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怪物にされた令嬢  作者: 葦
2/3

希望、絶望、決意

 カタリナはどこをどう走ったものか。

 がむしゃらに走り回っているうちにバキンと何かを踏み抜いてしまった。


 ふ、と浮遊感に包まれて、穴の中に落ちていく。


「きゃあ!」


 もうダメだ、と思ったカタリナは、お尻の下でグシャッと何かを踏み付けた。


 案外に柔らかい衝撃で。


「ぎゃっ!」


 その何かが苦鳴を上げた。

 カタリナはギョッとして飛び退く。


 呻き声をあげながら、その声の主が起き上がってきた。


「誰だ、俺様の眠りを妨げる愚か者は! ……ってぐわぁ、なんだ、化け物ではないか!」 

 

 男の声だった。そしてそれはばっと手をかざすと、問答無用でバチィンと迸る光を浴びせた。


(きゃああ!)

グァああ!


 カタリナの口からは化け物の苦悶の咆哮が漏れ、バタリと倒れ伏す。


「……なんだ、この、違和感は」


 男は倒れたカタリナに近付くと、ハッと目を見開いた。


「此奴、もしや!」

 


 目を覚ましたカタリナは、柔らかなクッションの上に横たえられていた。


 ぼんやりとした視界で見渡してみれば、そこは半球形のお堂のような室内だった。


 その部屋は全てが本棚に埋められ採光窓すらなく、ぼんやり浮かぶ光の玉が微かに室内を照らし出すばかり。


「嗚呼、私、まだ生きているのね。いっそ……いっそ死んでしまえばよかったのに……そうして何もかも終わりにできたら……」


 そうしたらこの苦しみから解放されるだろうに、と。

 カタリナの化け物の目から大粒の涙がハラハラと流れていく。


「ほう、それが貴様の望みか」


 ジャラ、と、千切れた鎖の繋がる首輪と手枷を鳴らして、いつの間にか目の前に男が立っていた。

 それは、カタリナを化け物と言って光をぶつけてきたあの男であった。


 カタリナは身を固くして、キッと男を見上げ睨み付ける。


「あなた、なんなの……!」

「ふ。俺様は、史上最強にして偉大なる孤高の天才魔導師ギシュファード!」


 実に尊大で長ったらしい名乗りだった。


「自分で言うようなことかしら、それ」


 カタリナは男のあまりの名乗りに思わず呆れたように呟く。

 すると、男の長くうねる前髪の隙間から覗いた獣じみた金眼がギロリとカタリナを睨んだ。


「悪いかっ」


 今にも掴みかからんばかりに歯を噛み慣らし威嚇してくるギシュファードに、カタリナはパチパチ瞬いた。


「え、あなた、私の……私の言葉が、わかるの!?」

「ふん。言ったろうが、俺様は素晴らしい魔導師。化け物の言葉を理解するくらい、造作もない」

「……化け物って言わないでよ!!」


 一言余計な男ではあったが、それはカタリナにとってはどれくらいぶりであったろうか。

 人としての会話であった。


ーー



「それにしても、よく意識がもっているな。普通ならとっくに怪物の意識に食われ、ただの化け物に成り果てる。よほど我が強いのか、呪いや魔導への耐性でも持っているのか」


 カタリナが語った彼女の状況、状態に、感心したように唸るギシュファード。


「しかし……チッ! しくじったものだな。俺様がもっと早く目覚めておれば!」


 半年も自分の領域の森で好き勝手されてなど居なかったのに、と、状況を放っておいたことをこそ悔やんでいる。

 なんて奇妙で無神経で冷淡な男だろう、と彼の様子に落胆したようにカタリナは肩を落とした。


 それでも、カタリナの言葉を理解してくれる。

 最初はともかく、今は攻撃の意思もない。 

 それはひどく安心できる、そして嬉しいことだった。


「ねぇ、ギシュファード。あなたが本当に特別なひとなら、私を元に戻せる?」


 と、一番気になる点をカタリナは思いきって尋ねる。

 ギシュファードの金色の瞳が、ギラッ! と輝きカタリナを見据えた。その眼差しにカタリナは魂そのものをギュッと鷲掴みにされたような一種の恐ろしさを感じ身を硬くする。


「できる! と、言いたいところだが……」「だ、だが……?」

 

