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第112話 褒めるのは、恥ずかしいことじゃないわ

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「千尋、頑張ったね。よしよし」

「う……、は、恥ずかしいからやめろ」

「なんで? 頑張った子を褒めるのは、恥ずかしいことじゃないわ。素晴らしいことです」

「うんうん。あおちゃんのゆーとーりです。めぐみお姉ちゃんもぎゅーってしてあげる~!」

「――うっ!? ……、ふごふご……もごもご」

「なでなで」

「ぎゅううぅぅ~」

 ステージ裏を通って一般エリアに戻ると、エントランスであおいたちが待っていた。千尋は一安心したと同時に、体の力が抜ける。あおいは無表情な顔で千尋の頭を撫でる。相変わらず人形のようだが、どことなしか嬉しそうに見える。

 恥ずかしい。だけど今は抵抗できるパワーがない。千尋は諦める。それを見越したようにめぐみが千尋を抱きしめる。大きな胸は慣れた感触だが、今日ばかりは実家に帰ったような安心感を感じる。


――【千尋、いい感じだった】


 LINEが着信する。拘束された状態ではスマホを見られないが、状況を察した奏がスマホを突きだす。誇らしげに笑う奏は、生まれてはじめてみたミスコンテストに感動した様子である。


「――なでなで、ふふふ。千尋ちゃん……、いや、もう千尋でいいのかしら。正体ばらしちゃったし」

「だね~! でも知らなかった! ちーちゃんが女の子になりたいって思ってたなんて~! あたし嬉しさと驚きで震えちゃった!」

「いや……、ふご……、そんなこと思ってないけど」

「うーん、じゃあこれからは女の子のモノの洋服を買いに行かなきゃだね~! 今日の衣装も素敵だけど、もっとたくさん必要だもんね~!」

「いや……、話し聞いてる?」

「ぎゅううう~! かわいいちーちゃんがめぐみお姉ちゃんは大好きだよ~!」

「ふご……っ、き、聞いてないし……」

「でも、かっこよかったよ、千尋。言いたいこと言えたね。やっと。すごい響いた。ほら、私の胸。触って?」

「……っ!?」


 あおいは千尋の手をとって豊かな胸に引き寄せる。線が細く色が白い不健康な見た目だが、胸の感触はめぐみのそれとなにも変わらない。冷たそうな色合いと相反するひと肌のぬくもりは、あおいが生きている証明そのもの。


――ドクンドクン……。

「聞こえる? 私の鼓動」

「う……、うん」

「私ね、嬉しかった。千尋が、あんな風に言ってくれて。興奮したの。ドキドキした」

「そ、そう……」

「今もしてる。あんなに高ぶったのは、二回目よ」

「いい声、だったよね」

「ええ、うん。私もびっくりよ。あんなに大きな声をだしたのは、はじめてだもの。やっぱり千尋と一緒にいれば、私はどんどん私を知っていける。私が知らない私がね、ここから、飛びだしてくるの」

