第109話 精神病質者
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――では、次、五三番の方~! こちらで待ってください~!
大会は粛々と進む。モニタ越しの歓声は、控え室まで漏れて聞こえる。四〇〇〇人収容の客席は、四分の一以上が埋まっている。
入場料は無料。九割九分が女性だ。
中等部の女子中学生や、出し物の合間にやって来た女子高生たち。それに招待客の大人。
――ワァアァァア。
五二番の女子高生がステージに登場すると、スポットライトがワルツを踊る。華やかなドレスを着用した少女は、セミロングのパーマが豪勢な美少女だが、見るからに顔がこわばっている。
「えへへ~、じゃあひろくん次あたしだから行ってくるね。ちゃんと恵那のかわいいところ見ててね!」
「う……、うん。がんばって」
「賭けだからね! ひろくんもちゃんと頑張るんだよ!」
「か、賭けなんて……」
「約束! 恵那はね、ギャンブルって大嫌いなの~! だって、恵那って神様に選ばれなかった子供だから、運を天に任せる賭け事なんて、最悪だも~んっ!」
「いや、だったら……賭けなんてやめたほうが」
「のんのん~っ。ひろくんはわかってないなぁ~!」
「……?」
「恵那が嫌いなのは、運を天に任せるギャンブル! えへへ……、これは賭け事という名前の勝ちレースだもん。恵那が絶対勝つもん」
「す、すごい自信……」
「だって恵那かわいいもん。恵那はね、神様には選ばれなかったけど、おかげで普通な人たちのことが客観的に見えるの」
――五三番の方~! いませんか~? 次ですよ~? 失格になりますよ~?
「だって恵那たちはね、異常な子供だから! こっちの世界の住人じゃないからね、みんなが求めてるものがよくわかるの」
淀みのない恵那の言葉は夏の空のように澄んでいる。真っ直ぐに千尋に向かってる笑顔は、まるで向日葵。
「でもね、恵那は満たされない。こっちの世界でいくら生きても、お腹の中はいっつもからっぽ。褒められても愛されても、お金を稼いでも崇められても……、恵那はつまらない。恵那が欲しいものは、向こうの世界にしかないの。わかるでしょ? ひろくんだって。恵那と同じなんだから」
「わかる……、けど、でも……」
「恵那はひろくんを迎えに来た」
「……っ」
「みんなを迎え入れる世界を、つくるの。今日はね、そんな未来の序章なの。にしし~、恵那ってこう見えても結構頭いいんだよ。パーソナリティ障害? っていうやつなんだって~。精神病質者? とかいうそういう人はね、カリスマ性があって天性のスターなんだって~」
――五三番の人~! いませんか~?
「じゃあ行ってくるね、えへへ、失格になっちゃうぅ~」
――またね!
恵那はそう言うと軽快なステップでスタッフのところへ走っていく。悪びれたそぶりもなく、無邪気に笑っている。社交的で愛嬌があり、尊大な自意識と罪悪感の欠如。暴力性、歪んだ倫理観。優れた外見と人を惹きつけるカリスマと溢れ出る魅力。
確かにそうなのかもしれない。千尋は思考する。少なからず持っている精神医学の知識に、恵那を当てはめる。
精神病質者――サイコパス。
しばしば世間を騒がせる凶悪犯を連想する言葉だが、実は社会的成功者に多く存在する人格障害の一種。平気で人を陥れ、嘘をつき、誰かを傷つけても良心を感じない異常人格。
共感性に欠けていて、他人の悲しみや痛みを汲み取れないが、自分の快楽は感じる自己中心性――。長期的思考に欠けて短絡的。欲求を満たすために、荒唐無稽で視野に欠けた行動。興味の移り変わりが激しく、飽きやすい――、
恵那に当てはまるところは多数ある。
だけど、違うところもある。
サイコパスは、常に論理的を思考する。
感情、という障害に邪魔をされない性格は、他人に共感せず、人を駒として利用することに役立つ。故に、机上の空論を、現実にできる。人間を傷つけても騙してもなにも感じない。心は痛まない。
それが成功できる理由の一つ。
少女のように感情の向くままに行動している――、ように見える恵那は本当に賢いのだろうか。
「えへへ、すいません! ちょっと緊張してしまって……、お友達に励ましの言葉を貰っていたんです」
「まあ、いいけれど。あわよくば失格になっていたところよ」
「はい、ごめんなさい。でもその分頑張って今日一の歓声を恵那が貰いますから!
「お~、すごい自信ね、あなた」
「えへへ! はい、だって恵那魅力的ですもん! 優勝してティアラを貰うのは恵那です!」
スタッフと会話する恵那は跳んだり跳ねたり落ち着かない。恵那は感情を抑えない。心が素直に体に伝達する。常識には邪魔されない。それが正しいことだ、と教育を受けて育ったから。そんな恵那の姿をみているうち、千尋にも現実がやってくる。
「うぅ……、すぐ僕の番……」
体が震える。
ここに来た時と同じように、意識が朦朧とする。ガタガタと振動する震度はマグニチュード8。人が大勢いる場所は暴行や監禁を受けた子供のころを思い出す。PTSDが抑えられない。隣に安心できる誰かがいなければ、相も変わらず千尋は無力だ。
「うぅ……、薬……」
千尋は薬ケースからセルトラリン25㎎を二錠出して、飲んだ。サイコパス――、恵那のようにいつも堂々と無邪気に生きられたらどれだけいいだろうか。千尋は羨ましく思うと同時に、自己否定に拍車がかかった。