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第121話 終演

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「それ以上やったら千尋死んじゃう」

「うーん……、でもでもでもでもでも! ひろくんがわがままばっかり言うから、恵那は強制させてあげないといけなくて……」

「でも、死んじゃったら意味ないじゃない」

「それは……、そうだけど」

「じゃあやめましょ」

「むー……、わかった」

 

 ステージにふらりと現れたのは透明感のある少女――川澄あおい。

 あおいは張りついた人形の顔で坦々と言う。動じる様子はない。床には血痕が付着し、周囲には昏倒する女子高生。四千人の視線。目映い灯り。常人には耐えがたい舞台も、あおいにはどこ吹く風。慣れたものである。

「あおい様が言うなら……、しょーがない」

 恵那はふて腐れたように拳を収める。絆の会の預言者にして、アイドル。楽園で育った恵那にとって、あおいの存在は絶対的。何年も経った今でも、あおいの言葉は心に響く。


「千尋、大丈夫?」

「う……、うん……ケホっ」

「大分痛めつけられたね。可哀想に」

「相変わらず他人事みたいに、言って……」

「だってこれが私だもの。仕方ない」

「でも……、ありがと……、助かった……」

「じゃあ、後で感謝のちゅーしてね」

「いや……、うん……、わかった」

「え~? 恵那にもちゅーしてよ~! 恵那もしたい! したい!」

「わ、わかったよ……、するよ」

「わぁ~! でもやっぱり今したい! 今! 今ひろくんとちゅーしたい! したいしたいしたいしたいぃ~!」

「う……、し、しかし……」

「それよりも恵那ちゃん。これはなに? 集会? 王国の? この後どうするの? なにかするの?」

「なにかって?」

「例えば誰かを刻んだり、殺したり、恵那ちゃんの血を信者一人ずつに飲ませたり」

「えへへ、そういうのはないよ! 今日はひろくんとあおい様をみんない紹介する会だから! あ、あと恵那の可愛らしさをみんなに見てもらうお祭りだから!」

「そっか。意外と過激じゃないのね」

「いや、充分過激だと思うけど……」

「絆の会では、集会の度に誰かが生け贄になっていたし、「神と通ずる聖なる巫女」は、選ばれた人と繋がっていた」

「えへへ、あおい様、素敵だったよぉ~! 恵那の家は下層だったから、あおい様の血が飲めなくていつも泣いてた!」

「カルト宗教ってやばいね……」

「でも、恵那は我慢できないから、あおい様と繋がった人を襲って、間接的にあおい様とひとつになってたんだ~!」

「知ってる。恵那ちゃんは有名だった。神官も言っていた。教典に忠実すぎる怪物だって」

「えへへ、怪物よりもかわいい少女の方がいいなぁ~」

「凄い会話……」

「別に普通よ。千尋の人生だって、端から見たら異常だもの」

「うんうん。そうそう。そんな子たちをみーんな恵那が受けいれる王国。あおい様も来てくれるよね?」

「興味はある」

「あおいちゃん……」

「わぁ~! うん! 絶対そう言ってくれると思ってたの! だってあおい様……、恵那みたいなことをするつもりなんだよね?」

「……? なんで知ってるの?」

「山吹未来ちゃんっているでしょ? あの子ね、王国の国民なの。それでね、あおい様たちのことをずっと調べてもらってたんだ」

「へぇ、未来さんが」

「宗教? アイドル? それともボランティア団体? なにするにしても恵那と一緒にやった方がいいよ! 恵那の王国ってね、見ての通り、結構凄いの! いっぱい国民がいてね、お金も人脈も人材もたくさんあるんだよ~!」

「そう……、考えとくわ」

「うんうん! ひろくんと一緒にあおい様も来てくれたら、恵那すっごい嬉しい!」

「千尋は、恵那ちゃんの信者になるの?」

「いや……、ならない」

「ならないの?」

「あぁ、うん。僕は……、王国には行くよ。だけど、……僕はこっちの世界で生きていく。決めたんだ」

「そう」

「うん。それに僕はこれからやらなきゃいけないことがあるし」


 ミスコンテストの後は高柳有理栖の後夜祭ライブがある。

 まさかこんな事態になるとは思っていなかった。本当にライブが開催できるのか。千尋は不安になり、舞台袖の有理栖が心配になる。


「有理栖さん……、大丈夫かな」

 視線を舞台の脇に送ると、壁に隠れて有理栖が顔を出す。

 異常な状況に怯えながらも、ニコリと笑う姿はふてぶてしくて勇敢だった。


「大丈夫みたいね」

「有理栖さん……、ずぶといから」

「じゃあ恵那ちゃんもそろそろ引き上げないと。目的は果たしたんでしょ?」

「うーん、うん……、そうだね~! うん……、だね~! 恵那、もうしたいことした」

「じゃあ、国民の人たちと一緒にそろそろ舞台を譲って」

「ひろくんのライブがあるから?」

「そ、そうだよ。……、それに、有理栖さんのライブを心待ちにしてきた普通の人たちだっているんだ。会場に入れなくて外にいるだろ。客席を空けてくれれば、本当に、楽しいライブができるはずだろ」

