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***


 定例会の前に、珍しくミカエルが笑顔でルシフェルを迎えたのは、その隣にいた小さな子供のせいだ。

「どうしても一緒に来たいといって、聞かなかった」

 ルシフェルが優しくミュウの後頭部を突く。

「はじめまして、ミュウです。いつもるしふぇる様がお世話になってます」

 小さな頭をぺこりと下げると、肩までの薄茶色の髪がサラリと揺れた。

「あらー、かわいいお嬢さんね。はじめまして、アタシはラファエルよ」

 最初に反応したのは、可愛いものに目がないラファエル。

「まるで保護者同伴だね。今度は僕がエスコートするよ。よろしく、僕はガブリエル」

 ガブリエルの微笑みは、いつも定例会のときに見せる何かを含んだような笑顔とはまったく違って、白い百合がふわりと咲いたような笑顔だった。

 そこにいた四人の大天士は、ガブリエルのいつもは見せないそのとびきりの笑顔を目にして、内心驚く。

 忘れていたが、子供のサポートも彼の担当だ。

「……で、あちらの無口なのが、ウリエルだ」

 気を取り直し、ルシフェルが黙って本を読んでいたウリエルに注意を促す。

「以後、お見知りおきを――」

 名前を呼ばれたウリエルは、読みかけの本をテーブルに置いて椅子から立ち上がり、跪いて恭しく挨拶をした。

「――気障だな。……大事な会議が終わったら迎えに行くから、図書館で本でも読んで待っていてくれ」

「はぁい」

 ミュウはルシフェルに言われたとおり、素直に図書館のほうへ向かって走って行った。

「――いい子だね。……さ、ルシフェル、『大事な会議』を始めようか?」

 いつも以上に含みのある笑顔をガブリエルが見せた。

「まずは、ルシフェルから出てる天士ドゥルーシアの配置移動の申請について――」



「ルシフェルは、うまくやっておるかの――?」

 そのうち、ミュウとルシフェルについて、長老に報告するのがミカエルの役目のようになって来ていた。

「時々振り回されていて、どう扱っていいかわからない様子は相変わらずですが、父性愛みたいなものが芽生え始めてはいるように感じます。先日、天士の異動申請を出していました」

 ミカエルは先日の会議の様子を思い出し、微笑みながら長老達に報告する。

 ドゥルーシアがルシフェルの部隊に配属されたのち、ミカエルは様子を伺いに行った時のことを思い出した。



 館を訪れると、まず甘い香りに出迎えられた。

 彼の執務室では、長居するつもりはないのに、ソファーを勧められる。

「一体なんの魂胆があって――」

 ミカエルは何か裏があるのでは、と勘ぐったが、ルシフェルは困った顔で笑うばかりだ。

「ミカエル様はお客様ですから、どうぞ、ソファーにおかけになってください」

 小さな少女が大きなエプロンをつけて入ってきて、その場を仕切るので、ミカエルも従わないわけにはいかない。

 ルシフェルに目をやると、彼は小さく肩を竦めた。

 センターテーブルに華奢なカップに入ったお茶とその横に焼き菓子が並べられる。

 またもや、ミカエルはルシフェルを窺った。

 すこし困ったような笑顔は、『せっかくだから食べていけ』と言っているようだ。

 いつもなら無機質で、激しい意見交換がなされる執務室に、ティーセットがあるだけでも居心地が悪いのに、飛び交う怒声もないとあっては、全く調子が狂う。

 ルシフェルとは一言も交わさず、ミュウに焼き菓子の礼を言うと、彼女はとびきりの笑顔でこう言った。

「また、作りますから、いつでもいらしてください!」

 館には、庭の花とはまた違った、甘い香りが漂っていた。

 結局、ルシフェルからなんの説明もない。が、しばらく前の手をつけられない獣のような気配はなくなったので、まあ、良いだろう。



「そうか――」

 果たして、それでいいのかと、ミカエルは長老たちの顔色を伺う。

「うまくやっておるなら、それでいい」

 長老達は、苦闘するルシフェルのその様子を思い浮かべながら、満足そうに頷いた。

「お聞きしても、いいですか?」

「ん?」

「あの子は、一体――?」

 そんな疑問がふとミカエルの頭に過ぎった。

「わしらにも、まだ、どうなるかわからんよ。ただ――」

「ただ――?」

「いや、いい方向に、行ってくれればと、願っておる」

 |真ん中の長老《"u"》は、言いかけた言葉を飲み込んで、別の言葉に替えた。

 その瞳の奥に明るい未来が見えているのであれば、それで良いとミカエルは、その先の言葉を特に追求はしなかった。



 長老との会談の後、ミカエルは自室に戻り、先日ルシフェルの館から退出する時にミュウから手渡された小さなピンク色の包みを取り出した。

 隣でそれを見ていたルシフェルの複雑な表情を思い出すと、思わず笑みが漏れる。

 中に入っていた素朴な焼き菓子を口に放り込むと、それは口の中でホロリと甘く溶けた。

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