最後はやっぱり愛で勝つ
森にはクワやスキ、斧やカマを手にした村人たちと、怪物退治に派遣されてきた騎士団、そしてヨセフに雇われた腕自慢の傭兵たちがいた。
実に物々しい様子であった。
「必ず見つけて絶対に息の根を止めろ! 絶対だぞ!」
包帯にギプスで腕を吊ったヨセフが討伐隊にがなりたてる。
その様子はひどく怯えているようでもあった。
(ああ、見つけたわ、ヨセフ。貴方だけは、許さない……。私をこんな姿にして、更にエメリスにまで手を掛けようなんて!)
グオオオオオン!!
恐ろしい咆哮が森を震わせる。
その声にひっと村人たちが怖気付く。
カランと武器を取り落とす者も居た。
「怯むな! やれ! 殺せ! はやく!!」
そう後方でがなり立てるヨセフの元へ、立ち竦む村人たちの脇をビュンとすり抜け、カタリナは風のように駆ける。
そうしてすぐ眼前、鞭のようにしなる剛腕を振りかぶり、ヨセフに振り下ろす。
「う、うわぁ!」
怯えるヨセフの前に、騎士団のひとりが立ち塞がり、盾を突き出した。
ガァンッ!
剛腕を盾で受け止め、騎士がヨセフを庇う。
「どいて! そいつ以外用はない!」
しかしカタリナの言葉はただおぞましい咆哮となって聞く者に響く。
その声に騎士とて怯んだ。
カタリナはその騎士の頭をガッと掴んで飛び越え、再度ヨセフに迫る。
「貴方だけは、許さない! よくも……!」
「わ、悪かった!! 俺が悪かった、本当に愛してるんだ! 許してくれ、カタリナ!!」
「っ!!」
名前を呼ばれ、必死に謝り愛を叫ぶヨセフに、振りかぶるカタリナの腕がにぶった。
それは一度は愛した男への思慕の未練か。
ほんの一瞬の躊躇。
ドスッドスッドスッ!
その一瞬に、体を貫く数多の矢。
(あっ……)
目の前が暗くなる。
一矢報いることも叶わず、カタリナの体が地に伏していく。
「は、はは、ははは。ざまぁないな! 化け物が!」
倒れ伏したカタリナの頭を、ヨセフはガツンと蹴り飛ばした。
びゅぅ。
不吉な風が吹き抜ける。
「なんて甘いんだ、貴様は。だが、俺様はそうではない。嗚呼、そうではないぞ……」
「誰だ……!?」
不意に聞こえるやけに不遜な声に、ヨセフが警戒するように周囲を見渡した。
「ひとの森でギャアスカピーピー騒ぎよって。あまつさえ、俺様の……。えぇい、不愉快だ!」
人々の遙か上空に現れたギシュファードが、両手を天に掲げた。
晴れていた空はにわかにかき曇り、突如ゴロゴロと稲光が走る。
「疚しき者、罪ある者には雷鎚の裁きが下る! 我こそは罪なき無辜の者なりと言える者だけ残るがいい! だがどれほど謀ろうと罪は暴かれ、雷は過たず貫くぞ!」
ピシャァン!
稲妻が迸る。
それを見た村人たちが手にした武器を捨て、地に頭を伏せ、祈るように両手を合わせた。
「い、言い伝えの雷鎚だ! 雷鎚の裁きだ! ひぃ、ごめんなさいごめんなさい!!」
村人たちが一斉に謝り出す。
それを見た騎士団は狼狽え、ヨセフは苛立ちを露わにした。
「なにが裁きだ! なんだかしらんがあれも所詮怪しい呪い師の類いだろう!? あぁ、そうか、カタリナがこんな姿になったのもアイツの仕業だ! そうだ次はエメリスが狙われるかもしれない! 全てあの呪い師が! アイツが元凶だ! おい、なにしてる! 次期領主の俺が言ってんだ、はやく奴を射殺せよ!」
ヨセフが騎士に命じると、騎士は怯えながらも矢を番え、空に浮かぶ魔法使いに向けて矢を射掛ける。
バヂ、バリリッ!パァン!