 カタリナはごくりと息を呑む。


「ことはそう簡単ではない。その姿はオーソドックスな、古来よりある簡単な呪いによるもの。しかし簡単だからこそ難しい」

「もったいぶらないで、早く教えてってば!」

 

 カタリナはソワソワとイライラで体を揺さぶった。思わずグルルと唸り声すら漏れてしまう。


「呪いを解くのは古より定番のそれしかない」

「どれよ!」


 ギシュファードは口をぐいっとひん曲げ、眉を顰めて顔を歪ませた。


「んっん〜! クソッ、そんなもん俺様にみなまで言わすな! ……愛だ、真実の愛!!」


 ぐわっと言い放ったギシュファードは、ウゲェ〜蕁麻疹が出る〜オェオェッとおぞましげに体を掻きむしっていた。


 カタリナはそんな様子を気にする余裕もなく呆然として。


「そんな……ウソよ! だって、だって、それなら私、とっくに治っているはずよ!? ヨセフと私はとても愛し合っていたもの!」


 必死に言い募るカタリナの話に、しかしギシュファードは懐疑的だった。金の眼はかなり冷ややかだ。


「はぁん? そうかぁ? どうだかなぁ〜。ニンゲンの愛だ恋だはだいたい打算か肉欲か」

「に、肉欲って! 私たち、清らかな仲よ、まだ!」

「ふん。なら打算か! まぁよい。ニンゲンどもの色恋なんぞ、孤高の天才魔導師たる俺様には本来どうでもいいこと。あぁ、だが、ひとつ約束してやろう」


 不遜な魔導師はニヤリと笑う。


「もしも貴様が完全に怪物に成り果てたときは、俺様がきっちり始末つけてやる。誰かを傷付ける前にな」


 その邪悪とも言える笑みに、カタリナはぽかんとして。

 ふふっと笑う気配を見せる。


「ありがとう。あなたも少しは優しいところがあるのね、ギシュファード」


ーー


 「ねえ、しばらくここに置いてもらえないかしら」


 カタリナはギシュファードに遠慮がちに尋ねた。

 しかしいかにも他人と暮らすなど苦手そうな男である。にべもなく断られ、出て行けと言われるかもしれない。

 事実思った通り、一瞬ひどく嫌そうな面倒そうな顔をギシュファードはした。


「いいだろう、今また森に出て行ってもギャアギャアうるさくなるだけだ」


 不利益と面倒を両天秤にかけ、少しばかりカタリナの面倒の方が良かったらしい。


 カタリナはそうしてギシュファードのもとでしばらく療養と、それから心を怪物に乗っ取られないための精神修養をすることにした。 


 ふたりの共同生活が始まってしばらく。


 カタリナは部屋の隅に積み上げられていたリネンのシーツやカーテンを引っ張り出して、おぞましい怪物の体を覆うように纏わせる。

 それを鏡に映して、うぅんと唸り。


「もう少し可愛いくできないかしら。そうだわ! 切ったり縫ったりしてみれば!」


 探し出した裁縫箱から針と糸を取り出し、どうにか針に糸を通すまでは叶ったが、そうしてできあがったモノは可愛いどころか不恰好なボロ布の仕上がりとなっていた。


「……どうして!」


 ワッ、とカタリナはボロ布に包まって泣いた。

 その様子を、実に怪訝な顔で眺めていたギシュファードは。


「いったい、何をしたかったのだ貴様は!?」


 カタリナはボロ布に包まり体をすっぽり隠しながら、スンスンと鼻を啜って。


「ここって少しは明るいじゃない。私のこんな姿、見られながら一緒に過ごすのはあんまり辛くて……それで、なら、素敵な服をイメージして作ってみようと思ったの!」

「……ハ、くだらん! 貴様の見た目など俺様は気にもしとらんわ!」

「バカね! 無神経! 私が気にするのよっ」


 カタリナのあまりの言いように、ギシュファードは微かなショックを受けた。

 ボロ布と化したそれを一瞥し、フンと鼻を鳴らす。パチンと指を鳴らして。


「そんなこと、最初から俺様に頼め!」


 瞬く間に、ボロ布は整ったフード付きのローブとなってカタリナの怪物の体を包み込む。

 裾にはフリルもあしらってあった。

 フードの奥で、カタリナの濁った黒ずむ瞳が微かに光を得たように輝きを放つ。


「ギシュファード……! そんなことができるのね、素敵よ! 本当に素敵! ありがとうギシュファード!」

 

