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第101話 青春の思い出

101


 十一月二十日。

 土曜日。

 晴れ渡る空にはさえずる鳥も遙か遠く。有象無象の声が昨日や明日へ向かって飛んでいる。


 聖愛祭――。


 毎年、十一月に行われている聖愛学園の文化祭である。

 中高一貫の女子校らしく、ルールは厳格。

 生徒一人につき四枚まで配ることができる招待チケットを持たない者は、家族であっても入場できない。

 また、親族以外の男性は、チケットを持っていてもお断り。


 つまるところ、若さ溢れる女学生の青春祭りに、恋が入る余地はない。

 一人を除いて……。


「はいっ。優木、千尋さんですね。ここにお名前と年齢、それに性別の欄に○をつけてください」

「は……、あ……、う」


 一〇時。

 聖愛学園の校門。

 入場確認する実行委員の女子生徒と、千尋はまともに会話ができない。


 十一月の太陽は北風が嘘のように熱い。体が熱い。舌が焼けたように麻痺する。


「あ……、う……」

「はい? 書けました?」

「あ……、うぅ……」

「どれどれ……、あれ? 間違ってますよ。ほら、ここ!」

「あ! あ……」

「ふふふ~。こちらで直しておきますね~。え~っと、優木千尋さん。女の子っ、っと」

「あ……、あぁ……」


 生徒会の書記でもある女子生徒は、自分の仕事を的確にこなせたことを誇りに思うように、書類を訂正する。

 チケットの個人情報欄。名前、年齢、性別を記入し、実行委員の印鑑が押されて入場許可証となる。


「はいっ。いっぱい楽しんでいってくださいね! 優木千尋さん!」

「あ……、うぅ」

「ふふふ。千尋さん。いや……、千尋ちゃん。いっぱい楽しもうね。私も楽しみ」

「うぅ……なんでこんなことに……」


 隣で笑うあおいはブラウスにスカートを履いて上品な格好をしている。いつもより艶やかな化粧は、リップも瞳もラメが輝き姫のよう。

 千尋は足下がスースーしているのに、体が熱くて火が出そうだった。

 まるでフライパンで焼かれる魚のように、体が焦げて筋肉が死んでいく。真っ白だ。頭も体も、火照りが治まらない。


「僕は……、男なのに!」

「こらこら、千尋ちゃん。そんなこと言ったらだめでしょう。千尋ちゃんはどこからどう見てもかわいい女の子でしょう? そんなスカート履いてるのに」

「う……うぅぅ」

「興奮する?」

「しない!」

「でも千尋……、さっきからモジモジしてて、なんか……えっちだよ」

「う、うるさい!」

「ツンツン系女子かぁ……」

「僕は男だ!」

「ぼくっ娘系……」

「違う!」

「まぁ……、それくらいだったらバレないと思うからいいけど……、あんまり興奮しておっきくしないでね。あ、千尋ちっちゃいから大丈夫か。ちっちゃいのちーちゃんだもんね。ふふふ」

「ば……、ばかに……、しない……で」


 千尋をバカにするあおいに、ツッコミを入れる勢いが萎んでしまう。風が吹いてスカートが揺れる度に、まるで男らしさが攫われていくように、恥ずかしくなってしまう。


 千尋は知らなかったのだ。


 聖愛祭――。


 中高一貫の名門女子校の文化祭が、家族以外の男性禁であることに。


 知ったのはつい昨日。山吹未来のLINEである。


――【まぁ、千尋さんは女装するから大丈夫だと思いますので、女性ってことで申告してくださいね】


「よし! じゃあちーちゃん、さっそく洋服を選びに行こう~!」

【千尋の身長じゃめぐみの洋服着られないもんね】

「……? い、一体なんの話……」

「え? だって聖愛祭って男性禁止だし……、ちーちゃん女装して行くんだよね? あ~っ、ヌーブラも買っておけばよかったかなぁ? 胸が全くないのは……、あ、でもちーちゃんの身長だったら違和感ないかなぁ……、あー、化粧はどーいう系にした方がいーのかな」

