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第108話 未来が迎えに来る

108


――では、番号順に案内していきますので、みなさん準備はよろしいですか~?


 スタッフの女子高生がよく通る声を響かせる。

 ざわついていた控え室は急激な緊迫感に息が詰まる。


「恵那は五十三番……、ひろくんは何番?」

「九十七番……」


 参加者は番号、名前、年齢、そして一言アピールポイントが記載された名札を装着している。

 

――今年度の、コンテスト出場者は一〇二名です。四年続けての一〇〇名超えです! 皆様、ありがとうございます! 是非是非、優勝賞品を目指して頑張ってください!


「賞品とか……、あるんだ」

「え~? ひろくんそんなことも知らないの~? チラシに書いてあったじゃ~ん!」

「いや、チラシがあることも知らないんだけど」

「もぉ~! ひろくんなにしにここに来たの?」

「いや……、僕はあおいちゃんたちに強引に……」

「あ、女子の楽園を覗きに来たんだっけ」

「違う!」


――では、一番の方からどうぞ~!


 番号が読まれ始める。次いで、二番、三番……、とすぐにやってくる出番を待つ。

 一次予選。ステージでのアピール時間は120秒。マイクを持ち、演説をしてもよし。特技を披露してもよし。常識の範囲内でなにをしてもいいのだ。

 怒濤のように流れる一時間の予選。

 控え室のモニタに映し出される煌びやかなステージの映像は、スポットライトとフラッシュが幻想的な光の雨。

 高校の文化祭とは思えないほどに、華やかで豪華絢爛。

 いよいよ近づいてきた現実に千尋はオドオドし始める。


「う……、す、すぐ……僕の番……」

「えへへ~、ひろくんなら大丈夫だよ。そのままにしてればきっと投票が集まるよ」

「あ、集まらなくていいし……」

「はいはい。ひろくんは弱虫だなぁ。だめだよ、そんなんじゃ。人生は気持ちの持ちようで何色にだって変わるんだよ」

「アドラー……、ですか」

「お~! ひろくん詳しいね~! そうそう! 心理学の先生の偉い言葉~!」

「あおいちゃんが……、よく言ってるから」

「へぇ、あおい様が。やっぱりあおい様は素敵だなぁ」

「恵那……、やっぱり訊くけど、ここになにしに来たの?」

「……えへへ」


 目線を合わせない千尋の言葉は床に向かっていく。か細い声は、少女のように高く、幼い。人見知りを絵に描いたように顔がこわばる千尋の姿を、恵那はかわいいと思う。あのころと、まるで姿形が変わらない千尋に、懐かしさを覚える。


「ひろくんをね、迎えに来たの」

「……?」

「恵那はね、王国を作ったの。前も言ったでしょ? 恵那たちみたいな恵まれない子供たちがね、幸せに暮らせる世界。こことは違う、恵那たちの居場所。王国の国民はね、五〇〇〇人いる。税金を払って、国民の義務である労働もしてくれる。そのおかげでね、お城もできたの。領地? だよ。恵那はね、女王なの。恵那の王国の領主だよ」


 相生恵那が人を集めていることは知っている。恵那が「王国」と称するそれに、その昔存在した新興宗教団体の影がちらつく。

 自由意志を「神」として崇め、感情のままに行動することを是とする思想。

 千尋は恵那が心配になる。


「恵那……、大丈夫、なの?」

「……? なにが?」

「悪い人たちに利用されてるんじゃ……、ないかって。……、例えばその……、絆の会の人たちとか、……、あの……、関係してるんじゃない……、か、とか」

「う~ん、……、知りたい?」

「う……、うん」

「じゃあ、ひろくんが優勝したら教えてあげる」

「え、恵那!」

「えへへ~、頑張って恵那から秘密を聞き出して! ひろくん!」

「ぼ、僕は……、その……、恵那のことが心配で……、言ってるのに」

「じゃあ無理矢理に訊きだしてみたらいい。恵那は無防備だよ? 背の小さい女子高生。高校生の男の子にだったら、どうでにもできる弱者だよ? 殴ったり叩いたり監禁したり拷問したり、好きにしてみたらいい。恵那はそういうひろくんが見たいの」