「うーん、ひろくんって高柳有理栖のこと好きなの?」

「……! は?」

「なんかぁ……、ひろくんじゃないみたいだもん」

「……? どこがだよ」

「んー、なんかぁ、感じる。恵那ね、サイコパスっていうアレらしいから、共感性が著しくないらしいけど、でもね、そのおかげで人の気持ちはなんでも読み取れるの。言葉とか表情とか仕草とか、分析できるの! ひろくんって……、なんか高柳有理栖の話をしてる時だけ、違うもん」

「ち、ちがくないし」

「千尋、浮気?」

「いや、だからそういうあれじゃないし!」

「ふーん、まあいいや。どっちみち恵那はやりたいこと終わったし、いったん帰るね」

 

 そう言うと恵那はマイクを持って観衆へ終演の挨拶をする。

「みんな~、じゃあそろそろお祭りはおしまいで~す! 帰ろ~」

 恵那の言葉は神の啓示。統率のとれた国民たちは、恵那に従順。誰も反抗することがなく、一目散に会場から去って行く。

 遅れて駆けつけてきた教職員や他の実行委員たちを尻目に、恵那は風のように姿を消す。


「これは……、一体?」

「西園さん……、私から説明する」

「川澄さん? それに千尋くん? これは一体どういう……」


 生徒会副会長――西園深紅は、舞台に着くなり昏倒する仲間たちを見て事態の重さを知る。ミスコンは深紅の管轄ではなく、副会長でありながら到着が遅くなったことに自責の念を感じる。

「千尋くん血だらけじゃない……、大丈夫? 私、事情がわからなくて……、大変なことになってるから早く来て、って言われて……」

「すいません……、深紅さん……、これは僕たちのせいです」

「……? 千尋くんたちの……、せい?」

「僕たちの……、兄妹の……、家族の、せいです」

「……家族の?」


 昏倒する女子高生たちを担架で担ぎ、急いで処置室へ運ぶ仲間たち。その隣で、深紅は千尋の真剣なまなざしに息を飲む。

「あの人たちを傷つけたのは、相生恵那。僕の……、病院にいたころの兄妹で、元大量殺人犯です」

「……? ははは……、どういう……、お話……、かしら?」

「恵那はまたカルト宗教をつくって、ここを遊び場にしたんですよ」

「ちょっと……、千尋くん? なんか雰囲気違くない? ちょっと冗談なのかなんなのか……、深紅にはわかんないんだけど……」

「また後で詳しく話します……、謝罪もしないといけないです……、でも、後夜祭ライブだけは、なんとか開催できませんか?

「う、うーん……、どうだろう。会長とも相談しないと……。こんな状況の後じゃ……」

「ごめんなさい。西園さん。私からもお願いします」

「川澄さん……」

「千尋が今日のために一生懸命練習してたのは知ってるし、高柳さんのライブだってみんな心待ちにしてきたはずです」

「そうね……、う、うん……、なんとか相談してみる」


 事態は収束へ向かう。恵那たちが去った現場には、血の跡だけが残る。まるで全部が夢だったみたいに、千尋は現実を受けとめきれない。だが、体の痛みが、全てが妄想ではなく、恵那がここにいたという事実を証明している。

 光が眩しい。

 見上げた空から振るのは太陽ではなく、目がくらむほどの雨。

 憔悴した千尋の手には、なにもない。だが、そっと寄り添ってくれる家族がいる。


「ちーちゃん……、ごめん……、あたし、なんか……、空気に飲まれちゃって……」

【ごめん千尋】


 我に返ったように千尋の側にやってきためぐみと奏。申し訳なさそうにしかめる顔が、しおらしくて、二人らしくないと千尋は思う。


「じゃあ、今日は僕を男扱いして」


 千尋は穏やかに言う。

 たどたどしくない、歯切れのいい言葉に、めぐみと奏はその意味を理解する間もなく、うなづく。


「「うん、いいよ」」


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