第100話 心に決めたある日
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午後三時三十分。
王川小学校六年二組。
――アルヴァマー序曲 作ジェイムズ・バーンズ
三十人のクラスメイトが打楽器から木管までそれぞれ担当する。元は金管楽器を要する楽曲だが、シンセサイザーやアコーディオンによるアレンジが加えられている。
奏はこの三ヶ月一生懸命に練習をしてきたリコーダーで五人の仲間と共に熱心に演奏をした。
雄大で心を揺さぶる曲調は、奏の思いが芯から伝わってくるように千尋は感じた。
十分も経たず、演奏は終了する。
高柳有理栖の歌のように太陽の幻想を見ることはなかった。
小学生三十人の演奏から空へ舞いあがる色は、何色とも形容しがたいカラフルな模様だった。
【次は千尋だね。頑張って】
午後五時。
家に帰ってきた奏は千尋にLINEを送った。来週は聖愛学園の学園祭で千尋が歌を歌うのである。
千尋は相変わらず不安に震えているが、やる気はある。
「そう……、だね。僕も……、頑張りたい……」
「千尋。歌はできたの?」
「……、うん」
「えー、聴きたい」
「いや……、まだ……、恥ずかしくて……」
「大丈夫よ。だって私へのラブソングでしょ」
「いや……、あの……」
「あ、じゃ~あたしへの愛の歌だ~!」
「いや……、そういうわけでもなく……」
「うふふ、それなら先生に向けてかしら? あー、やっぱり千尋きゅんは先生が一番だいすき……」
「それも違う……んです」
「「「もー! 誰へのラブソングなの!」」」
自宅。
軽くシャワーを浴びて、五人は余暇を楽しんでいる。
夕食は少し高級な焼き肉店に行くことになっている。そろそろ出かけるつもりだが、会話に華が咲く。
【え? 私?】
「千尋ロリコンだから」
「いや……、そもそもラブソングじゃないし……」
「性欲の歌だから?」
「それも違う~!」
高柳有理栖に受け取った想いを、千尋は詩にこめた。学歴がない千尋には、難しい言葉は使えないが、有理栖はそれは関係がないと言った。言葉に魂を乗せて、歌になって空へ舞いあがるのだ。
それがロックだと。音楽だと。表現なのだと、有理栖の言う言葉を千尋は素直に受け取った。
「じゃあそろそろ行きましょうか」
琴音が微笑むと四人はうなずく。琴音の車に乗るために玄関を出ると、陽の落ちた街の匂いが千尋を誘っている。
柔らかい風だ。
温かくて胸がざわつく。恥ずかしさと優しさが心を揺さぶる。夕食の匂い。家族の色だ。
「今日は奏ちゃんのお疲れ会! そして千尋くんの頑張れ会ね」
【えヘヘ】
車に乗った。家族に囲まれた今を千尋は愛おしく思う。こんな毎日が続くように、僕は前に進まないといけない。
そう心に決めたある日。