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2-6

 それからしばらくして執務室に姿を現した客人に、ルシフェルは警戒心を顕にした。

「――ご機嫌よう、ルシフェル」

 薄い金色の緩くうねった長い髪が、ふわりと動き、あげた視線でしっかりと彼を捉えたのは、愛を担当する天士――セラフ・セラフィス。

「珍しいな」

 特殊な任務を隠密に行うルシフェルと、普遍的な愛を司るセラフ達(セラフィム)とは担当の領域が全く違うので、滅多に顔を合わせることはない。それでも、彼らに面識があるのは、セラフィムのリーダーであるセラフィスが、時々会議に呼ばれることがあるからだ。

 ドアを閉めて執務室の中を興味深そうに眺めながら、セラフィスはルシフェルを正面から見据える位置にあるソファに腰を下ろす。

「二人きりになるのは、初めて、ね」

 ルシフェルはデスクから離れようともせず、セラフィスの行動をただ見つめている。

 穏やかな微笑みで隠された突然の来訪の意図がわからず、何を話せばいいのか分からない。

 二人の間に流れる沈黙が、さらに気まずい雰囲気を助長する。

 先に口を開いたのはセラフィスだった。

「長老から――頼まれたの」

 ――彼女が例の件の答え、か? そう考えたルシフェルだが、愛を司る天士がその答えとは、あまりにも直截すぎる。それに、どう考えてもまだあの小さな天士は一人前になってもいないので、この段階で長老の方から易々と答えを用意してくれるはずはない。

 では――

「――最近、荒れているって、聞いたの」

「……説教に来たのか?」

 ルシフェルの言葉に険が混じる。

 セラフィスは、一瞬悲しそうな目をした後、口を引き結んだ。

「ただ、様子を見てくるように、頼まれただけよ」

 しかし、セラフィスが知っている彼からは考え付かない最近の行動に対して、責める気持ちがないわけではない。

「愛の乱用が許せぬというところか――。だが、悪いが、これは俺の問題だ」

「私なら――。いえ私が、力になれない?」

「長老から、どこまで聞いたのか知らんが、なるほど――俺には『愛』が足りなくて、『愛の天士』であるお前なら、それを施せると?」

 一大決心のセラフィスの言葉はお節介な発言と捉えられ、冷たく嘲るように鼻で軽く嗤い捨てられた。

 セラフィスの表情に恥ずかしさと後悔が混じったことに、るは気づかない。

「――答えは、自分で見つける。わざわざ、お前の手を煩わせる必要はないだろう」

「……私、では、――だめ?」

 閉じ込められた感情がセラフィスの心の隙間を見つけて飛び出した。彼女は、できるだけ平静を保ったつもりだったが、自然に声が震えていた。

「――安心しろ、もう手当たり次第に試すのはやめ――」ルシフェルは、震えながら小さく呟かれたその言葉に、自分の耳を疑う。「――今、何と?」

「私では、貴方の『特別』には、なれない?」

 出口を見つけた感情は、もう抑えきれない。けれど、目を合わせずに、そう言うのが精一杯だった。

「……俺は――」

 しばらく考えてルシフェルが口を開こうとしたそのとき、執務室の窓の外でバラの茂みが大きくガサガサっと揺れた。

「――なんだ?」

 屋敷の周りには結界が張られているため、悪いものが入り込んだとは思わないが、気になった。窓から外を覗いたが、こんもりした薔薇の茂みが邪魔してよく見えない。

 しばらく様子を窺ったが、特に変わったこともなく、ルシフェルはデスクに戻ってあらためてセラフィスに向き合った。

 彼女は少し、落ち着いたように見える。ルシフェルは、ほっとして口を開いた。

「俺は……お前を、そういう対象として見ることができない」

 試してみて駄目なら捨てるという行為は、やるせなさを倍増させるだけにしかならないと、――既に経験済みだ。

 ヒントを手に入れた今、これ以上波風を立てる必要もあるまい。

 両肘をついて組んだ手の向こうで、彼はため息を吐いた。

「……」

 セラフィスは顔を上げて、請うような目でルシフェルを見つめたが、彼女を見つめるルシフェルの表情は固い。

「どうして――」

 しばらく見つめあった後、先に口を開いたのはルシフェルだった。顔の前で組んでいた両手に額をあてがいながら、切なそうに口にする。

「――どうして、誰でもいいって訳に、いかないのだろうな?」

 彼の優しい拒絶の言葉に、セラフィスは、なにも返せなかった。


 重い沈黙が二人の間に流れる。

 それを破ったのは、またもや窓の向こうから聞こえてきた不審な音だった。

「セラフィス、悪いが――」

「いいのよ。私は、そろそろお暇するわ」

「また、いつでも来ればいい」

「――そういうところ、残酷」

 不器用な男と、思いながらセラフィスは、にこりと笑って立ち上がり、ルシフェルに背を向けた。

「……悪い――」

「そうやって、謝るところも――ね」

「……なら、なんといえば良い?」

 初めて見る少し困った顔のルシフェルにセラフィスは溜飲を下げた。

「そうね――。『愛』を知れば、わかるかも」

 それ以上何も言えなくなった彼を満足そうに見た後、「一つだけ、教えてあげる」とセラフィスは言葉を足した。

「――『愛』はね、誰にとっても理解不能なの。もちろん、天士長の貴方や、私にとっても例外でなく――」

 せいぜい悩むと良いわ、と最後に鮮やかにウィンク一つ残してセラフィスは、ルシフェルの執務室を出て行った。

「……」

 セラフィスの突然の来訪で、またもや疑問だけが残った。

 『愛』とは、なんなのか――

 それがわかれば、手に入れることができるのだろうか。

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