【姫系】

「は、はぁ? 僕はそんなことなにも知らな……」

「さ! 買い物に行こー!」



 というわけでピンク色のワンピースに青いリボンをつける女装高校生千尋は審査をパスし、敷地内へ無事に入場する。 

 隣を歩くのは、あおい、めぐみ、奏、である。

 元からひきこもりで白い肌は、今日はより一層、繊細。

 

 昨日――、

「足下出すんだから、すね毛はちゃんと剃ってね!」

「嫌だ! 女装もしないし、僕は行かない――」

「わがままちーちゃんは嫌いだよ! めぐお姉ちゃんはちーちゃんをそんな風に育てた覚えはな~い!」

「知るか!」

「むむ! こうなったらぁ~、かなりんっ!」

【了解であります】

「あ……、ぐ……、な、なにを……」

「わがままちーちゃんには強制執行するしかないので~す」

「あ――、ぐ……、は、離せ――」

「あ、ついでにあっちの毛も……」

「うぁ……! あ……、や、やめてぇ……」


――というやりとりがあり、めぐみと奏の二人がかりで抑え付けられて、全身の毛を剃られてしまった。

 足が恥ずかしいのは、すっぴんになって敏感になった地肌とも関係がある。

 一方で艶々に化粧を施された顔は、千尋の脆弱な精神ではまともに見ることができず、結果として意外と気にならない。

 

「ちーちゃんかわいい~ね。誰もちーちゃんのこと男の子だって思ってないよ!」

【千尋子供だから化粧したら女】

「女装系男子……」

「う……、うるさいな。僕は……、好きでこんな事してるわけじゃないんだからな! た、ただ……、こうしないと入場できないって言うから……」

「ツンデレ系……」

「やめろ! それ!」

「情緒不安定系……、女子?」

「男子だ!」

「TS系……」

「うぐぅ……、早く帰りたい……」


 頭をかきむしると、ゴージャスなセミロングの髪が手にひっかかる。めぐみたちと買いに行ったウィッグは、ポリエステル製の人工毛で、むず痒い感じがする。

 色素薄めのゆるふわパーマがかかったウィッグ。ワンピースの上から厚めのロングカーディガンを羽織り、足下は白いミュール。


「ね、写真撮ろ~? みんなで」

「いやだ!」

「え~? 記念に撮ろ~よ~」

「三人で撮れ、三人で」

「だめ」

「僕はこんな格好、記念になんて残したくない」

「だめ。千尋」

「僕は……、は、恥ずかしいんだからな」

「でもだめ」

「今回ばかりは否定させない……、んだからな」

「千尋も含めて、みんな、でしょ」


 人に溢れる学園内。賑やかな飾りと見守る太陽。声が何層にも重なって波になる。小波が大波になって、津波になる。飲み込まれ、息ができなくなり、海に引きずり込まれる悪夢。

 人は嫌い。賑やかな場所は嫌い。……、だけどこうして過ごせる今があるのは、みんながいるからである。

 

「みんなと写真撮りましょう。千尋」

「……、わかったよ……」


 太陽を背景にして千尋たちは顔を寄せる。スマホを構えるのはめぐみ。思い思いの顔。めぐみは満面の笑み、あおいは無表情に笑って、奏は目元でダブルピースをする。

 千尋は不満げな顔。


「はいっ……、ち~ちゃんっ!」


「「「ちゅー!」」」


――パシャッ。


「あ……」


 かけ声と共に、三人で千尋にキスをした。

 虚を突かれた千尋はなにも抵抗できない。


「な、なにするんだよ!」

「ちゅー」

「キス」

【口づけ】

「そ、それはわかるよ! なんでこんなことするんだよ!」

「え~? だってちーちゃんとの思い出は、いつだってちゅーでしょ」

「うんうん。めぐみちゃんの言うとおり」

【二人がするなら奏も、とおもって……】


 めぐみは賑やかな顔でスマホの画面を見せる。


「にししし~、ちーちゃんめっちゃ驚いた顔してる~! かわい~!」

「思い出が増えたね、千尋」

「ぐ……」


 三人の家族にキスをされる女装男子の写真は、かけがえのない青春の思い出。

 そう。

 今日は女学生たちの青春祭りなのだ。

 そうして千尋の大変な一日が始まった。


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