第105話 ー1000点
105
聖愛学園ミスコンテスト。
参加者は一次、二次予選を経て、決勝へ進む。
舞台は聖愛学園常設のイベントホール。
生徒以外の参加も可能だ。
「いや……、僕、男なんだけど……」
「関係ないよ! 時代はジェンダーフリーだもん! よく見てよここ! ほら! 年齢一五歳から一八歳。性別不問! 不問だよ!」
「LBGTに配慮されてるのね」
「いや、だから僕は普通に男なんだけど」
「かわい~ちーちゃんだったら、きっと優勝できるよ! 早く申し込みに行こ~? 締め切り十二時までだって~!」
「ふむふむ。ロリ系なら他とあんまり被らなくて受けるかも」
「いや、だから僕は男!」
「男だけどかわいいっていうのもアピールポイントだけど……、正体がバレたら退場になっちゃうかもしれないし、言わないほうがいいかしら」
「うんうん! 言わなくても勝てるよ! ちーちゃんなら」
「僕の言葉ってもしかして無音になってる?」
「よし! さっそく申し込み会場に行こう! えっとぉ、イベントホールは……」
聖愛学園高校は豪華な設備を誇る。吹奏楽部や合唱部が利用するイベントホールは、収容人数四千人。全校生徒が集まっても、席が余るほどである。卒業式や入学式、そして学外から招待された著名人の講演会や、文化祭などの行事でも利用される。
舞台の広さは間口20m。奥行き20mの大きさを誇り、ダンスや演劇でも使用できる。
「――ガシッ……、ぐい――、ほらちーちゃん行くよ! 早くしないと十二時超えちゃう~!」
「い、いや僕はそんなもの……、出ない」
「わがまま言わないの~! 悪い子のちーちゃんはかわいくない~!」
「かわいくなくて、いい!」
「でも、やっぱりかわい~かも~っ! よし! ちーちゃんのことはめぐみお姉ちゃんが責任を持ってプロデュースしてあげるのだ~!」
「せんでいい」
「いいから行くの~っ! 出るの~っ! ぐい――」
めぐみは千尋の腕を綱引きのように力一杯に引っぱる。千尋は姿勢を落とし、足に全神経を集中して踏ん張っているが、今にも限界を超えそうである。
「ぼ、僕は! お風呂! そうだ、お、お風呂に入らないと……、ね! あおいちゃん」
「うーん、まあ」
目の前には温水プールを改装した入浴施設がある。チケットもある。西園深紅は今は居ないが、ミスコンに出るくらいだったら、お風呂の方がまだましだ、と千尋は思う。
人は苦手だ、無数の観衆の目なんて、想像するだけで背筋が凍る。しかも女装した姿を審査されるのだ。恥ずかしさを通りこして、呼吸が止まりそうである。かといって、女性ばかりの浴室なら平静を保っていられるとも思えないが……しかし、
「だ、だから、ほら! お風呂に入ろう! 見たらお風呂も営業時間、一三時までみたいだし……、早く入らないと! ね! あおいちゃん」
「うーん、どうしましょう」
「え~っ、ミスコンだよ! ミスコン! ――コンコンコンコン!」
「た、叩くな、僕の体を」
「だってわがままちーちゃんにはお仕置きしないとだめだもん!」
「うーん、千尋は、お風呂に入りたいの?」
「……ッ、う、うん……、そ、そうだ! 入りたい……、んだ」
「なにに?」
「え……? なにって……、それは……」
「それは?」
「お、お風呂だよ! お風呂!」
「どんなお風呂? 具体的に説明して。ほら、千尋はどこのどんなお風呂に入りたいのかしら?」
「……ッ、こ、ここの風呂だ!」
「だめ。具体的じゃない。どこの学校のどんな人が入ってる風呂に入りたいの?」
「し、知るか! くそ!」
「はい、-100点。そんな言葉づかいは女の子らしくないから、だめです。訂正しなさい」
「う、うるさいな……、い、いいだろ、どんな言葉づかいしたって。僕の自由だ」
「自由じゃない。千尋は私のものなんだから、私の思い通りにしないといけないの」
「僕は奴隷か人形か」
「ううん、恋人でしょ」
「どんなカップルだよ」
「ふふふ、幸せなカップルじゃない。とても素敵な、理想の恋愛」
「……、おかしい。絶対おかしい」
「そんなこと言ってぇ……、千尋だって嬉しいくせに」
「嬉しくない」
