ですか?」

「まあ、そうね。詳しくカウンセリングしたわけじゃないから、断言はできないけれど、我慢をしないという考え方自体は否定しない。でも、人に迷惑をかけてしまうのは、よくないわね。人間は社会動物だから、自分の都合ばかりを優先したら誰かを共存するのが難しくなってしまう」

「孤立する……、と」

「そうね。人は一人では生きられない。でも、恵那ちゃんはかわいくて人を惹きつける魅力がある。だったら孤独にならないのかもしれない。なら、やはり恵那ちゃん自身に、私は興味がある」

「国民はたくさんいるみたいでした」

「精神病質か……。恵那ちゃんがそう言ったんでしょ? どこかで診察されたのかしらね。なにか悩んでいたのなら先生の病院にきてくれたらよかったのに。私なら、きっと恵那ちゃんの役に立てたのになぁ」

「サイコパスっていうやつですね」

「そうね。サイコパスにも色々あって、どこに興味を持つかで社会にとって有益か不利益かっていうのも違いがあるし。まあ恵那ちゃんはその様子じゃ、あのころとあまり変わっていないのかもしれないけれど……」

「昔よりは……、落ち着いた感じもしましたが……、そうでもないようにも思えて……」

「まぁ、いずれわかるでしょう。なにしろきみたちはまだ若いんだから」

「はい……」


「――ここから抜けだして駆けだしていく――♪ はぐれないようにぎゅっと握って歩いていこう――♪」


――パチパチパチパチ――。


 有理栖が歌い終わるとめぐみや奏の拍手喝采。千尋も声援を送る。


「いや~、ありがと~! じゃあ、そろそろ千尋くんの番だね~!」

「え……、あ」

「この日のためにずっと準備してきたんだもんね~! きみならいい歌が歌えるよ! お姉さんが補償する!」

「え、……でも、僕は」

「ちーちゃんの歌聴きたい!」

【千尋頑張って】

「千尋、ふぁいと」

「千尋くん、みんなが待ってるわ」

「う、うん……」


――ぱちぱちぱちぱち――。


 有理栖からギターを受け取ってネックストラップを肩からかける。

 ギターはまだまだ素人だが、これからはこの道で生きていきたいと憧れている人生。

 尊敬する人の前で、初めての歌を歌う。


「すぅ~……、はぁ~」


 緊張するがそれほどでもない。たった五人の前だからかもしれない。数時間前のあの熱狂に比べれば、慣れ親しんだ自宅のリビング。家族の前でのライブは熱量が足りないのかもしれない。

 だけどここでよかった。大切な人の前で歌える。気持ちを伝えるには最高の場所。一番伝えたいのは、ここにいるみんなだから。

 千尋は深呼吸をしてギターを弾き始める。


「――朝の窓から射し込む色とりどりの花びら♪ 水分をふくんだ風が頬を撫でている♪」


 キーはD♭。八ビートで叙情的なリフを奏でる。ピックの扱い方は上手ではないが、四弦、五弦、六弦、をリズムカルに刻む。

 ハスキーで女性と間違えるほどの高い声を振り絞る。

 美声だ。

 あおいもめぐみも奏も琴音も、千尋の歌声を初めて聞いた。カラオケは恥ずかしがってまともに歌えない。しかし堂々と歌えばこんなにも上手だったのか、と驚く。

「うんうん、その調子!」

 有理栖は合いの手を入れて千尋へ声援を送る。千尋の才能を見いだし、道を提供したアーティスト。


「金木犀のにおいがした♪ マフラーを編んでいた彼女は赤と青をデタラメに結んでいる♪」


 歌詞から世界が浮かんでくる。情緒をかき立てるギターリフが、情景を運んでくる。

 まるで魔法のように、空から雪が降る。

 真っ白に染めた世界の先は、ここじゃないどこか。


「もう行くよとスニーカーを履いた♪ 空風の吹く道を歩いた♪ 早く秋が終わればいいと思ったんだ~♪」


「これって……」

「めぐみちゃん?」

「めぐみね」


「手首には無数の傷跡♪ 首にはかさぶたのはきだこ♪ ノートには死にたい♪ 顔には張りついた笑顔~♪ 悲鳴をあげても声にならず明日へも行けず~♪」


 浮かんできたのは河川敷を歩く少女の姿――、楽しげに笑いながらも後ろ髪が寂しげな彼女は雪村めぐみだった。

 

 千尋はめぐみのことを歌にした。

 毎日を共に過ごし、学校へ通い、帰宅する。ひとつ年上の姉。めぐみのことなら誰よりも知っている。一番知っていること。思ったことを歌詞にする。表現の第一歩は身近な存在をモチーフにするといい。有理栖に教わったアドバイスを実践した時に、最初に浮かんできた風景は学校へ通う朝の道だった。千尋はその光景を詩にした。使うコードはたった五つ。リフは有理栖の曲をそのままコピーしたが、メロディーと歌詞はオリジナルだ。

 

「それでも世界は続くから♪ 街を歩けばきこえる音楽~♪ きいたことのない音楽♪ 誰のための歌でもない♪ 善意も悪意もない♪ ましてや輝いてもいない♪」


「ちーちゃん……」

「千尋、上手―」

「こんなに上手だったのね。知らなかったわ」


 透明感のある声はか弱くて、優しい。振りしぼるように歌う声は、涙を誘う。

 少年の叫び。魂の熱唱。希望の歌。有理栖の脳裏には様々なフレーズが浮かんでは消える。千尋の歌う姿は、感受性をくすぶる。そして確信する。彼はこっち側に来るべきだ、と。


「花びらが空に舞っている♪ 色とりどりの風~♪ 希望も絶望もない♪ なんでもない今が過ぎていく~♪」


 窓の向こうはせせらぎの音。夜の星が輝く天の川。少し開いたカーテンの隙間に澄み渡る朝の空が見える。めぐみは思わず涙する。こんなにも自分のことを思ってくれていたなんて……、と、感情を抑えられない。


「もうすぐ冬が来るんだ♪ でたらめに繋がれていたきみのことも忘れられて♪ なんでもない明日がやってくる♪ 首元にはカラフルなマフラー♪ きみの――きみだけのもの~♪」


 千尋は歌いきって思う。

 僕はまだ何者でもない。伝えられる言葉も少ない。

 だけど、これだけはみんなに言いたい。


「でたらめに繋がれた僕の人生――、だけどこれは僕だけのもの。みんながくれた。ありがとう」


 これは夢の始まり。

 ここから繋がれていく物語の。


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