 鏡に映る自らの姿をきゃあきゃあと喜ぶカタリナは、すっかりただの娘のようであった。


ーー


 基本的には読書や研究に没頭するギシュファードは、ともすれば寝食も忘れてしまうようだった。


 もしかしたら睡眠は一度にまとめてとるのかもしれない。カタリナに叩き起こされたときも少なくとも半年以上寝ていたようなことを言っていた。


 しかしただ居候として世話になっているだけというのも落ち着かず、何かできることはないかと探し出したカタリナは、感謝の印にお茶を入れることにした。


「ギシュファード! お茶を入れてみたの。良かったら休憩しましょう」


 書物から顔を上げたギシュファードは、興味もなさそうにフンと鼻を鳴らした。

 しかし拒否するでもなくカタリナの入れたお茶を口に運ぶ。

 その目が驚愕に見開く。


「ぶふァっ!」


 噴き出した。


「ままま、まっずい……!? なにをどうしたらこんなまずい茶を入れられるんだ!? いっそわざとか!?」

「そんな、いくらなんでも大袈裟よ! たかがお茶でそんな言い方しなくてもいいじゃない……」


 憤慨して、カタリナも試しにごくりと飲んでみる。


「ゔっ……」


 驚くほどまずかった。

 

 ローブのことや前回のお茶の挽回など、とにかく何かをしたかった。

 カタリナは思いつく限りの様々な事に挑戦した。


 しかし、彼女が自分で思っていたよりもカタリナは不器用なたちだったようだ。


 本の整理をしようとして本の山を崩し雪崩を起こす。

 高いところの本棚に戻そうとした本をうっかり落とし、あろうことかギシュファードの頭に直撃させる。

 レシピ通りに作ったはずのケーキが異常にしょっぱい。

 あまつさえかまどから逆流した黒煙が部屋の中に充満しあわや大惨事だった。


「もういい! もうなにもしてくれるなッ、俺様に感謝してるなら頼むからなにもすなっっ」


 尊大なギシュファードが土下座をせんばかりに頼み込む、それは実に心からの叫びだった。


「ご、ごめんなさい……」


 カタリナもしゅんとしょげて肩を落とし、おとなしくすることを約束するのだった。


ーー


 そうしたカタリナとギシュファードの生活は、多々大変な事もあったものの、概ね楽しく愉快なものでもあった。


 カタリナも、自分がおぞましい姿の怪物であることなどすっかり忘れて過ごせるのが嬉しい。

 ギシュファードとの下らない言い合いも心が弾む。


 時に、彼の目には自分はどう映っているのか気になることもありはした。

 けれど作って貰ったフードつきのローブでカタリナはずっとすっぽり隠れていたし、ギシュファードは最初の邂逅以来、一度もカタリナの容姿に言及はして来なかった。


 それはカタリナにとって心地の良い空間と日々だった。


 そんなある日のこと。


「おい、カタリナ」


 ギシュファードがカタリナの寛ぐスペースへとやってくる。

 ふたりは共同生活のうちにそれとなくスペースの棲み分けができあがっていったのだ。


「俺様の魔力を練り上げ作ったアミュレットだ。くれてやる。これで貴様の理性も長く保てるだろう、そう簡単に怪物にはなりきらん……って、なにしてる?」

 

 やってきたギシュファードが、ぎこちない手で本をめくるカタリナに怪訝な顔をする。


「まぁギシュファード! 随分と優しいのね!? ……ん、ふふ。これね。魔法の勉強よ。なんにもしないのも退屈だし、貴方の本棚から見つけた本に書いてあったの。月の魔力を利用した変身の術。一晩だけでも、元の姿になれたら、と思って……」


 そうしてせめて、落ち着いて話すことさえできれば。


「討伐隊なんて必要ないこと、私たちが愛を交わせば元に戻れることを……ヨセフに伝えられるんじゃないかって、思うの」


 今はおぞましい怪物の姿で、なにを言っても声は恐ろしい唸り声にしか人々には聞こえないが。

 変身魔法を使えれば、それも解決できるのではないか、とカタリナは考えたのだ。


「フン……まぁ、やるだけやってみるのだな」


 ギシュファードは気のない返事と釣れない態度であった。

 しかしそれが彼の常であるとカタリナにはもうわかっていた。

 