 あおいは、千尋の手をぎゅっと握る。あおいの心臓――、心は大きく何度も何度も鼓動する。耳は当てていないのに、深い海の中のような音が聞こえる。心地いい命の音。

「ここは……、私のものだけど、私にはわからない不思議な場所。でも、千尋になら預けられる。千尋は私を深海から引き上げてくれる王子様だから」

「あ……、う、……、うん」

「揉んでもいいよ」

「……は?」

「揉みたいなら、揉んでも、いいよ」

「い、いや……別に……それは……」

「なあに? 素直になったんじゃないの? 言いたいことを言える自分になったんじゃないの?」

「な、なりたいけど……、まだ……、僕は」

「あー、そう言うってことはやっぱり揉みたいんだ。そうなんだ。千尋いやらしい」

「え……、いや、あの……、いや、そういうあれじゃなくて」

「ぎゅううう~~、めぐみお姉ちゃんのおっぱいはフリーおっぱいだよ~、ちーちゃん専用おっぱいで~す! ぎゅうう~」

「ふご……、う……、く、苦しいから……、や、やめて……」

「えへへ~嬉しい~? 気持ちい~?」

「ふごふご……、はぁはぁ……、あぁ……」

「めぐみちゃんの胸はいいのに、私の胸は嫌なんだ? なんで?」

「ふごふご……、いや、そ、そうじゃなくて……、あの……もごもごぉ……」

「にしし~、あたしのおっぱいの方が大きいからだもんね~! ね~?」

「そうなの? 私もそこそこ大きいほうだけど……、もっと大きいほうがいいのか」

「ち、違う……」

【千尋変態】

「ふご……!? は?」

 めぐみの胸に埋もれる千尋に、奏は手を伸ばしてスマホを見せる。怒ったような顔は愛嬌があるが、それを楽しめるような状況ではなさそうだ。千尋は一瞬で判断する。


【ちいさいおっぱいが好きなんて変態!】


 声が聞こえる気がする。小学生の高くて伸びやかな声で激しく怒る声が聞こえる。幻聴か妄想か。千尋にはわからない。


「あー、そうよね。千尋変態だもの。大きいより小さい方がいいのか」

「え~? そうなの~? ちーちゃんはシスコンじゃないの~? え~?」

【小学生好きの変態ロリコン】

「ち、違う! 僕は……、ロリコンじゃない!」

「じゃあなにコンなの?」

「は、はぁ?」

「ロリコン? シスコン? マザコン? それとも……、女装?」

「ど、どれでもないー!」

「まあ、……、なんでもいーや。あたしはブラコンだし、ちーちゃん好きだし、おっぱいぎゅううするのも好きぃ~!」


――ぎゅううう――。


「う、うぁぁ――!? ……」

「大きいおっぱいは愛の象徴だもん~! ちっちゃいちーちゃんをおっぱいで育てるんだもん~! この愛の詰まった脂肪の塊で!」

「愛なのか脂肪なのかどっちなんだよ」

「両方!」

「めぐみちゃんばっかりずるい。私もする」

「は……はぁ?」 

「ぎゅうう」

「あ、お、おい――」


 なにを思ったのかあおいは胸を千尋に押し当てる。バストサイズはFカップ。乳房のサイズはめぐみより小さいが、背も小さいせいか同じくらい大きく見える。視界が柔らかい女性の象徴に包まれて、甘い香りに脳が刺激される。


「ぎゅうう」

「ぎゅ~!」

【千尋変態過ぎる】

「ふご……、ち、違う……」


 胸は嫌いではない。男性女性問わず、柔らかく大きな胸の触り心地を嫌う人はいない。千尋も同じだ。だが、恥ずかしい。そして子供扱いされることが屈辱だ。背が小さく童顔であることが、一番のコンプレックス。自立した大人の男になりたい。当分は遠い夢だが、目標ではある。あおいやめぐみの態度が変わるとも思えないが。千尋は、未来を考えるが、今はなにも出来ないことに絶望する。


「ひろくん、おっぱいぎゅうしてるの?」


「……?」

「……え?」

「……だれ?」


 背後から声がした。よく知っている声。先ほど脳内で聞こえた奏の声ともよく似た、幼くて無邪気な相生恵那の声。あおいやめぐみは振り返る。胸の拘束が弱くなり、千尋も視線を向ける。


「え……、恵那」

「……恵那ちゃん」

「……だれ?」


「久しぶりですね、あおい様。挨拶に来られなくてごめんなさい。ちょっと仕事があって」

「いいけれど。久しぶり。恵那ちゃん」

「相変わらず美しいですね。廃墟のお姫様みたい。とっても綺麗」

「恵那ちゃんも、可愛くなったわね」

「うん! 恵那ね、めっちゃかわいくなったの! それにおっぱいも大きくなったし、お尻も大きいし、すっごい褒められるの~! あおい様もやっぱりそう思う~?」

「ええ、かわいいと思うわ」

「えへへ~っ! だって~? ひろくん~! やっぱり恵那ってかわいいよね~! ね~!」

「え、恵那……、し、静かに……」

「にしし~」


 恵那は楽しそうに笑う。あおいは無表情に答える。千尋は弱々しい。三人が揃ったのは七年ぶりである。昔、琴音の勤める病院で一緒に入院し、家族ごっこをした仲間。そして家族。


「恵那ね、やっと二人に会いに来られたの。準備ができたんだ」


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