「恵那は……、僕を王国に連れていきたいの?」

「うん! だってひろくんは可哀想な子供だもん。親に虐待されて、殺されそうになって、テレビのニュースになって……、それがあんまりにも辛いから、昔のことをみーんな忘れてしまった。寂しくて、悲しくて、恐くて、不安で……、絶望ばかりの人生だから、記憶を消去! して、すっかり別の人間に成りかわった! それって……、悲劇だよね?」


 弾むようにリズムカルな恵那の言葉は、歌を歌うように情緒が安定しない。泣きそうになったり、大笑いしたり、一言一言がまるで別人のように感じる。千尋は、恵那の言葉が胸に刺さる。


「かもしれない……、でも、もう思い出したよ。そして、僕は僕なりに、こんな自分を認められるように頑張ってる。自分らしい生き方っていうのがどういうものかはわからないけど、……、でも、表現することでなにかが変わる気がしてる。まずはそこから始めなきゃいけないって」

「パチパチ~! ――かっこいいね! 感情がこもってて恵那はね、なんか感動した! ひろくんスピーチのセンスあるね!」

「は、話をそらすな! ぼ、僕は真面目に……」

「今みたいにみんなの前で言えば、一次予選は楽勝だよ。見た目はすっご~いかわいいし、エモエモ系な言葉でみんなの心を鷲づかみ! お涙ちょうだいも他人の不幸もみ~んな大好物だから!」


 恵那の無邪気さが千尋は哀しくなる。恵那のことはよく知っている。二年間、寝食を共にした家族なのだ。平気で人を殴ったり、言いはばかられることを口にしたりするが、恵那に悪気はない。ただ、思ったままに生きている。それだけなのだ。そんな「個性」は世界と調和がとれないが、恵那は自分らしく生きられる場所を作ろうとしている。自分も同じだ。恵那と同じように、社会に適応できない人間。普通じゃない人。理解されないのなら、もうなにも求めない。自分たちの国を作ろう。そこで生きればいい。恵那のそんな目論見は共感を覚えるが、同時に、切なくなる。自分が目指していることと、似て非なるものだから。千尋は顔をあげる。


「みーんなね、恵那たちみたいな人が大好きなんだよ。不幸は蜜の味。異常な子供はね、可哀想! って同情される。それでね、恵那みたいにかわいくて魅力的だったら、もっと美味しいんだよ。世の中はみーんな悪い人ばっかり。でも、恵那はわかっちゃったんだ。えへへ……、恵那はね、その中でも特別なんだって!」

「恵那……」

「えへへ、だからいっぱいいっぱい色んなこと考えたの。みんなが幸せに暮らせるようにね、頑張ってるの。ひろくんも、恵那に協力して欲しい。あおい様も、来て欲しい。恵那は、恵那の王国で優しい世界を作るんだ」


――次の方~! 準備してください~!


 声が響く。控え室の匂いは少女たちの春の匂い。青春を切り抜いたアルバムは、青鮮やかな風が通り抜ける。わかってる。自分も恵那も、ここにいるべきじゃないと。千尋は思う。でも、いてはいけないわけでもないと。


「えへへ、じゃあ恵那が優勝したらひろくんも国民になって」

「い、いや……、そんな一方的な」

「じゃあ賭けだよ! 賭け! ひろくんが優勝したら、恵那はひろくんの言うとおりにするよ」

「か、賭け……」

「うん! どんなお願いも聞くひろくんの一日奴隷になる!」

「そ、そんな賭け……」

「あ~っ、楽しい! 勝っても負けても楽しみ~! ひろくんを国民にするのも……、ひろくんに命令されるのも……、恵那は……あぁ~っ……、 ゾクゾクするぅ!」

「い、いやだから賭けなんて……」


 時計の針は刻々と進む。立ち止まることはない。順番はゆっくりと、千尋を待つ。未来が迎えに来る。



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