 彼の言葉を応援と受け取ってカタリナは微笑んだ。


 変身の魔法を練習して数週間、それは満月の夜のことだった。


 カタリナの姿がおぞましい怪物のそれから、プラチナブロンドに白い肌、碧玉の瞳の美しい娘へと変わっていく。


 久しぶりに鏡に映る自身の本当の姿に、カタリナは感激して震えるほどだった。


「で、できた~できたわ! 見て見てギシュファード! これが本当の私よ!」


 変身の魔法が上手くいったことと元の姿を一時とはいえ取り戻せたことで、カタリナは有頂天だった。


 ギシュファードのもとへ飛んでいき、今の体には大きすぎるフードローブを払ってみせる。

 プラチナブロンドの長い髪とワンピースの裾をひらひら翻しながらカタリナはくるりと回ってみせた。


「……」


 ギシュファードはぽかんと目も口も開いてカタリナを見ていた。

 

「ね、可愛いでしょう?」


 満面の笑みでカタリナがギシュファードを見つめて言った。

 ギシュファードが何か言おうと口を動かす。


「これなら、ヨセフと話し合えるわ!」


 カタリナはぱちんと手を合わせて、頬を薔薇色に染めうっとりと夢見るように笑った。


「……あぁ、そう、だな」


ーー

 

 その夜。

 変身魔法で元の姿に戻ったカタリナは、期待に胸を弾ませながらギシュファードの隠れ家を出てヨセフの元へ向かった。


 ヨセフは相変わらず古城にそのまま暮らしているようだった。

 森を捜索するのにも何かと都合が良いということなのだろう。

 物々しい警戒のなかだったが、勝手知ったる森と自分の城である。カタリナはこっそりと忍び込み、ヨセフを探した。


「今日の月は一段と綺麗だね」


 ふと風に乗り聞こえてきた声。

 それは、いっそ懐かしいほどの。

 愛しいヨセフのもの。

 カタリナは感激に胸を詰まらせる。


(嗚呼、ヨセフ! ヨセフ! 私、やっとまた元の姿で、一時だけれど元の姿で貴方に会えるんだわ!) 


 カタリナは浮き足立つのを堪えて、声の聞こえた方へ向かっていく。

 月明かりに薄らと浮かぶ上がる人影。見間違うはずもない、美しい銀髪の恋人。


「ヨセフ」とそう声を掛けようとして、しかしカタリナはハッと息を飲んだ。

 そこにはヨセフが他の女と抱き合う姿があった。


(え……)


 カタリナの心が一瞬で冷えていく。

 ガラガラと足下が崩れ去っていくように感じられた。

 よく目を凝らしてみると、それは古城に共に来た下働きの女のようだった。


「あ、こんなのダメです、誰かに見られたら……」

「大丈夫、みんな外の怪物に夢中で中のことなんか気にしちゃいない」

「でも……」

「いいから、僕に全部任せて……」


 それは、カタリナには見せたこともない恋人の、欲望の露わな顔と声で。

 カタリナはただただ言葉を失って立ち尽くした。


(ウソ、あれがヨセフ? 本当に? もう私のことは忘れてしまったの? いまはあの下女と愛し合っているの……?)


「でも、まだ例の化け物、生きているんでしょう?本当に大丈夫なのかしら」

「だから腕利きの連中を雇ったんだろ。化け物でもいつまでも生きてられると厄介だからな、お父上たちが儚い希望を抱く」

「あの妹も、なんだかあたしたちのこと疑ってるみたいで嫌な感じだわ……」

「あぁ、そうだな……あっちも、そろそろ同じ目にあってもらうか……姉妹だからな、同じ病にかかっても不思議はない」

「ふふ……わるいひと……」


 満月の夜に照らされた中庭の、綺麗に咲いた花の陰で、クスクスと笑い合う男と女。


 彼らが語り合う言葉の意味は、カタリナにはわからない、わかりたくなかった。


 ひどくおぞましいもののように思える。


「もう、すぐ……ンッ、この、お屋敷も領地も、貴方のモノになるのね? 旦那様……」

「あぁ、そうさ。そして、君のモノになるんだぜ、未来の奥方殿」


 パチン。


 カタリナの中で何かが弾ける。視界が真っ白になって、赤々と明滅した。


 ウォオオオオオオオン!!