「ほんとは言いたいんでしょ? 言って嬉しくなりたいんでしょ?」
「ぼ、僕をなんだと思ってるんだ!」
「大好きな彼氏」
「……っ、そ、そんなこと言ったって……、だめだからな」
「じゃあ、千尋が言おう。女子校のお風呂で女子高生に交じってお風呂に入りたい、って」
「どんな変態だ、僕は」
「だって千尋はメンヘラひきこもりでしょ。それはね、普通じゃないってことだから大きくまとめたら変態ってことじゃない」
「まとめすぎ」
「ともかく、逃げたってだめなのよ。千尋」
「……?」
「私にはわかってる。千尋は、人前に出たくないからミスコンを拒絶してるんでしょ?」
「――ッ、だ、だって僕は大勢の前に出るなんて……、無理だよ」
「でも、ライブするのよね? 後夜祭で、有理栖さんと一緒に歌うのよね?」
「……うぅ……、そ、それは……」
「ミスコンに出られないようじゃ、ライブなんて絶対無理じゃない」
「うぅ……」
「むしろミスコンは練習じゃないの? ライブで失敗しないために、挑戦してみるべきじゃないの?」
「うぅ……、そ、それは……」
「それは?」
「……、それは、そうで……す」
学園祭に来たのは後夜祭で行われる高柳有理栖のライブに出演するためだ。男性が入場禁止だとは知らなかったが、ライブは前から決まっている。有理栖が男性禁止を知っていたかはわからないが、恐らくは知らなかったであろうと千尋は推測する。知った上で、僕を女装させるために黙っていたのは、めぐみやあおい、未来だ。
ライブもこの格好でするとなると、恥ずかしいが、それ以上に不安なのは、人前に出ることである。そんなことはしたことがない。ライブのための曲は用意してきたが、観客の前で歌ったことはないし、上手く歌える自信もない。そもそも僕はアーティストでもなければ、歌手でもない。ただの素人のひきこもり高校生である。
「自分を変えるためにここに来たんでしょ? 千尋が望んだのよ。変わりたいって。なのにここで逃げてどうするの?」
「うぅ……」
あおいの芯を突く言葉に千尋はただ、悶える。なにも言いかえせない。全てが真実だからである。歌うことを一方的に提案してきたのは有理栖だし、半ば強引にライブが決まった。だけど、最後に決めたのは自分だ。曲を作ったのも、今日ここに来たのも、自分の意思である。
高柳有理栖のように、みんなと違う普通じゃない自分を個性として昇華できたら――、人生はきっと彩り豊かで素敵なものになる。
今日はそんな冒険の最初の一歩。スタートなのだ。
逃げてはいけない。
千尋は自制し、自分の足で立ちあがる。
もううずくまらない。
この場所にすがりつかず、先へ進むのだ。
「まぁ、千尋がそれでもどうしても女子高生のお風呂に入りたいっていうならぁ、考えてもいいけど」
「……!?」
「僕はえっちで変態で女子高生大好きで、女装してまで女子校に忍び込んでかわいい彼女といちゃいちゃしたかった、なら、仕方ないから許してあげるけど」
「あ、あおい……ちゃん?」
「千尋の本心はどっち?」
とぼけたようにも真面目なようにも感じ取れるあおいの口調は、淡々としていて謎に満ちている。感情をくみ取ることが出来ることもあるが、今はわからない。冗談なのか、本気なのか。千尋は困惑する。
「私はね、千尋が望んだように生きて欲しいの。それをサポートするのが私だから、私の命令通りに生きていけばきっと幸せになれるように、いい指示をだそうと思ってるの。でも時々、千尋の考えてることがわからなくて、困るの。千尋は自分を変えるためにミスコンに出るのか、女子高生風呂に入って興奮したいのか、どっちがしたいの?」
「僕はあおいちゃんのことが相変わらずわからない」
「そ? うーん、謎に満ちた彼女の方がかわいい?」
「なんとも……、言えない」
「不正解」
「……?」
「そこは、謎が合ってもなくても、あおいちゃんはかわいい、って言わなきゃ」
「……、はい」
「はいじゃなくて、かわいい、でしょ」
「かわ……いい」
「-1000点」
「……なんで……」
「感情がこもってないから」
「それをあおいちゃんが言うか……」
「ふふふ」