第115話 パラソル
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遅めの昼食をとり、千尋たちは学校を散策する。
賑やかな文化祭。
軽食屋台のパラソルの下で、これからのことを話している。
「高柳さん、そろそろ来る?」
「う……、うん。もう着くって。今LINEで。ほら」
千尋はスマホの画面をあおいに見せる。
髪が風に攫われた少女が、飛び跳ねてる写真。
河川敷で寝そべって、ポーズをとる写真。
「高柳さん、なにしてるの?」
「なんか……入間川の自然にインスピレーションとパワーを貰ってる……、とか」
「……? それで大の字になったの? 川で?」
「うん……」
「高柳さんって一人で来るんだよね?」
「らしいけど……」
「河川敷で昼間っから一人で寝たりはしゃいだりしてるの?」
「みたい……」
「変わった人ね」
「有理栖さんは自由だから」
高柳有理栖は後夜祭のスペシャルゲストとして招待されている。
ミスコンの決勝が終わると同時に聖愛祭が終了し、有理栖のライブに移行する。
時刻は午後四時。
「千尋くんたちと一緒に文化祭を回りたい」
と言っていた有理栖だったが、自由人らしく約束を守りそうにない。
だが、そんな風に感覚的に生きられる有理栖を千尋はかっこいいと思う。
「ライブ……、楽しみにしてるね」
「う……、うん」
「ちーちゃんなら、きっとできるよ~! さっきだってあんなに堂々とステージに立てたんだから!」
【千尋頑張って】
みんなは応援してくれるが、その時が近づくにつれて、体が震えてくる。
千尋はスマホに書いた文章を読む。
「思えば僕は歩いてた。病院に向かう道の途中……」
「……? なに?」
「あ~! それって今日の歌の歌詞だ~?」
「あ、ち、違――」
「別に恥ずかしがらなくたっていいじゃない。自分で書いたの?」
「う……、うん」
「へぇ。すごい」
「す、すごくないし……、僕なんてただの素人だから」
「でもすごいよ~! あのちーちゃんがそこまで成長したなんて……、お姉ちゃんは嬉しい! はぐ――っ」
「う……、く、苦しいから」
めぐみは千尋を抱きしめる。自分ではよくわからないが、最近は周囲から褒められることが多い。
歌詞の書き方はまるでわからないが、有理栖の指南通り、ただ思ったことを書き並べた。プロとはとても比較できないクオリティだが、自分なりに作品を作りあげたことに達成感を感じていた。
「しかし、千尋が歌うなんて。私はびっくり。あの千尋がね」
「ぼ、僕だってよくわかってないよ」
「音楽好きだったの?」
「別にそういうわけでもないけど……、有理栖さんが歌えって言うから」
「でもいいと思う。歌を通して自分を見つける。私が千尋を通して自分を見つけるみたいに、ね」
「ごめん……」
「なんで謝るの?」
「だって……、あおいちゃんじゃなくて、怒ってるかと」
「……、うん」
「え?」
「千尋も私を通して千尋を見つけてくれたら一番嬉しいけど、でもいい。千尋がやりたいことを見つけてくれるなら、私は嬉しいから」
「……、あおいちゃん」
「歌楽しみにしてるからね」
「……ありがとう」
千尋は音楽の経験は全くない。
幼少期は激しい虐待を受けていたため習い事などしていなかったし、学校も満足に通っていないため初歩的な教養もない。
楽器に初めて触れたのは有理栖が持ってきたギター。
だが歌にすることで気持ちを表現する術を知った時、感動したのは忘れられない。
「高柳さんが来たら、リハーサルとかするの?」
「うん……、一応」
「そっか。忙しいね。千尋は」
「暇よりはマシだよ」
「恵那ちゃんもきっとまたふらりと現れるし、ストレス感じ過ぎて倒れないでね」
「それは……、頑張る」
「倒れるなら私の上にしてね」
「いや……、どういうあれだよ」