 身の毛もよだつような恐ろしい咆哮が夜をつんざく。


「きゃああ、ば、化け物!!」

「な、なんだ、……なんでお前がここに!?」


 慌てふためくヨセフの声が聞こえる。聞こえない。

 カタリナは無我夢中だった。

 鋭い爪の伸びる剛腕で、ヨセフとその恋人気取りの女を斬り裂く。


(シネシネシネシネシネシネシネシネ!!)


 憎しみに支配され、完全に理性なき怪物となって。


「なにごとなの……! まさか、お姉様!? お姉様なの!? そこにいるのは、カタリナなの!?」


 ふいに聞こえた、懐かしい声。可愛い妹の。


 カタリナは一瞬ハッと意識を取り戻すと、血塗れのヨセフたちをその場に残し、妹のエメリスに一瞥をくれて。


 一目散に駆け出し森へと逃げていく。


 古城は騒然とし、その知らせは瞬く間に村まで届いてまた大騒ぎとなった。


――


「うそつき! 殺してくれるって言ったのに!」

「ば、ばかもの、俺様にも予定や都合ちぅもんがあるわ!」

「傷付けてしまったわ! 身も心も化け物になってしまったわ!」


 ギシュファードの隠れ家に戻ると、散々彼を罵倒して、それからわぁわぁと泣き伏した。


「落ち着け! よく考えろ! 相手は貴様を騙して、いいや、家族中騙して財産分取ろうちぅ畜生にも劣る悪党だぞ!? 次は妹も手に掛けようって魂胆なのだろう!? ならやっちまえばよかったではないか!」

「そんな簡単な話じゃないわ、貴方には人の心がわからないの!?」


 ギシュファードは困った。何がどう簡単でないのかわからないのだ。そんな不合理な人の心などわかるわけはないと言いたかった。


「おそらくソイツ、どこぞの呪術師にでも依頼したんだろう。それともその女が術師の端くれかだが。貴様に甘い言葉で近付いて惚れさせて、変容の呪いを仕掛けていったんだろうな。貴様が化け物のようになっていくなか変わらぬ愛を見せて求婚となれば、本人家族みんな感激感謝の雨霰。そんでまんまと結婚したら貴様を葬る手筈だったが思ったより手強かったと。悪辣で間抜けだがそこそこやり手!」


「そんな……、私が、こんな姿になったのも彼の目論見……? まさか、両親や妹も、私と同じ姿にされてしまうの?」

「さぁな、同じ呪いを掛けるとは限らん。もっとわかりやすく病や毒を使うかもしれん」 


 その方が都合がいいだろう、と言ったギシュファードににクッションが飛ぶ。


「最低よ!」


 わぁっとまた泣き伏すカタリナだった。


ーー


 それから数日。

 森は更に大きな討伐隊が怪物を探して騒がしくなっていた。


「クソッ。あれからまた森があちこち騒がしい。大勢が貴様を探して」


 ギシュファードのその言葉に、カタリナはふらりと立ち上がる。


 出口へと。


「おい、どこ行く!? 森は騒がしいと言ったばかりだぞ!?」

「えぇだから決めたの。ねえ、お願いしてもいいかしら」


 真剣な、静けさを湛えたカタリナの瞳がギシュファードを見据える。

 その眼差しにギシュファードはたじろぐ。


「な、なんだ……!?」

「彼とその恋人は私が始末する。私をこんな姿にしたこと絶対に許さない」


 カタリナは目を伏せた。自らが完全な怪物となることを、自身に許すことにしたのだ。


「それでね、全部終わったらね、私の体を跡形もなく焼き尽くしてほしいの」


 ギシュファードが金眼を見開く。


「なんだそれは。なんでそうなる? そこは私を守れとか助けろとか、そういうところではないのか!?」

「助からないじゃない。……そうでしょう? ヨセフは私を愛してなかった。真実の愛なんてなかった。私はずっとこの姿のまま。ヨセフと彼女を殺せば、晴れて心まで怪物よ! ……だから、お願い。史上最強の孤高の魔導師の貴方ならできるでしょ?」

「……あぁ」

「良かった! これで安心。……あ、ひどいことたくさん言ってごめんなさい。お茶ちっとも美味しくいれられなかったし。でもね、貴方と過ごした時間、ほんの短い間だったけれどとても楽しかった。魔法の勉強もね。ふふ、私の好きになったひとが、貴方なら良かったのにね」


 怪物の姿のまま、カタリナはグルルと笑うと、静かに外へと出ていった。

 ギシュファードはひとり、取り残された。

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