それらは迸る天空の稲光により叩き落とされていく。
「愚か者どもが! だが最も愚かなのは貴様だ! 嗚呼、いや、貴様か!? えぇい、もうっ!!」
ヨセフに言ったそのあと、倒れ伏したカタリナに。
ギシュファードは苛立ったように頭を掻きむしると、カタリナに手をかざした。
「来い!」
カタリナの体が浮かび上がり、ギシュファードの腕の中に抱きかかえられる。
「……バカ女が! ……くだらんこと言いおって……! ウソだったら、貴様も、雷の餌食になるのだからな!!」
と、何やらぎゃんぎゃんと吼えていたが。
怪物の尖った牙がゾロリと並ぶ大きなその口に、えぇいままよ! とギシュファードは口付けした。
どよっ、と、地上がざわめく。
カッ! と強い光が怪物の体を包み込み、溢れて、その光が収束していったころ。
カタリナの、美しいプラチナブロンドの娘の姿がそこに現れていた。
「あっ、あれは!」
「カタリナ様! カタリナお嬢様だ!」
ザワザワとどよめく村人たち。
ただ呆然とそれを見上げるヨセフ。
パチパチと瞬き、碧玉の目を開くカタリナ。
彼女のその瞳に映ったのは、苦虫を一億匹分くらい一気に噛み潰したような顔で見つめているギシュファードだった。
カタリナが、そっと、人間の手で彼の歪んだ頬を撫でていく。
「なんて顔してるのよ」
「こんな……! 下らんニンゲンどもの世迷言に巻き込まれて、俺様の静かな孤高の暮らしが狂わされたのだぞ!?」
カタリナが思わずといった風に笑う。
「そう、ご愁傷様ね。でも、おかげでわかったわ。私、やっぱり貴方を好きになるべきだって。うぅん、もう好きよギシュファード!」
カタリナはギシュファードの首にぎゅっと抱きついた。
雷鳴轟く空の上で、何が起きたのかもわからずに、ただただ親密に抱き合うふたりを呆然と見上げる人々。
その中で、そろそろと後退り、逃げ出すヨセフの姿があった。
その体を、迸る稲光が貫く。
ピシャァン!
「ぐわぁぁあ!!」
もんどり打って倒れていくヨセフ。
それを見てカタリナは眉を下げた。
「ヨセフ……」
「どうする、もう一発二発食らわすか、それともサクッと息の根を止めるか! はたまた!! ……醜いバケモノにでも変えてやるか」
同じ目に遭わせてやること造作もないぞ、とギラギラと獣じみた眼をしながら言うギシュファードに、カタリナはちょっと遠い目をした。
ゆっくりと首を横に振る。
「それは可哀想だから。もう二度と悪いことできないようにして。ちゃんとすっかり反省するまで、良い子で居られるように」
ギシュファードはフンとつまらなそうに鼻を鳴らして、手をかざした。
「愚か者に最後のチャンスを与えてやろう、これなるは慈悲の罰にして魔導の戒め。かの者をか弱く囀る小鳥に変えよ!」
パァンと光が弾け飛び、倒れたヨセフの胸を貫いた。
そのまま光は彼を包み込む。
そうして数瞬の後、ヨセフの体はピィピィと美しく囀る小さな銀色の小鳥となっていた。
「ありがとう、私の孤高の魔導師様」
カタリナが微笑む。自称史上最強にして孤高の魔導師は、視線を明後日の方へ向けて、フンと鼻を鳴らした。
――
後日。
小鳥のヨセフは鳥籠に捕らわれて憲兵隊に連れて行かれ、その恋人で下働きのオルテも屋敷の物を盗んでいたことで捕まった。
「違うわ、盗んだんじゃない! 旦那様に頂いたのよぉ!」
とは言うが、その旦那様であるヨセフも廃籍されるので彼女の言い分がどこまで通るか。
「カタリナ、本当に行ってしまうのか」
「お姉さま……」
「お父様、お母様、エメリス。ごめんなさい、勝手なことを言って。でも」
カタリナはぎゅっと胸元で手を強く握り、頷く。
「あの人と一緒に居たいと思ったの。だから行くわ。不甲斐ない娘で本当にごめんなさい」
「私たちこそ、長いこと気づいてやれずお前をどんなに苦しめたか」
「カタリナ、いつでも帰ってきていいのよ、ここはあなたのうちでもあるんだから」
両親がそれぞれカタリナに言葉をかける。
妹のエメリスが、
「お姉さま。どうか、お幸せに……」
「エメリス、あなたも。幸せになるのよ」
姉妹は抱き合って別れを惜しみ、やがて離れて微笑み合った。
カタリナは家を後にする。
その先には、深い森の中に佇むギシュファード。
「もういいのか」
彼のその腕にしがみつくように腕を絡めながら、カタリナは微笑んだ。
「えぇ、もういいの。会いたくなれば会いに行くわ。あなたがいつまでも寝ていて起きてこない時だとか、ね」
孤高の魔導師はフンと面白くなさそうに鼻を鳴らした。
そしてぐいっとカタリナを抱き寄せる。
ひゅうと吹く風が、ふたりを乗せて何処かへと飛んでいくのだった。